mission1-2
あたしは片足がないので、まともに立てないし歩けなかった。
そして今、赤い髪の男に背負われている。
ほんのすこし、何かの良い香りがする。 精神安定効果のあるハーブの香りに似ている。
「………ねぇ、ここって―――どこなの?」
男は答えた。
「そうだな………俺たちが今いるのは町から離れた慰安地だ。 俺はその町を根城にしている。」
「慰安地………ってことは、今戦争があるってこと?」
男は首を振る。
「つい数ヵ月前に、終わった。 戦争とはいっても、ヴェルニトリアとエルフェリアの小競り合いに触発されたようなものだからそこまで大きくはなかったが。」
早速知らない地名が出てきた。 ………当たり前だよね。
男から聞く限り、ここはどうやらベネテロというとても小さな国で、周りも小さな国に囲まれている………なんだかヨーロッパの国々を思わせる地域らしい。
北にはヴェルニトリア、東のお隣さんにはエルフェリア、それぞれの大国が君臨しているそう。 南と西は小さな国々が密集している。 更に南へいけば大きな山脈、南西には本当にだだっ広い大平原が広がっている。
さらにその南へゆけば………世界の中心的な都市国家、ヘカ・クイスラムという国があるという。
男はあたしの腕をみていう。
「お前はやけに肌が白いな。 まるでお隣のとんがり耳のようだ。」
「とんがり………あたし耳とがっていないけど。」
「耳のことは言っていない。 その肌の白さだ。」
白いって言われても………南方の民族の血が流れていたヒレンぐらいをのぞけばみんな白かったよ。
それにしても、なんだか肌が痒い。太陽の光もかなり眩しい。
なぜだろう、なにかの感染症かな?
「あの………さっきから太陽が眩しいし、肌がなんか痒い。」
痒いっていうより、なんだかひりひりする。
男はそれを聞いて何かに思い至ったようで、あたしを一旦おろした。
おもむろに着ていたコートを脱いだ。 ボロボロだけど、しっかりとした厚みをもつ布地でできている。
それをあたしに被せた。
「肌の白く、柔らかい種族は砂漠地帯などの日光の強いところにいけば、肌が爛れると聞いたことはある。 ここではそんなことは聞かんが、お前は異常に肌が白すぎる。 一応これを被れ。」
先程のハーブの香りがした。 少し精神が落ち着く。
「ありがとう。 」
「―――先を急ぐ。」
男は再びあたしを背負う。
今度は太陽の光があたしに当たることはなく、先程よりいくらか楽になった。
歩き続けること数分。
前の方に草に覆われた壁のようなものが見えた。
改めて気づかされるけど………ここは異世界なんだな。
あんなに綺麗な赤い色のレンガの壁なんてあたしの世界にはない。
石でできた薄い壁なんてあってないようなものだもの。
全部金属。
空もあんなに綺麗な青じゃなかった。
空の青のなかに、白いわたのようなものが浮かんでいる。 周りは見渡す限り、うす緑色の毛のようなもので覆われている。
こんな綺麗な光景、前の世界じゃ絶対どこにもなかった。
「―――」
「どうした。」
男が体を震わせたあたしに様子をうかがう。
あたしは首を横に振る。
「なんでもない。 ―――大丈夫。」
「………そうか。」
男はとくになにも言わずに、歩く。
どれくらい歩いたのだろうか。
あたしの体重は最後に測った記録では五十キロだったけど、いまは腕と足がないからかなり下がっているとおもう。 たぶん、中も。
とはいえ三十キロはあるだろう。 そのあたしをずっと背負ってるけど、男は微塵も疲労を見せない。 体つきからしてあたし好みな引き締まった筋肉が………いやいや、なにを考えてるのあたしは。
「そろそろ町だ。」
言われて、あたしは顔を見上げる。
黄色い道の向こうに、なにかが見える。
………三角形がたくさん並んでいる。
長方形の箱の上に三角形をのせたような………建物?がたくさん並んでいる。
「上が三角の箱みたいなあれは………何?」
男は少し驚いたようにしてこちらをみた。
「………あれは家だ。」
………家?
