第十章 06
ぼんやりとしながら手を引かれるままに歩き、建物から出ると眩しい陽射しが降り注いだ。
その暖かさに体が解れていく、思ったよりも緊張で体が強張っていたのかもしれない。
「すまない、疲れただろう」
「いえ、大丈夫です」
「本当に申し訳ない」
「そんな、謝らないでください」
「しかし」
「同じ魔術院の者としてというのは先程聞きましたし、ゾーイ様のせいではないとお伝えしたと思いますが」
「だが……」
申し訳なさそうに言うゾーイ様にニコリと笑って言ってみたものの、ゾーイ様の表情は晴れない。
そんなに気にされているなんて。
それにしても同じ所属の人たちが一部とはいえ、あのような方々だとさぞ気苦労も絶えないだろう。
「イージソク様は、噂に聞いていた“あれ”ですよね」
「ああ、わかりやすい典型的な“あれ”だ。君を魔術院に引込みたいようだったな」
以前ゾーイ様が言っていた魔力主義者なのだろう。
私を疑っていながらも魔獣退治をさせようとするなんて何を考えているのだろう。
それとも、本当は疑っていたんじゃなくて……。
対峙した瞬間を思い出し、ゾクリと鳥肌が立つ。
あのギラギラした目は尋常じゃない雰囲気を醸し出していた、金輪際近付きたくない部類の人である。
だけど、気になる言葉も言っていた。
「……力を持つ者の義務、ですか」
「あの者の言葉は聞き流すといい」
ゾーイ様は忌々しそうにそう呟く。
以前ゾーイ様がしつこく勧誘されたと言っていたのはイージソクなのかもしれない。
「今回君の魔力量をその目で確認出来ていないのだからすぐに興味を無くすだろう」
「掛け金を、かけていましたから」
「ああ。ルディア嬢、君は上手くやっていた」
「そうでしょうか、それにしても後半はなんだかおかしな感じでしたね」
「君には不快な思いをさせてしまってすまないと思っている」
「ですからゾーイ様が謝ることないです。何度お伝えすればわかっていただけますか」
「……すまない」
「ほらまた」
「はは」
ゾーイ様が笑ってくれた、思わず表情が緩んだという感じだけれど。
銀の髪が風になびく。
涼やかな顔立ちのゾーイ様の憂い顔は綺麗だった。
アレンの好青年的な感じとはまた違った雰囲気を纏っている。
老獪な魔術師たちの巣窟で培われた仮面がいつもの表情なのかもしれない。
「もう君が関わる事はないだろう、君の事をほとんどの者はただの令嬢だとわかったはずだ」
「少し反則をしましたけど、掛け金や……」
「過保護な保護者達の行動か」
「ふふっそうですね。ありがたいことですけど、迷惑をおかけしたと思います」
「君は巻き込まれた側なのだから気にする必要はない」
「あのような場は苦手です……お父さまもアートおじさまやマリおばさまもなんだか少し変な様子でしたし」
お仕事モードだからと言うのを踏まえてもなんだか違和感を覚えてしまう。
いつもより大仰というか力が入っているというか何というか、私が緊張と動揺でそう感じただけだろうか。
「そういえばバルド老の姿がありませんでしたね。何か他でお仕事があったのですか」
そう尋ねると引かれていた手がピクリと揺れてゾーイ様は足を止めた。
まだ手を引いてくれていたのだと遅ればせながら気付いて申し訳ないと離そうとすれば何故か強く握り込まれてしまった。
お父さまとは違う、しなやかさを持つ大きな手だ。
変に意識してしまったせいか急に頬に熱が集まってきてしまう。
「あ、今は魔術師の主だった方々は先程のお部屋にお集まりでしょうし違いますかね」
「君は……」
「でも逆に独自に調査をされるなら都合が良いのかもしれませんね、なんて」
「……ルディア嬢、推察はそこまでに」
「はい?」
強い視線は問い詰めるように私を覗き込んでくる。
あれ、どうしてこうなったのだろう。
何かを話さねばと勢いで出た言葉がいけなかったのだろうか。
「ええと……ごめんなさい、ただ単純に思っただけなのですけど」
「…………」
「失礼な発言でしたね、すみません」
「いや、そうではない……忘れてくれ」
そう言って私の手を離し、踵を返すゾーイ様の手を今度は私が両手で掴んだ。
何かが引っかかる。
