mission3-5
『はぁ? 最近ヒレンが構ってくれなくてさびしいの?』
―――
あぁ。 あたしはいま夢を見ているのか。
目の前に死んだはずのクロッソのきれいな顔があった。
『やーれやれ。 あのゴリラにカレシができたのがそんなにショックなのか。 女磨きを怠ったお前の自業自得でしょ。』
クロッソは呆れたように肩をすくめる。
『だって………あのヒレンだよ!? おかしいだろ!? ムキムキゴリラになんでカレシができるの!? あいつにできるならあたしだって………あたしだって………ふぅええ………!』
『お前の場合は選り好みが激しすぎるからだよ。 パパみたいなひとがいいなんていうやつ今時いないよ? 若い子みてみ? 』
『あたしはまだ二十歳越えてないぞ! 従軍婦のガキどもにも負けねぇぞ!』
『いやいやお前もう………十九でしょ………??』
違うっ!まだ十九だ!
『従軍婦の子達はしっかりやることやってんのにねぇ………お前というやつは………。』
ちっがーう!
あたしが悲しいのはヒレンが構ってくれないことだよ!!
カレシなんかどうでもいいわ!
『そんなこと言って、ほんとは指揮官のことが好きなんでしょ。 なんでアタックしないの? いい? 女はね?? 行けるときに行かないともらってくれるひとがどんどんいなくなるからね???』
『だって………指揮官………………結婚してるもん………。』
『………は???』
あのひと………デスクのなかに結婚指輪いれてるんだよ………普段は業務で傷つけるかもって気にして上等な小箱にいれて大事にしてるんだよ………。
『それはどこ情報?』
『あたしが自分の目で指揮官の机の中見た………。』
『しれっとドン引きすることしてるのにはほんと引いたけどまって? 指揮官結婚してるの??』
写真も入ってたよ。 知ってる女だった。 指揮官が前いた隊のチームのひとり。
悲しい。
あたしはぼっちだ。
『指揮官もやることやってんのかぁ………さすがぁ………抜かりないね。』
『うぅ、クロッソぉ………。』
『ったく。 これがアメリカ最強の小隊のリーダーってのが信じられないよ。 戦場では勝利の女神って崇められても現物は………こんな貧乳だし………』
あ?
てめぇ。
いま貧乳っつったか???
『あーごめんね。 お前の顔見たら伝わったからごめんね。 ほんとごめんね………こんなのわたしがいうことじゃないよね………。』
くそっ!
世の中の男はおっぱいしか見ねぇのかよ!!!
ふざけんなよ!!!
『千切りてぇ………。』
『そんな物騒なことをいうな。』
クロッソはエース小隊のメンバーの例に漏れず男勝りだ。 奇妙なことにゲイル小隊は三人のメンバー全員が女性という当時では非常に珍しいチーム構成だった。指揮官にあたるゼルフは男性だが、基本前線にいないので戦力には数えられていない。
総合戦力で優れるあたしを中心に、最強の盾となり続けたクロッソ、遠距離に長けた高火力のヒレン、すさまじく頭の切れるブレインのゼルフというチームは単純計算でもとてつもない戦闘継続力をもっていた。 だから最強の小隊たれたのかもしれない。
ヒレンはすでに彼氏ができており、最近はその彼氏にお熱だ。
ゼルフもすでに身を固めているし。
あたしと近しい関係であるクロッソと必然的にあたしは………おそらくこのチームの誰よりも仲良くなったんだと思う。
クロッソ。
あたしとちがってあんたは、とてつもない美人だった。
青いきれいな宝石のような瞳、明るい金髪はさらさらしてて、とてもケアに気を使っていたんだろうか。 ………おっぱいもでかい。
お姉さんっぽい、ってわけじゃないけど。
でも。 そばにいていちばん安心できたのはクロッソだった。
いつも守ってくれて、いつもあたしのことを見ていてくれる。 だからあたしは無茶な作戦でも生き残ることができたんだ。
『クロッソ。』
『なんだよ?』
あたしには、夢がある。
『この戦争が終わったらさ………、』
『………うん。』
『ハンバーガー、食べようよ。』
………そんなささやかな夢があった。
『ハンバーガー………か。』
戦争も激しさを増し、あたしたちの食料はそのころすでにほとんどが栄養特化レーションに置き換わっていた。 カロリーメイトのようなものだと思って頑張って耐えてたけど。
やっぱり本物のお肉や、サラダの味を忘れることはできない。
むしろ、日に日にその食への衝動が強くなっていく。 食べたいものを食べられず、あたしたちの脳みそが渇望している。
常に腹は減り、だんだん体もよろしくない方向へ行き始める。
ストレスではげてしまいそうだ。
イライラもする。
