mission2-3
着いたのは、スーパーらしき場所。
らしき、というのはスーパーを実際に使ったことがなければ見たこともない場所だからで、漫画やらで時々出てくるのを見て覚えている程度。
ところ狭しと商品のおかれた棚、古ぼけた丸いランプ。 シャープでクリーンなイメージのあるスーパーとは似ても似つかないほど古ぼけているが、中身はほとんど一緒。
「さあさ! よってらっしゃいみてらっしゃい! 朝早くから仕入れてきたお魚だよ! 今だけ安く売るよ! ぶりっぶりのお魚だよー!」
三十路ほどのふくよかな女性が町行く人に声をかけている。そこそこ繁盛しているようで何人か客らしき人を見かける。
「ばっちゃ! おかいものきたよ!」
「おーーー! ヒメじゃないかっ! 良いところにきたよ!」
ベニヒメはとたたたーっと女性にかけより、買い物かごを見せつける。 ばっちゃとよばれた女性はふとあたしに気づく。
「ばっちゃ! ごしょうかいするね!! このおねーちゃんはね! おねーちゃんなの!」
………紹介になってないし。
まあしょうがないか。
まだ名前教えてないし。
女性も困ったように苦笑する。
「どうもよろしくね、「おねーちゃん」。 あたいはソニャ。 ここで商売しているよ。 この町には去年越してきたばかりでねぇ。 その頃からヒメん家にはお世話になっているよ。」
発音がすごくきれいだ。 舌っ足らずなベニヒメとは違い、すんなり耳に入り翻訳できた。
「………どうも。 ………まだ、このくにのことば、うまくない。」
ぎこちないながらも自分がよそ者であることを意識しつつそう伝えた。
ソニャは目を丸くする。
「あら。 なんだか聞きなれない発音だねぇ。 言葉はわかるのかい?」
こくり、うなずく。 この3日間がんばったあたしを褒めてほしい。
「へぇえ。 ………っと無駄話してごめんよ! さあさ見てらっしゃい。 今日はとびきり良いもの揃えたよ!」
「わー!!!」
なかば強制的に会話が終わったような気がする。 ………まあそうか。
ボディランゲージも使えたらいいけど、あいにくあたしは五体満足でもなければ愛想の良い顔もしてないし、なによりそんな性格じゃない。
………なんて頭のなかで言い訳していたってしょうがないか。
どれくらいなのかわからないけれど。
少なくとも今のあたしはこの世界で生きている。
………最悪自分一人でも生きられるようにならなきゃ。
あたしはソニャへ近寄り、呼び掛ける。
ソニャが振り返るのをみてから伝える。
「あたしに………かいもの、おしえてほしい。」
この世界にはその国それぞれで独自の貨幣が発行されている。
数字のやり方も十進法で合っているようだ。 まあ人間の手には五本ずつしかないからね。
得た情報によれば、いまあたしがいるところはソルゴリア諸国連邦というたくさんの国の集まりのようなもの。 ヨーロッパのような地域に良く似ている。
コインの素材は何でできているかわからないけど………偽造がしにくいような素材でできているらしい。
お金の単位はロズ。 この第一大陸という場所で一般的に使われる。
最小数は茶色のコイン。
次に茶色十枚で緑のコイン。
茶色五十枚で黄緑のコイン。
緑十枚で赤のコイン。………赤コイン。
緑五十枚で銀のコイン。
銀十枚で金のコイン。
ざっと見てもコインの種類はこれだけある。 もっと上位のコインもあるけど、そこら辺になると貿易目的かお金持ちのコインコレクターレベルになるので実用的でもないしまずお目にかかれない………そうだ。
一般人がよく見るのは赤コインあたりまで。 かなりお高いお買い物の際には銀やごく稀に金をみる、ということらしい。
ちなみに中身は特殊な合金を使用しており、その成分量によって比重を変えている。 なるほど良くできたコインだ。
「通貨のことまで知らないなんて………あんた本当にどこから来たんだい?」
「………とおい、とおいくにからきた。」
今はそうとしかいえないけど、ソニャは疑いの眼差しを向ける。 ほんとかなぁー? ………とでも言いたげな表情だ。
「よくわからないけど、好きでここにきたわけじゃなさそうね。」
なんとなく自分が言いたいことを伝えてくれたのでうなずく。
それにしても………。
常に最前線にいて軍用のレーションが主食だったあたしにとって、これが【食べ物】だということに少なからずショックを受けている。
緑色、赤色、黄色、オレンジ色。 極彩色の【食べ物】がそこらに並べられている。 正直あんまり美味しそうには見えない。
………いや。 あのレーションが最低基準の味だとして、こいつらはもう少しまともかもしれない。
「初めて見るのかい? ………。」
しげしげと丸くて赤いつるつるしたモノを手に取り、眺める。 しっとり重くたっぷりと水気を蓄え、ハリのある皮の弾力を感じる。
「これは、なに?」
「うーーーん、ますます怪しいよ………それは【トマト】だよ。」
と、ま………と………なにそれ???
