第十章 01
カラカラカラと車輪の音が響く。
私たちは日が落ちて薄暗くなった中を馬車で移動し、王宮へと向かっていた。
突然お父さまに「今から王宮へ行く」と伝えられた弟たちはどこか緊張した様子で馬車内は無言のまま進んで行く。
新緑の宴の時に降り立ったのとは別の門を抜けた先で出迎えてくれたのは先程お会いしたお父さまの部下のサイラス様。
直ぐ近くの建物へと静かに案内され、その建物の中で待っていたのはマリおば様だった。
エマ様は騎士服で側に控えている。
「みんな大変だったわね」
労るようにそう声をかけてマリおば様は私たちを客間へと招き入れてくれた。
マリおば様は我が家へ遊びに来るときの服装とは違い畏まった装いで誰が見ても高貴な貴婦人だと分かる。
まとっている白いローブには金色の刺繍が上品に施されていて一層マリおば様を引き立てていた。
「マリおば様、なんかいつもと違うね」
「キラキラして格好良くて素敵です」
カイトとベルが興奮気味にそう言うとマリおば様は微笑んで二人の頭を撫でた。
その微笑みはどこか寂しそうにも感じた。
マリおば様の立場を知って弟たちに距離が出来なければ良いと思う。
ふと、私は隣を歩く長男に尋ねた。
「……ライルはあまり驚かないのね」
「なんとなく、察していましたので」
「そ、そう」
以前から薄々感づいていたもののバサーの時にやはりと確信らしい。
観察力に優れた弟に思わず感心した。
客間へと案内されるとすでお茶の準備がされており、間もなく食事の支度も整うとの事だった。
「……アディの具合はどう?話を聞いてから心配してたのよ」
マリおば様はお父さまの腕に抱えられ毛布にくるまるアディリシアの顔を覗き込んだ。
熱で赤らんだ柔らかな頬をそっと撫でて目を細める。
「……珍しくマクシミリアンがアディを抱えていると思ったら寝ていたからなのね」
「悪かったな、珍しくて」
アディリシアはアスターフォード邸を出る前からずっと寝入ったままだ。
このまま休ませようと私とお父さまはマリおば様に案内され寝室へと場所を移す。
この建物は客人を滞在させる離宮の一つらしい。
部屋は私とアディリシアの同室にしてくれていた。
二つ並ぶベッドの一つにアディリシアを寝かせるとこの場はマリおば様の侍女とリタに任せて私たちは客間へと戻った。
侍女のレナはショックが抜け切れていないようだったのでハンナと共にアスターフォード家で休ませている。
「食事の用意が出来たようね、お腹が空いたでしょう」
食堂へと移動するとジャンが給仕の手伝いをしていた、いつの間に。
有難く席につくと随分とお腹が空いていたのか温かい食事が体に染み渡り次々と手が進んだ。
マリおば様は先に食事はすませていたとの事でゆっくりとお茶をいただいていた。
「まず、私たちの事について話さなければならないわね」
マリおば様は弟たちに今まで伝えていなかったが王妃という立場である事、アートおじ様は国王でチェスターとセオドールは王子だと言う事を弟たちに説明した。
やはり言葉にすると家族のような存在が遠くなったように感じる、弟たちも目を伏せて複雑そうな顔をしていた。
仕方ないだろう。
「あなたたちがもっと大きくなってから伝えるつもりだったのよ。公の場では今までとは違った接し方になってしまうけれどあなた達を大切に思う気持ちはどんな時も変わらないわ。出来ればあなた達と今まで通りの関係でいたいと思っているの」
「……今みたいな他の人がいない時だったらマリおば様って呼んでも良いの?」
「ええ、もちろんよ」
「良かった」
カイトの質問に間髪入れず答えるマリおば様にみんなの表情がホッと緩んだ。
それを見てマリおば様も微笑みを浮かべる。
「屋敷の補修工事が終わるまでここにいると良いわ。チェスターとセオドールが会いたがっていたから一緒に遊んでもらえると嬉しいわ」
