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第九章 08

「サイラスか。許す、何があった」

「はい。本日の会議で声を上げた老輩ろうはいたちが数名こちらへと向かって来ております」

「なんだと……話し合いは明日の筈だ」


 ガタリと音を立ててお父さまが立ち上がった。


「はい、ですが会議後に老輩たちは参考人が出席しないのではと言い出し始めまして」

「……つまり私を信用していないという事か」

「お身内の事であらせられます故にかとは思いますが。しかしそれではお話が違うと思い、マクシミリアン様にお知らせするべく先んじて参りました」

「よく知らせてくれた。……まったく、人の話を聞かぬ奴らだあの者たちに構っている暇など無いと言うのに」


 深いため息と共に呟いた言葉の後にお父さまが私へ視線を向ける。


「お父さま?」

「ルディア、少し話がある。ハンナこれから招かれざる客が来る、もてなす必要はないので直ぐに行くと伝えて入り口で待たせておきなさい。モーリス、ハンナと共に対応してくれ」

「畏まりました」


 お父さまが席を立つのに続いて膝の上のアディリシアの頭をそっとずらし私も立ち上がった。

 アディリシアはすっかり寝入ってしまっているようでホッとして側を離れると心配そうに私を見る弟たちには大丈夫だと笑顔を向けた。


 お父さまはサイラス様にも来るように声をかけ移動し、弟たちのいるテーブルから少し離れた場所で声を潜めて私たちは話し出した。


「先に紹介しておこう。部下のサイラスだ」

「お初にお目にかかります。サイラス・クレメンティと申します」

「ルディアです。父がお世話になっております」


 さくりとした挨拶の後、お父さまは直ぐに本題へと入った。

 精悍な顔立ちの青年はキリッとした目元が力強い、そしてその目にはお父さまへの尊敬が感じられた。

 お父さまの部下の方とは初めてお会いしたのでこんな時でなければいろいろと聞いてみたい。


「時間が無いので手短に言う。大変な目にあったばかりなのに労わってやれなくてすまない。……不本意だが王宮からルディアに召喚命令が出ている」

「お呼び出し、ですか?どういうことでしょうか」

「愚か者たちの愚かな考察により有り得ない事だが一連の魔獣出現にルディアが関与しているという愚かな疑いをかけられた為だ。有り得ないと訴える私の意見は身内可愛さによる欲目だと相手にされず、晴らすことに至らずにすまない」


 相当お父さまはご立腹らしく愚かだと三回も言って私に申し訳なさそうに謝った。

 あまりに想像も付かない内容に私は自分の事なのにどこか他人事の様にも聞こえてしまった。


「私、関与などしていませんよ」

「当たり前だ、そもそもそのような発言はアートもマリもすぐさま却下していたのだ。それをあの人の話を聞かぬ石頭の魔術師どもが私の娘をなんだと思っているのだ」

「お父さま……」


 私の為にこんなにも怒ってくれていると思うと不謹慎ながらありがたいと思う。

 それにしても割と淡々としているお父さまがお怒りとはいえ随分と感情的だ。

 忌々しそうに話すお父さまの姿にチラチラとサイラス様の様子を伺うと平然と受け止めているようだった。もしかしてお仕事中は意外とこんな感じなのだろうか。


「経緯はわかりませんが誤解なのですからお話すれば大丈夫ですよね。それにしても、このタイミングで」


 心当たりなどあるはずもない、何を持って私が疑われるに至ったのだろう。

 しかもたった今、魔獣の襲撃を受けたばかりで頭も心も追いつかない。


「今から行かねばならないのでしょうか。この状況でライルたちを置いて私とお父さまが屋敷を離れるのは少し心配です」

「本来は明日私がルディアを連れて行く予定だったのだ。ルディアに説明する為に急ぎ帰宅していたと言うのに、愚かにも私がルディアを逃がすのではと考えている者たちがいるらしい」