「よくサラダなんかに使うやつでね。 栄養たっぷり、良く売れてるよ。 皮が苦手な人もいるけど、その場合肉スープに切って入れて煮込むのもあるし、すりつぶした汁に油と酢や塩、ハーブを混ぜてドレッシングにしちゃえば良くなるよ! ただあんまり日持ちはしないけどね!」
まてまてまてまて。 そんなにいっぺんにいわれたらききとれないぃ。
がんばって頭のなかで翻訳しようとするんだけど、いかんせん知らない単語が多くて九割は理解ができなかった。
まあ要するに「おいしい」ということなんだろう。
「そう。 【とまと】ね。」
「ばっちゃ! これ買う!」
お話していると、ベニヒメがとことことーっと近づいてカゴいっぱいに入れた【食べ物】を見せつける。 ソニャは笑って「あいよ! ………お代は58ロズよ!」そう伝えた。
二人が金銭のやり取りをしているところを眺める。
………。
これが、【買い物】か。
あたしの世界ではかつて行われていたであろう日常的行動。
食糧はすべて配給制となり、稼いだカネはすべて娯楽か装備に回され。それもこのようなひとを介した買い物でもなく大半はネットか裏市場でやりとりされる。
こんな、あたたかい光景ではなかった。
「………。」
戦争が起きれば、必ずだれかが死ぬ。
食い物もまた、自由ではなくなる。
人々が戦うために動員され、カラダをぐちゃぐちゃにされて死ぬ。
すべては自分達の社会を守る、大きくするために。
そして死んでいったひとたちはすべて「未来のための犠牲」となり、崇めて讃えられ立派な墓を立てられておしまい。
………誰も死ななければそれでよかったのに。
過去の人間はどうしてそんな簡単に戦争を起こしてしまえたのだろうか。
あたしにはそれが甚だ疑問でならなかった。
価値観の違いなのだろうか。
この異世界の、この小さな国も数ヵ月前まで戦争があった。 小さな内紛のようなものでそれほど大きい戦争ではなかったけれど、死者は出ている。
………はぁ。
「なーんか悩んでるみたいね。」
ソニャがあたしを見て気になったのだろう。 そう聞いてきた。
「………。」
うまく言葉にできない。
こんなあたしの世界が求めてやまなかったであろう【平和】を体現しているこの世界に、兵器………軍人として育て上げられたあたしが馴染めるのか。
漠然とした不安がある。
「ここ……へいわ。」
ソニャは眉をつり上げる。
「何いってんだいな………。 」
買い物が終わり、あたしたちは店を出る。 ベニヒメは両手に袋を持って楽しそうに鼻唄を歌う。
あたしは考えていた。
残り四日間。 あたしの体はおそらくそこら辺が限界。
三日間過ごしてわかったこと。 確実に体が蝕まれていることが、体に症状として表れている。
倦怠感、つきつきと残る体内の痛み。
失われた、あるいは著しく損傷した数々の内蔵。
おそらく残されているであろう弾丸の猛毒。
おそらく他にも病気を持っている可能性がある。
そんな状態で果たして生きられるのか。 否生きられやしない。
正直いまこうやって立っていることすら奇跡に等しい。
けれどそれも長くは持たないだろう。
四日後。 それですべてが決まる。
グラップがえりくさーとやらを見つけられなければそれであたしはおしまい。
死んだらそれはそれでおしまい。 べつにどうでもいい。
グラップは世界をまたにかける暗殺者みたいなので、えりくさーとやらが見つからないということはないだろう。 問題はその後。
「………。」
もしもえりくさーとやらが見つかって。
あたしのからだが治れば。
………あたしはどう生きるのだろう。