「「うんっ」」
まだ少し戸惑ってはいるものの弟たちは状況をのみ込めたようだ。
食事が終わるとカイトとベルグラントが眠たげに目を擦り始めたのでお父さまはライルを含め弟たちに就寝を促し、三人はロイに連れられて退室した。
お父さまとマリおば様、私の三人になるとお茶を入れ直してもらい、気になっていた私の呼び出しについて尋ねた。
明日、王宮の会議室で審議の場が設けられるらしい。
王宮の調査により魔獣の出現は人為的なものであると判明した。
そして、新緑の宴の魔獣の調査で私の魔力の痕跡が見つかった事。
私は城下町へ頻繁に足を運んでおり、その行き来する道中で黄昏の魔獣が出現している事。
アスターフォード家には過去に筆頭魔術師になった者もおり、様々な魔術書があるため魔獣の召喚を成し得る可能性がある事など。
それらの理由で私の関与が疑われ召喚命令に至ったらしい。
「私もアートもルディを疑っていないわ。でも収まりがつかなくなってしまってあなたを呼び出すことになってしまって本当に申し訳ないと思っているの。ごめんなさいね」
「マリおば様やアートおじ様のお立場はわかっています。でもどうして魔力の痕跡が私のものだとわかったのでしょうか」
「……新緑の宴でデニス・ニコロディに銀の花を渡されたと言っていただろう?」
お父さまは険しい顔をしながらそう言った。
あの時、突然渡された銀の蕾の花は私が手にすると淡い水色の花を咲かせた。
私の魔力を吸い取って……ゾーイ様が魔道具ではないかと言っていた気がする。
「あの銀の花が何か?」
「ルディの銀の花の魔力とその痕跡の魔力が同じものである可能性高いらしい。新緑の宴では魔獣がルディの後を追っていたという証言もあり、召喚主ゆえに追われていたのではないかと解釈している者もいる」
「そんな……それなら持ち主のデニス様の方が疑わしいと思うのですけど」
「ルディ、落ち着いて。そのデニス・ニコロディの父親は筆頭魔術師補佐のロベルト・ニコロディ伯爵と言って調査を行なった者の一人なのだけど……」
マリおば様の話によるとニコロディ伯爵は新緑の宴の魔獣の調査を進める中で何者かの魔力の痕跡を見つけた。
それがいったい誰の者か参加者から調査を進めていたところ公式に魔力登録しているものからは該当が無く、ならば登録していない魔力を持つ令嬢か未成年者の者ではと思い至ったが登録が無い者を探すのは難しい、そこへ息子のデニス・ニコロディ公子がとある令嬢の魔力で咲いた銀の花を持っていると父親に提供したところ一致したと言う事らしい。
そのとある令嬢というのがつまり私だ。
「……それこそ都合良すぎではありませんか?」
「だが、デニスが研究の為に以前より令嬢の魔力を集めていたのは魔術院では周知されていることでバルド老も報告は受けていたそうだ。だから都合が良すぎると言うよりも研究が思わぬ功を奏したという評価に至っている」
魔術院で行われている研究は結果が出るまで秘匿性が高いらしく、お父さまやマリおば様たちも初耳だったらしい。
「デニス様の研究とはなんなのですか?」
「……」
「……」
私の問いかけに二人は目を伏せて口を噤んだ。
何か言い難い内容なのだろうか。
「お父さま?あの、お尋ねしてはいけないことでしたら無理には……」
「……魔力登録の無い者の魔力の目視化らしい」
お父さまが憤懣やる方無いといった感じにそう言った。
言葉通りの意味だろうけどそれだけではその研究の目的が良く分からない。
マリおば様に視線を向けると冷え冷えとした視線でティーカップを眺めていた。
「マクシミリアン、そのような言い回しでは分かりにくいでしょう。デニス・ニコロディの研究はね、なんでも魔力の多い女性と縁を結ぶ為の研究らしくてよ」
「はい?」
思わず間抜けな返事をしてしまった私にマリおば様はニッコリと冷えた微笑を浮かべていた。




