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第二章 05

「こんにちはルディ。この間ぶりだね」

「ええ本当に、この間ぶりねアレン。お暇でいらっしゃるのかしら」


 近いうちにまた来るとは言っていたけれど早すぎないだろうか。


 前回あの意味不明な帰り方をしてからまだ数日しか経っていないのに何事もなかったかのように爽やか登場したアレンに対し思わず険しい視線を投げてしまった。


「あれ?なんか冷たくない?今日は母上のご依頼で来たんだよ」

「ナターシャ様のお手紙には家の者を使いに出すとありましたけれど…」

「その通り、僕はブローセン家の者だから間違ってないよ」

「……」


「お嬢様、そのあたりで」


 ハンナに言われてハッと我に返る。

 いけない、いけない、子供みたいな態度をとってしまったわ。


「バザーの品を受け取りにいらしたのよね。準備できているわ」

「君は当日も手伝いに来てくれるんだってね。母上が会えるのを楽しみにしていたよ」

「ええ、ナターシャ様にはバザーを取り仕切っていただいてとても感謝しているわ。せめてものお手伝いはさせてもらわないと」


 バザーの当日は孤児院の子供たちと貴族のご婦人方が力を合わせて行う予定である。

 毎年お母さまと一緒に参加していたので勝手は分かっているつもりだし人手は多い方がいいはずだ。

 ハンナにバザーの品をアレンが乗ってきた馬車に運ぶよう手配するように伝えて、ひとまずアレンにお茶を勧めた。

 準備する侍女に自分が入れる事を伝えて茶葉を手に取る。


「ルディが入れてくれるなんて嬉しいな」

「お母さまに教わったのよ」

「そう、それは素敵な事だね」


 頬杖を付いてニコニコと目を細めてこちらを見つめるアレン。

 ぞわりと鳥肌が立った。


「……ねぇこの前も思ったけどあなた変わったわ」

「そうかな」

「あんなセリフを吐くなんて寄宿学校はとんでもない紳士を育てるところなのね」


 昔はもっと無邪気な子供らしさがあったのに今はすっかり落ち着いてしまったようだ。

 なんだかそれは少し寂しい気もする。


「逆だよ、寄宿学校では男ばかりで紳士になんて過ごせないよ。それに僕は同部屋だった悪友に振り回されてばかりだったから今の平穏に素直に感謝したいと思ってるんだ」

「その悪友ってお手紙に時々登場した彼の事?お名前はなんて言ったかしら」

「オズワルド、あいつのせいでとんでもない事に巻き込まれてばかりだったよ」


 思い出して深いため息をつくアレンの前にどうぞとお茶を差し出した。

 ソーサーから離れた手が不意に掴まれて視線を上げれば真っ直ぐにこちらを見るアレンと目が合う。


「あの場所ではルディの手紙だけが救いだった」

「おおげさね」


 笑って手を引き抜くとそれは思いのほか簡単に離れていった。

 触れた部分が心なしか熱くなる。


「それでそのオズワルド様は今どうしているの?」

「奴は騎士団志望だったから見習いで王立騎士団に入ったよ」

「まぁ、本当にアレンとは反対のタイプのご友人なのね」

「悪友だよ。……わぁ、この焼き菓子懐かしいな」


 お茶請けに出された焼き菓子に手を伸ばしてアレンは懐かしそうに目を細めた。

 そして口に運ぶと噛み締める様に目を閉じてゆっくりと味わう。

 中はふわっとしているのに表面はサクッとしていて形も様々で見て楽しむことも出来る焼き菓子。

 幼い頃から変わらない料理長自慢の焼き菓子を覚えていてくれて私も嬉しかった。


「ジャンの腕は健在だね。彼は今も変わらないのかな」

「ふふっ。そうね、ちょうどバザーの時に子供たちに配るお菓子の話をする予定だったから今からあなたも一緒に会い行ってみる?」

「それは是非お願いしたいな」





 侍女の付き添いを断ってアレンを伴い厨房へと向かう。

 普通なら客人を厨房に案内するなどあり得ないだろうけど幼なじみのアレンは別だ。 何せ料理長と顔見知りである。