いつになったら、この戦争は終わるのだろうか。
いつになったら、この生活は終わるのだろうか。
いつになったら、この世界は平和になるのだろうか。
いつになったら、お腹いっぱいにおいしいものを食べられるようになるのだろうか。
………いつも、いつも。
人間たちは勝手に戦争を始める。
互いに互いが譲れないちっぽけな正義を振りかざして弱いやつを振り回して戦わせる。
その度に戦争兵器はどんどん発達し、より多くの人をより手っ取り早く殺していく………そんなことの繰り返しだ。
あたしは。
戦争なんかするより。
大切な人と一緒にハンバーガー食ってればそれでいいよ。
『ハンバーガーってさ。 小麦と肉があれば作れるよ。』
………クロッソは唐突にそう言ってきた。
知ってるし………作れるわけないだろ。
その小麦と肉がないんだから。
………でも。
クロッソがいいたいことは、そんなことじゃない。
『終わらない戦争なんかないよ。』
クロッソはそう言ってあたしの頭を撫で始めた。
優しく、あやされるようなその感触にあたしはじわじわと込み上げるなにかを感じた。
『いつか、絶対終わる。 ………どんな結果であってもね。』
クロッソは、慈愛に溢れた優しい目であたしを見つめ、笑いかける。
『いつか。一緒にハンバーガー食べに行こう。 ―――約束だよ。』
陸軍のやつらはリーダーであるあたしを勝利の女神と崇めていたけど。
あたしから言わせれば―――クロッソのほうがよほど勝利の女神をやってるようなものだとおもう。
それから、場面は変わり。
最後の任務に出る前の時にきりかわる。
ヒレン、クロッソ、あたしの三人が、互いに武器を持っている。
あたしはゲイル。 ありったけのマガジンと分厚い防弾ジョッキを装備している。最新鋭のアンダーアシストブーツも装備し、敵陣の弾幕を掻い潜る。
ヒレンはあたしと比べて防具は軽装だが、その分強力な火器とアンダーアシストを装備している。
クロッソはパワードプロテクターを装備している。 対戦車のライフル弾すら防ぎきる、ほぼ最強の装備だ。 そしてより固くよりごつい特殊複合パネルシールドを一対肩に添えている。
最強の装備に身を包んだあたしたちは、これから最後の戦いへ挑む。
クラウン・ハイヴァレイン。 やつさえ倒せば、この戦争は終わる。 あたしたちはそう信じていた。
そう信じて、今まで戦ってきた。
どんどん知り合いが少なくなっていくなか、あたしたちは最後まで生き残った。
いつかこのアメリカに必ず、再び【太陽】の光を届ける。
そして。
今いるこのチームで―――平和になった世界を生きるのだ。
………。
『クロッソ。 ヒレン。』
かつてのあたしに声をかけられ彼女たちはうなずく。
とても強い瞳だ。 かつてのあたしも、必ず勝って生きる。 そんな力強い生命力に満ち溢れた目だった。
『生還率、百パーセントだ。 絶対、みんなで勝って帰るよ。
これまでに散った戦友たちのためにも。』
あたしは拳をつき出した。
彼女たちも拳をつき出す。
こつっと合わせられる三人の拳。
『あぁ。 生きて、帰る。』
『いっぱいやることあるものね。 』
さぁ、いくよ。
待って。
いかないで。
勝って帰るよ。
帰れないよ。
死んじゃうんだよ。
だめ。だめ。だめ。
あたしは頑張って叫ぼうとした。
かつてのあたしたちは、当然のようにそんな声すら聞こえないし、あたしの存在すらわからない。
あぁ。
神様。
どうしてこんな酷いことをするんだ。
神様。
ぼんやりと、眼を開いた。
頭にかすみがかってるようで、ぼんやりと思考がまとまらない。
どこかで、声が聞こえる。
誰だろう。
ここは、どこだろう。
あたしは、どこへいくのだろう。
そうだ。 あたしは、あたしは、………
ヘカ・クイスラムへいくんだ。
なんでも願いをかなえる、パワーストーン。
それが本当に存在するのなら、あたしは………いかなきゃならない。
たとえそれがこの世界にとってのタブーでも。
もとの世界にとってタブーでも。
あたしにそれ以外の選択肢はない。
もう一度、やり直すんだ。
あたしたちが得られるはずだった、あの平和な世界を。
もう一度、あのひとたちと一緒に。
「気がつきましたか?」
その声が聞こえて、あたしはようやく深いもやの中から覚醒した。
………。
長い夢だった。
「言葉、わかりますか?」
「………わかる。」
「よかった。 翻訳魔法がうまく行って。 知らない人にやるのははじめてだったので………お加減はいかがでしょうか?」
目の前にとてつもない美人がいた。 なんだろう。 薄い緑色の長い髪に、白い肌。 黄緑色の瞳があたしを見ている。
………?