あぁ、あのなかにひとが過ごしているのか。
なんて脆弱そうな見た目なんだろうと思ったけど………違う。
この世界に今、戦争がないんだ。
戦争がすべてだったあたしにとっては、すべてが幻想の向こうだった光景。
「へぇえ………この世界の家はあんなかわいいんだ。」
「家が………かわいい?」
男は小さく呟くようにしていった。 だからよく聞こえなかった。
赤いレンガの壁には大きな門があった。
何でできているのか、それをうかがうことはできない。
どうせ未知の物質でできているに違いない。
「―――………、………………。」
男が、その門の隣にいる、武装した姿の男に話しかける。たぶん、門番なのだろう。
言葉がまったくわからない。 どうやって発音しているのだろう。
「………! ………? ………、…、………。」
「…。 ………、………。」
「………! ………、………!」
「…。」
いくらかのやり取りをすると、門番は男の肩をたたき、労うように笑う。
そして、こちらを見る。
「………? ………、…。」
心配、されているのだろうか。 声音がなんとなくヒレンの心配するときの声のようだ。
とりあえず、笑っておいた。 どうやら安心してくれたようだ。 門番は豪快に笑って門を開けた。
男は目を閉じて頭を下げてから、一言なにか言って歩く。
「………ずいぶん平和ボケしてそうなひとだね。」
皮肉のつもりであたしは言った。
「あいにく、あいつはそういう男じゃない。」
「ふぅん―――戦争が終わったばかりっていってたよね。」
男はうなずく。
「発端はお前のような異世界から来たニンゲンだ。 最初は地方の国に突然現れたらしい。 そいつは偶然強大な魔物に襲われている村人を見つけ、倒して助けたことからその国の王に呼び出された。 そこからはいろんな所に依頼を頼まれ、本人も快く廻った。 行く先々で感謝され、そいつは自分がこの世界でもっとも強い存在なんじゃねえかと考えた。」
ふぅん。 ―――その強い力って何なんだろうね。 話を聞く感じ、武器ではなさそうだけど………。
「それで? そいつはどうしたの。」
男は淡々と答えた。
「その国の王の娘―――王女を嫁に寄越せと抜かしたらしい。 王は娘を非常に溺愛し、自分の認める男以外にはやらないと公言していたにも関わらず、あいつは王に傲慢そうに言い放ったそうだ。 結果はお怒りときた。」
何ヵ月かしたあとに俺に殺人の依頼が来たよ。
そう、冷たく言う。
「その王は、そのニンゲンのもつ力と人格を危険視していた。 殺人の依頼を頼むのに必要な証拠、理由を見つけるために王はしばらく暗部の兵に監視させていた。 案の定、貧困を理由とする窃盗をしたこどもを能力を用いて奴隷にした。」
「へぇ………奴隷にしたんだ。」
奴隷っていう言葉はあるんだね。 あたしたちの世界で似たような言葉でいえば捕虜に当たるかもだけど………奴隷なんて戦闘のできない無駄飯食らいでしかないからね、そんなひとはまずいなかった。
あぁ、でも、戦闘奴隷ならいた。
「責任能力の持たない、貧困層のこどもの奴隷化にはさすがに信用の失墜に繋がってしまったようだ。 王はすぐさま殺せと命令を下した。」
「で、殺したわけか。」
男は答えない。
だけど、はっきりとわかる。
あのガントレットで、無惨に殺しただろう。
「この世界には………異世界からきた『ニンゲン』どもによって支配されている人々がいる。 あるものは奴隷にさせる能力をもっていたり、あるものは絶大なるパワーをもっていたり―――さまざまな能力をもつ。 すべてやつらが『スキル』などと呼ぶ神からの恩恵らしい。」
男はそこからより冷たい、鳥肌の立つような恐ろしい声音に変わる。
「―――だが、それだけだ。」
男はたんたんと告げる。
「『ニンゲン』どもは………弱すぎる。」
………あぁ。
このひとは………生粋の強者だ。
あたしたちの世界でも、こういうひとはいた。
理由はさまざまだけど、軍の中にも群を抜いて殺人能力が高いひとがいた。
あるものはハニートラップやバイオテロ、劇薬や毒物による暗殺、そして………単純に技術や肉体による殺戮能力の高い人間。
みんなジャンルに違いはあれど、異常に人間を殺すことに特化していた。
みんな鋼の精神をもち、軍人としてのプライドやらモラルやらを持っていた。 ただの殺人鬼がもたないものの多くを持っていた。
それが強者。
「いまこの世界に異世界からきたニンゲンは何人いるの?」
男は答えた。
「正確な数は掴めていない。 目に見えて活動しているニンゲンだけに絞ればおよそ十五人ほどだ。」
「そのなかで殺せと言われているのは?」
「その十五人全員だ。」
………まじかよ。
そんなにくそなニンゲンしかいないの?