ゾーイ様が驚いて振り返るとそこに詰め寄る様にして問いかけた。
「何か、あるのですか」
「何でもない、気にしないでいい」
「気になります」
「……以前君に貰った焼き菓子はとても美味しかった」
「話を変えようとしてもダメですよ」
「……」
「ゾーイ様」
懇願するように見つめるとゾーイ様は視線を伏せたままひどく戸惑った顔をしていた。
言おうか言うまいか迷っているような顔だ。
つまり言えない何かがあるのは間違いない。
だけど、私が踏み込んではいけない内容なのかもしれないと今更ながらに気付いた。
言えないのはきっと理由があって、知らない方がいい事だってあるのだ。
「ごめ……」
「バルド老は……体調を崩されて休まれている」
ため息交じりに吐き出された言葉に目をしばたたかせる。
また話を変える為か否かはわからないけれど、これ以上困らせたくなくてその言葉を受け止めた。
これ以上、追求しませんと伝える為にも明るく声を出す。
「まぁそうだったのですか。それは心配ですね、お加減悪いのですか」
「……いやそこまででは」
「ゾーイ様が言い辛そうになさるから重病なのかと思ってしまいました。でも高齢でいらっしゃいますし、早く良くなるといいですね」
「君は……いや、なんでもない。そうだな」
「お会いするようでしたらお大事にとお伝えください」
微笑んでそう言えばゾーイ様は静かに頷く。
その後は2人共無言のまま離宮へと向かって歩き続けた。
若干の気まずさはあるものの、お互いに表に出さないようにしているのを感じる。
離宮が見えてくると待っている弟妹たちの事が浮かんだ。
そうだ、私が今優先すべきは臥せっているアディリシアの事だ。
あれこれ考えていても仕方ない。
離宮へ辿り着くとゾーイ様が扉を開け、私を中へと促してくれた。
ゾーイ様はこの後直ぐに戻られるそうだ。
「送ってくださってありがとうございます」
「いや、いろいろとすまなかった」
「……今日のゾーイ様は謝ってばかりですね。もっと上手くやらないとダメですよ」
「……精進する」
つい余計な一言を付け加えてしまったけれどゾーイ様は苦笑交じりに答えてくれた。
ゾーイ様はどうも真面目過ぎるきらいがある。
「……君といるとどうも調子が狂う」
呟くように放たれた言葉と共に扉が閉まっていく。
最後に見えたゾーイ様の表情はどこか影を含んでいた。
ポツンと一人佇むととたんに後悔が押し寄せてくる。
ああ、悪いことをしてしまった。
ゾーイ様のお立場では答えられない事だっただろうに。
一時の感情で問い詰めてしまった。
今はいろんなことが重なって起きているから私も余裕がないのかもしれない。
お母さま……あなたの娘はまだまだ未熟です。
「はぁ」
深い深いため息がこぼれた。
「お姉さま!」
考えに耽っているとドンと背中に軽い衝撃が走り重さがかかった。
振り向けば嬉しそうに満面の笑みで抱きつく男の子。
明るい笑顔が暗い思考を霧散させていく。
「ルディお姉さま」
「チェスター……王子」
「お姉さま!いつものようにチェスターと呼んでください。でないと嫌です」
ギュウと私のローブを握りしめてチェスターは頬を膨らませた。
王宮内だということもあり気になるけれどどうやら了承するまでその頬はしぼみそうにない。
「……わかったわ、他の人の目が無い時だけね」
「はい、ではなるべく人の目の無い場所でお会いしましょうね」
「え……あ、うん?」
小声でひっそりとまるで密やかな逢引の誘いかのように頬を赤らめて言う少年。
まだ子供だから深い意味はないのだろうけれど。
「まぁルディアお嬢様!お戻りでしたか」
「ええ、リタただいま」
話し声に気付いたリタが駆け寄って来てくれた。
審議の場での様子が気になっているのだろうけどチェスターの手前聞くことも出来ず心配そうに私を見つめてくる。
声に出さず大丈夫と口を動かして安心させるように微笑めばそれが伝わったのかつられるようにリタも微笑んだ。
「お疲れでございましょう、もうすぐ昼食ですが先にお茶をお入れしますね」
「ありがとう」
リタの言葉に急にのどの渇きを覚え、一息つくためにも早く美味しいお茶が飲みたいと思った。




