第十一章 06
静まる室内で微笑みを浮かべるレン兄さま。
口元は弧を描いているのにその瞳は力強さを感じさせた。
「もちろん姉上の弟としてです。国は関係ありません。ですが他国の人間には違いませんので差し出口であればそうおっしゃって下さい」
「いや、協力を申し出てくれたのは素直にありがたいと思っている」
「すでに把握されている部分があるのであればレン殿に協力して貰った方が良いだろう」
アートおじ様とお父さまが視線を交わしながら話す。
すると次に口を開いたのは意外にもナターシャ様だった。
「実は私からもその件でご報告したい事があります」
険しい表情でそう言ったナターシャ様。
アートおじ様はくしゃりと髪をかきあげて苦笑いを浮かべた。
「……どうやら事が急速に動きそうだな。レン殿、この話は場所を変えても構わないか」
「ええ、その方が良いでしょう」
「ルディアはアディリシアについていてくれるか」
「はい」
お父さまはその話し合いに私を参加させないようだ。
気にはなるけれど役に立てるとは思えないしアディリシアの側を離れるのも心配だったので頷いてアディリシアのベッドへと身を寄せる。
アディリシアは泣き疲れたせいかぐっすりと眠っているようだった。
「私もルディと一緒にここに残るわ」
マリおば様が心配だからと話し合いが終わるまで私と共に残ることを申し出てくれた。
一緒にいてくれるのはとても心強い。
お父さまたちは離宮を出てアートおじ様の執務室で話し合うこととなった。
アレンは薬術院へと戻るらしい。
「そうだ、レン。アディの症状を和らげるにはやはり魔法薬の方が効果あるかな」
部屋を出る前にセドリックおじさまがレン兄さまに尋ねた。
レン兄さまは眉間にしわを寄せながらも答える。
「……自然薬よりは、魔法薬の方が効果あるだろうな」
「そうか、それなら……」
セドリックおじさまとレン兄さまが何やら薬について話し始めた。
筆頭薬術師のセドリックおじ様と対等に専門的な話が出来るなんてレン兄さまもずいぶん博識なのだろう。
「アレン、自然薬と魔法薬って?」
ツンとアレンの袖を引いて問いかける。
「大まかに薬草だけで作った薬と魔術を施して作った薬の事だよ。薬草だけの自然薬は万人向けで魔術を施した薬は効果が強く、魔力を有している人向けと言われているんだ」
「アディの薬は魔法薬なの?」
「自然薬と魔法薬の両方を組み合わせていたけれど原因が魔力にあるのなら今後は魔法薬を使った方が良いのかもしれないね。対処療法にはなってしまうけれど」
「いろいろ考えてくれてありがとう」
「アディの為なんだから当然だよ」
そう言って何てことないようにアレンは笑った。
思わずこちらもつられてしまうような笑顔だ。
「アレン」
掴んでいた袖を離してその手に触れるとアレンはギュッと握りしめてくれた。
「アレン」
セドリックおじ様はレン兄さまと一通り話し終えるとアレンへ向き直り、一枚の紙を渡した。
「薬術院へ戻ったら、この薬草の準備をしておいてくれるかい」
「はい父上」
「ではレン殿、すまないがご足労願う」
「構いませんよ」
「ピュイ」
離れて行くレン兄さまにシロが寂しそうに鳴いた。
その心中を察したのかレン兄さまが振り返る。
「コイツはこう見えて綺麗好きなんだ、すまないが水場に連れて行ってくれないか」
「では私がお連れして綺麗にさせていただきますね」
ミレアはシロをタオルでくるむと丁寧に抱えて部屋を辞した。
次にアディリシアがシロの側にいる事があったら尻尾を舐めないように気を付けておこう。
みんなが部屋を出ていくのを見送ったあと、リタとハンナがベッドの側に椅子とテーブルを用意してくれたのでマリおば様とそこでお茶をすることにした。
もう少ししたら弟たちも帰ってくるだろう。
暖かいお茶を飲んでほっとひと息つく。
「なんだか毎日が目まぐるしいです」
「そうね、落ち着いたらゆっくりしましょう」
「はい」
アディリシアの魔道具を作って、従魔を探して契約して……ライルの旅立つ日も近づいているし当分は忙しい日が続きそうだ。
「そう言えばマリおば様は私たちの行ったあの花壇の事をご存知でしたか、枯れた様な草花が植えてあった不思議な花壇なのですが」
「……ええ、そこはアウローラ妃の花壇ね」
「アウローラ妃って確か妖精国からこの国に来たというお伽噺のモデルになったずっと昔のお妃様ですよね」
「そう、よく覚えていたわね」
「お母さまに何度も聞かせていただいたのです」
妖精国からこの国嫁いできたというアウローラ妃の物語。
お伽噺では虹色の羽根を持つ妖精国のお姫様で、旅をしていたウィルズエルト王国の王子と出会い一緒に旅を続けるうちに恋に落ちるがお姫様が妖精国を出て王子と結婚するためには大事な虹色の羽根を捨てなければならない。
王子はお姫様が羽根を広げて空を自由に飛び回るのが好きなことを知っていたし、その姿を見ているのが大好きだったので王女を妖精国に送り届けると別れを告げて一人ウィルズエルト王国へと戻ってくるのだが王子が恋しくて泣き暮らすお姫様に妖精国の王様がウィルズエルト王国へと続く道を魔法で繋いでくれたのだ。
再会した二人は共に生きることを誓い、妖精国を行き来しながら末永く幸せに暮らしたと締めくくられる。
「庭師のダンがあの草花は遠い母国から取り寄せた草花でそのお妃様が亡くなられてからあの状態なのだと仰っていたのですけどもしかして本当にアウローラ妃は妖精国からいらしたのですか」
「ふふ、アウローラ妃の妖精国の名は今は無い国の名前だからもしかしたらそうかもしれないわね」
「だとしたらあの花壇が妖精国へと続く道だったのかもしれませんね」
「あまり知られていないのだけど、あの花壇の縁石は所々に精霊石が使われているのよ」
「精霊石ですか?」
「精霊を呼び出すのに使ったり、精霊界へ道を繋いだりするのに使う石だと言われているわ」
今は精霊使いがいないから定かではないけれど、とマリおば様が説明してくれた。
精霊使いはいつの間にかその素質を持つ人がいなくなってしまい廃れてしまった職業だ。
大昔は精霊がそこかしこに溢れていて人と営みを共にしていたとも言う。
「あの場所はね、目覚めの庭とも呼ばれているの」
「目覚め……もかしてあの光の柱、レン兄さまは“場”と言っていましたけど」
「精霊界への道が開いた瞬間だったのかもしれないわね」
居なくなった精霊たちは次元の違う精霊界に住んでいて稀に自然豊かな場所に道を開きこの世界に姿を現すという伝説がある。
眠っていた花壇が目覚めた時、精霊界への道が開けるなんてそれこそ夢物語のようだけれど、あの眩しいほどの光とどこからともなく現れた蝶は精霊界からやってきたのかもしれない。
怖い思いも蘇るけれど、どこか神秘的な出来事に触れたという高揚感に胸が高鳴る思いがした。
マリおば様が意味ありげに目を細めて微笑む。
「お伽噺はそうと知らないだけでいつだって身近にあるものよ」
穏やかにそう言ったマリおば様はいくつのお伽噺に触れたのだろう。
私ももしかしたら気付かずにお伽噺の欠片に遭遇しているのかもしれない。