「その方たちがこれからお見えになるのですね?」

「ああ」


 つまり、私の魔獣への関与を決めつけてお父さまが娘可愛さに逃がすかもしれないから直接迎えに来るという事だろうか。

 なんて短絡的な思考なのだろう。


「先ほど魔獣の襲撃を受けた事をお伝えしたらその方たちに引いていただけないでしょうか」

「魔獣の襲撃とは?」


 サイラス様が尋ねた。

 先程のジャンたちから聞いた出来事をお父さまがかいつまんで話すとサイラス様はみるみる驚いた表情に変わった。

 この方は無表情なお父さまの部下だというのに表情が豊かのようだ。


「そんな事が……大変な時にこのような状況が重なってしまうとは。ですが王妃殿下のご伝言が役に立つかもしれません」

「伝言?」

「会議が終わりマクシミリアン様がお屋敷へと急ぎ帰られた後にエマ様が王妃殿下のお言葉を届けてくださいました“何かあればこちらを頼るように、方法は問わない”とお伝えして欲しいとのです」

「そうか……」


 立場的にもあまり頼りたくないのだろう。

 お父さまは思案げに眉を寄せた。


「旦那様、客人が来たようですぜ」


 玄関の方が俄かに騒がしくなり様子を見に行っていたジャンがそう報告して扉の前に立った。

 緊迫したような空気が漂う。


「早いな。サイラスが先に着いてくれて助かった、感謝する」

「とんでもございません。お役に立ててなによりです」


 黙ったまま様子を見ている弟たちも何事かと表情をこわばらせている。

 私に用があると言うのなら私が赴けば収まるのではないか直接話せば誤解もすぐに解けるのではないかという事が頭をよぎった。


「ルディ」


 ポスッと大きな手が頭に乗り我に返るとお父さまが珍しく苦笑していた。


「私に任せておきなさい。お前が一人で矢面に立つことはない」

「お父さま……」

「この際だ、マリの言葉に甘えさせて貰おう。ロイ、リタ、ジャン」


 お父さまは三人を近くへと呼んだ。

 私はサイラス様に視線を送り小声で尋ねる。


「私、考えていた事を口に出していましたかしら?」

「いいえ。マクシミリアン様がおっしゃったことが図星ならばお考えを察せるほどルディア嬢の事をご理解されているということでしょう。素敵な父娘関係でいらっしゃるのですね」

「あ、ありがとうございます」


 微笑ましそうにそう言われ、なんだか照れくさくなった私は俯いた。


「急ですまないが協力して欲しい」


 お父さま、そう一言おいてから三人に指示を出した。


「王妃殿下の夕食に招待されていた事にして王宮へ向う。王子の側付きを検討する非公式な食事会だ。慈悲深い王妃殿下は魔獣の襲撃を受けた屋敷に子供たちを戻すのを躊躇われそのまま滞在を進める事になるのでそのつもりで急ぎ準備するように。ジャンは護衛人として連れて行くので着替えて来なさい」

「「「畏まりました」」」


 あっという間に組み立てられたシナリオについていけないのは私たち子供だけのようで他の者たちはすぐに行動に移し出していた。

 リタとロイがテキパキと作業を割り振り纏めていく。


「では私は先に王宮へ戻りその様にお伝えして参ります」

「すまないが頼む。表から出ない方が良いだろう、ジャン頼めるか」

「厨房の裏の出入口へ案内しやす」


 サイラス様は私たちに軽くお辞儀をした後、ジャンと共に足早に去って行った。

 礼儀正しい人だ。


「私は招かれざる客人の相手をしてこよう。ルディアたちは支度をして待ちなさい。決して部屋から出ないように」

「は、はい」


 何かのスイッチが入ったかのようなお父さまの段取りに圧されながらリタとロイを中心にあれよあれよという間に準備が整う。

 カイトは待っている間にお菓子を幾つか食べた事でエネルギー補給が出来たと少し動けるようになっていた。回復する時間があったのは良かった。


 そして客人を見事に追い返したお父さまと共に私たちは数人の家人を留守居として残して慌ただしく王宮へと向かったのだった。


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