「お邪魔するわよ」


  声かけて入り口の扉を開けると中からガタンバタンと賑やかな音が響き、思わずアレンと顔を見合わせてしまった。


  「ごめんなさい驚かせてしまったかしら」


「お、お嬢!どうしたんですかい?用があるなら俺が出向きやしたのに」


 ずぅんと、側に影が落ちる。

 パッと見た瞬間、物語の悪役かと思うような目つきの悪さといかつい雰囲気を持つムキムキとした筋肉大男こそ料理長のジャンだった。

 あの繊細な焼き菓子を意外にもこの料理長が作っているのだ。


「やぁ、ジャン。僕が誰かわかるかな」


  私の後ろから顔を出してアレンはいたずらっ子の様に笑い、その顔を見てジャンは破顔した。


「まさかアレン坊っちゃんですかい! 久しく見ない内に立派になられて」

「覚えていてくれたんだね。会えて嬉しいよジャン」


 アレンの差し出した手をぎゅうぎゅうと握ってジャンは目を潤ませた。

 見かけによらずこの料理長は涙もろいところがあるのだ。


「……それよりジャン。おっちょこちょいな新人でも入ったのかしら」


 ジャンの背後に視線を向け不自然に散らばった調理器具に目を止める。

 さっきの物音は誰かがこれらにぶつかって落とした音だろう。

 付近にいた他の料理人たちがびくりと肩をすくめた。

 とある作業台の後ろからぴょんと焦げ茶色の髪が跳ねているのが見える。


「……カイト、居るのはわかっているのよ。出てらっしゃい」


 声をかけても厨房内はシンとするだけ。


「お、お嬢……」

「来ないなら行くわよ」


 慌てるジャンを押し退けてぐいぐいと中へと進んでいく。

 大きな作業台の前に着くとその後ろを覗き込んだ。


「……あらあら、それじゃさすがに出て来れないわね。ぷっ」


 隠れていた弟の姿を見て思わず吹き出してしまった。

 台の後ろにしゃがみ込んだカイトは膝の間に下の弟のベルグラントを抱え、食べかけだったのだろうお菓子を口いっぱいに頬張っていたのだ。

 ベルグラントは可愛いらしく両手で口を押さえて困ったように私を見上げていた。


「おや、可愛いねずみさんたちだね」


 アレンも私の側に来て二人を見下ろすと面白そうに笑った。

 いつまでも座ってないのとベルの手を引いて立ち上がらせるとカイトも口の中のものをなんとか飲み込んで立ち上がる。


「あの、姉さま……」

「ベルまで巻き込んで、カイトは困ったお兄さまね」


 笑いながら頭を撫でてあげると怒られると思ったのかカイトはキョトンと目を丸くした。


「何よ、怒られると思ったの?」

「と言うか怒れないよね、僕たち」


 私とアレンの言葉にカイトは益々困惑しているようだった。


「お嬢とアレン坊っちゃんもカイト坊っちゃんと同じ事をしてたんでさぁ」


 イヒヒと笑ってジャンがネタばらしをするとカイトは驚いたように私たちを交互に見る。

 なんだか昔話は気恥ずかしい。


「うんと小さい頃の話よ」

「懐かしいね、美味しい匂いに誘われて厨房に潜り込んでお菓子をつまみ食いしたっけ」

「ジャンのお菓子が美味しいのがいけないのよ」

「お嬢~そりゃねぇですぜ」


 ジャンが苦笑するが本当の事だものとツンとすます。

 昔はジャンのお菓子は魔法のお菓子かと思うほどに美味しくて幸せな気に分してくれたのだ。

 もちろんその美味しさは今も健在だけれども。


「でも、料理人たちの邪魔はしてはダメよ」

「それって僕らが昔レティシア様に言われた言葉だね」

「アレンは黙っていて」

「はいはい」

「とにかく、まずここを片付けるわよ」

「はい! 姉さま」

「ぼ、ほくもやる」


 ジャンや料理人たちに謝りながら散らかしたものを弟たちが片付けるのをアレンと一緒に手伝いひと段落ついたところで厨房の片隅でお茶をいただくことにした。


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