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第十章 02

 

 マリおば様が淡々とデニス様の研究を説明してくれた。

 昨今の貴族の魔力持ちの減少、魔力の低迷化の改善を図るべく魔力の多い女性を結婚相手とすることで魔力の多い子供を作りたい。その相手を探すのに銀の花で魔力量を測り目安とする……魔力で結婚相手の女性をふるいにかけようと言うことらしい。


「それはまた……なんというか魔力の少ない女性には嬉しくない方法ですね」


 自由恋愛が増えたとはいえ未だに貴族間では政略結婚が主流な中で互いの利、義務や役目といった条件に魔力の有無や優劣が加わるとなると縁組も随分と変わってくるだろう。

 上級貴族でも魔力がなければ婚期が遅れたり下級貴族でも魔力があれば縁談が殺到したりするような事が起きるかもしれない。


「女性をなんだと思っているのかしら、ただでさえこの国は男性優位の傾向が強いのにそのような研究をするなんて貴族階級を魔力階級に塗り替えたいのかしら」


 マリおば様はギリギリとティーカップの取っ手を握りしめている。

 もう少し力を入れたら取れてしまいそうだ。


「どこぞの魔法大国など方法は違えど魔力合わせで婚姻を結ぶ国はいくつかある、一概に否定ばかりは出来ないが」


 お父さま曰く、そう言った行いが当たり前になっている国もあるらしい。

 その国の社会の成り立ちによって評価は異なるのだろう。


 ドンッ

 マリおば様はカップから手を離したかと思うと淑女らしからぬ勢いでテーブルを叩いた。


「この国には必要の無いものよ!」

「同意だ。そもそも今回のデニスの研究はルディに贈り物を装って銀の花を渡し魔力を確かめる了承を得ないものだ。この件にはニコロディ伯爵に正式に抗議する」


 お父さまが先ほど忌々し気に言ったのはどうやら私が関わっていたかららしい。


「お父さまそこまでしなくても」


 確かに疑われる要因になったのは許し難いけれど、あまり大事にしたくはない。

 すでにいろいろと巻き込まれているわけだし。


「心配しなくて良い、父親である私に任せておきなさい。嫁候補などにはさせない」

「いえそうではなく……」

「そうよ、ニコロディの所になんて嫁がせないわ」

「ちが……」

「それなりに覚悟を持つ者でないと許さん」

「軟弱な者なんかは門前払いね」


 何故かお父さまとマリおば様は私の婚姻について熱く議論を繰り広げている。

 呆然としつつ口を噤んで見守っているとしばらくして二人はやっと私の視線に気付いてくれた。


「コホン、話が逸れたな」

「ええ逸れたわね」


 婚姻の予定も気配も全くない私の話を熱く語ってくれてありがとうございますとぬるい笑顔で気まずそうな二人を眺めた。


「ともかく」とお父さまは仕切り直すように話を戻す。


「ウィルズエルト王国は他国に比べてゆるい貴族階級社会だがそれ故にどの立場の者も共に力を合わせてこの国の平和を維持する為に尽力している。それぞれの領分というものがある、おいそれと魔力階級に取って代わる事はないだろう」


 争いごとを好まぬ気風もあるだろうけど小さな国だから多くの人が誰かを蹴落とすよりも力を合わせる事を重んじている。

 今は変化を必要とする時ではないとお父さまは言った。


「それにデニス・ニコロディは自分一人の研究だと言うが彼の発想とは考えにくい、何者かに示唆されたか協力者がいるのか……」


 その言葉を聞いてある事がふと頭をよぎる、ゾーイ様やアレンが危惧していた事。

 確かデニス様は魔力信仰の狂信者に関わりがあるのではなかっただろうか。


「……っ」


 そう考えた瞬間ゾクリと肌が泡立つ。

 顔色を変えた私の肩をお父さまがそっと撫でた。


「ルディ、ここにいる間はなるべく掛け金をかけておきなさい。ゾーイから教わっているだろう」

「え、ええ」

「今は魔術師が勢い付いて王宮内を我が物顔で歩いている。万が一遭遇しても迂闊にその者たちの持ち物や差し出すものに触れないように。ライルたちにも明日そう伝えよう」

「そうね、この辺りには誰も近寄らないようにさせるつもりだけど何があるか分からないしこの建物からあまり出ないようにして気を付けるのよ」


 お父さまやマリおば様の警戒を促す言葉に頷きを返す。

 なんだかいろんなことが重なって頭が痛い、そんな私を気遣ってかお父さまが腰を上げた。


「もう遅いし今日はここまでにしよう」

「そうね」

「マリおば様、遅くまですみません」

「いいのよ。ルディこそ疲れているのに悪かったわね。明日も大変な思いをさせてしまうけれど」


 明日の審議の場へ出る事を考えると不安だ、でもきちんと疑いを晴らさなければ。

 お父さまも一緒だと言うし、なんとか明日を乗り切ろう。








 部屋に戻るとすぐに寝支度を整えてリタにも休むように言って下がらせた。

 明かりを落とした部屋で長い一日の疲れが気の緩みとともに押し寄せてくる。

 今すぐに横になりたいけれど妹の様子も気掛かりでそちらへと足を向けた。

 アディリシアの眠るベッドに腰を下ろすと様子を伺いながら小さな顔にかかる髪を払う。


「ねぇさま?」

「ごめんね、起こしちゃった?」

「ううん」


 アディリシアは目を擦りながらゆるゆると首を振ったあとこちらへ手を伸ばしてきた。

 抱っこの仕草に小さな体を膝の上に抱え上げる。

 温もった体は寝ていたからか熱のせいか、額にふれるとじわりと熱い。


「……おねえさま」

「なぁに」


 アディリシアはコテンと頭を私の肩に乗せるようにして抱きつく。

 小さな手が服をギュッと握りしめた。


「あのね」

「うん?」

「あのね、アディね……おねつで、ごめんなさい」

「謝ることじゃないわ、辛いのはアディなんだから」

「ごめんなさい」

「アディ?どうしたの?」

「ごめ、なさ」


 ポロポロと静かに泣き出してしてしまったアディリシアの背を優しく撫でる。

 何度もごめんなさいを繰り返す妹に大丈夫だと、謝らなくて良いと繰り返しながら一体どうしたのだろうと考えを巡らせた。

 怖い夢でも見たのだろうか、何か幼心に感じるものがあったのだろうか。

 泣かないでと涙を拭っても次から次へとこぼれ落ちてくる雫に胸が苦しくなっていく。


「アディ、泣かないで」


 ギュッと抱きしめてアディリシアが泣き疲れて眠るまで私は小さな背を撫で続けた。

 

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