この人の耳………尖っている。
「あなたは………」
「わたしはジフィ。 ここはエルフェリア。 妖精族の国ですよ。」
エルフェリア………聞いた名前だ。
つまりあたしは別の国に来たのか。
「あなたは、鋼の獣の腹のなかにいたのですよ。 大変血だらけで倒れていたと聞きます。 あまり無理に動くことはないように。」
………結局出血で倒れたのか、あたしは。 鋼の獣はたぶんエイブラムスのことであってるんだろう。
「それは、どこにあるの?」
「それ、とは鋼の獣のことですか? あまりにも重すぎたので、あの森のところにそのまま置いておきましたよ。 あまりにも何も言わないので、本当に獣かと思っていましたが。」
どうやらあたしが意識を失ったところでエイブラムスは沈黙したようだ。
遠隔操作………届くかな。 遠隔操作といっても前の世界でやった専用のコントローラーを使った操作じゃなくて、頭のなかでコントローラーを作って操作するんだけど。
不思議なことに前の世界よりも遠隔操作の精度が上がっていた。 レスポンスが非常に早かったし、発射時の精度はより高くなっていた。
他の武器は弾が無限になっただけなのに。
エイブラムスだけ無限弾になるだけじゃなく、他の能力が上がっているのはどういうことだ。
………反応した。
距離、約十三キロ。 そんな遠くで倒れたのかあたしは。 というかなんでこの距離で反応できるんだ?二キロが限界だったはず。
………これはこの謎を解明しなければならないようだ。
「わかった………それで、あたしはどういう扱いになるの?」
戦争時は捕虜扱いになるけど、この世界ではどうなるのか。
「我らと中央諸国連邦および、平和維持軍との盟約により、捕虜という扱いになります。申し訳ありませんが、別命あるまであなたをここに留めなければなりません。 あなたの出身地と名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
………まずいなぁ。
出身地はもちろん伝わるはずもなく、名前なんて知られたらもっと面倒になる。 ………そういえば誰にも名前は告げていなかった。あたしは色々と考え。
ひとつの手を打ち出す。
「ヘカ・クイスラム出身で、名前は―――」
ダメもとで自分の目的地を伝える。もし理由を問われれば………どうすればよいのだろう。
………名前。
名前か。
―――。
「あたしの名前は……。」
とある州で生まれ育ち、父娘で生きてきたただの娘。
軍人となりやがて、アメリカ陸軍最強の小隊【ゲイル】のメンバーとなる。
そして第三次世界大戦の張本人を、殺してのけた。
………そのあたしは、死んで、いまここにいる。
数奇な運命だ。
あたしは眼を閉じ、頭のなかに未来を思い描いた。
この緑豊かな世界で、かつての仲間と共に生きる、その光景を。
「あたしの名前は、エイリ。 エイリ・モルガン。」
ここまで読んでくださりありがとうございます。鉄血の軍人の異世界譚はこれにて終わりとなります。
つづきはどこかでまた書ければと思います。
ありがとうございました!
近いうちに次の作品を作りたいと思います。 こちらもどうぞよろしくお願いします。