「もう少し具体的に言うと、俺が調べるようなニンゲンは全員アレなニンゲンだけだ。 ………目に見えて活動していないやつはほとんどまともだろう。」
「………そういうことなんだ。」
この世界もこの世界で、問題を抱えているんだね。
この男の話から察するに、あたしも殺されない可能性がない訳じゃない。 今はなんでか許されているけど、この男は異世界人特化型(?)の殺し屋だ。 依頼があればすぐにおだぶつにされるだろう。
目をつけられないように生きるしかない。
………とはいえ………。
………どう生きれば良いのかもわからないけど。
………さっきからすごく眠い。
背中に太陽の光が当たってぽかぽかするし、男の背負いかたというか、歩き方によるかはわからないけど、小気味良く揺れる。 ………眠い。
頑張ってまぶたを開けようとはしている。 だけど、重い。
思考もどんどん眠気により濁り始める。 夢も見始めている。
「着いたぞ………おい?」
「ふぁ………起きてるよ………」
ねぼけまなこであたしは答える。
「ちっ………知らん人間の背中で眠くなるとかどういう精神をしているんだ………。」
「あったかいんだからしょうがないだろ………。」
ぬくぬくともこもこはだめだ。 あたしを眠りの世界に引き込んでやまない。 あれは悪魔だ。
「………ったく。」
男は一度あたしを背負い直す。
そしてある家のドアの前に立つ。
懐から鍵を取り出して解錠し、ドアを蹴って開ける。
そのまま、入る。
しばらくうとうとしていたら、下ろされて横にされた。
「どうだ………具合の悪いところはないか。」
あたしは、自分の下にあるふかふかした感触にすがるべくしがみつく。
「うぅん………ないよ………」
次第に疲れたのか、意識が曖昧になっていく。
「おい………か………、………」
男の声も遠退き、眠りに落ちる。
「おいっ! 起きろっちゅうとろうが!」
げしっ
あたしはおなかを蹴られてたたき起こされる。
痛いなぁ………気持ちよく寝てたのに。
あたしはなかば苛立ちながらむくりと起き上がる。
そこには浅黒い東洋の血を色濃く引いたヒレンがいた。 片手に訓練棒をかつぎ、着崩したかっこうでこっちを睨んでいる。
「なによ、ヒレン………まだ訓練の時間じゃないじゃん………。」
あたしはぶつぶつ文句をいった。 するとヒレンがかーっと声を荒げた。
「じゃかあしい! 今日こっちゃお前をぶっ飛ばすって決めてるんがな! こんなところで寝くさって、風邪ひいても知らんぞ!」
ヒレンはぷんすこ怒って片足でダンダン地面を踏みつける。 ほこりがあたしの顔にかかる。
「はぁ………やるならやるよ………。」
めんどくさいなぁ、ヒレンは。
だけど、どこかで嬉しく思う。 特殊な生まれのあたしを何の偏見もなく付き合ってくれている数少ない友人。
あたしは訓練棒を握り、ヒレンと向き合う。
ヒレンはとてもかっこいい。 女のからだだけど、うつくしくたくましい筋肉が彼女のからだからはっきり見える。
濡れたカラスのような美しい黒の髪はあたしから見てもうらやましい。
肌もつやつやで、病的に青白いあたしとは違って健康的な美しさがある。
なにより………豪快によく笑う。
笑うと覗く八重歯が可愛く、男からも好かれるひとで。
実際恋人がいる。
………病み気味なあたしとはなにもかも反対だ。
「かかってきなさいよ。」
いつもどおり、こてんぱんにする。 それだけ。
ただそれだけの時間が、あたしにはなにより大切なもの。
「いうたな………エイリ!」