第二章 04
日々こなすお仕事の一つにお手紙のお返事がある。
最近は少しずつ夜会やお茶会のお誘いの手紙が増えてきた。
配慮ある控えめなお誘いが殆どでそのお返事に丁寧に気遣いのお礼と辞退の旨を記していく。
書き慣れた文章を繰り返し10枚ほと仕上げたところで一区切りペンを置き、既に冷めてしまっているお茶に手を伸ばした。
日中の弟たちに家庭教師が来ている間は末子のアディリシアは私と過ごしているし、こうした仕事をするのは集中してやりたいので主に寝る前の時間に行うのが習慣になっていた。
「姉上はそろそろ外に出られても良いのではありませんか」
少し前から私の仕事の手伝いをし始めたライルがテーブルの向かい側で自分の書類を束ねながら私の書き上げた手紙を見てポツリと言った。
「別に外に出ていないわけじゃないわ、今度の教会のバザーへも参加するつもりだし」
「交流の場にという意味です」
「教会のバザーも交流の場だわ」
「でもそこには慈善事業に関心のある方しか参加されません、もっと広い交流をと…」
言いたいことは分かっている。
同じ年頃の貴族の子女たちは流行のオシャレに身を包み、友人や結婚相手を探すなど出会いを求めて社交界やらなんやらに精を出していると聞く。
友人なら男だけどアレンがいるし、結婚はまだ考えていない。
「いいのよ。私はあんまり興味ないもの。それに節約にもなっていいじゃない」
「……姉上、まだお若いはずなのに随分と所帯じみてきていますね。それに父上からはそんなに節約しなくても我が家は安泰だと聞いています。姉上が着飾っても問題ありませんよ」
ちょっと今失礼な事を言われた気がするが我が家の長男はいつの間にかお父さまに似て冷静沈着な返しをする青年に育ちつつある。
「倹約なのはいい事よ、お母さまもそうだったわ」
「母上は頻繁でありませんでしたが社交の場に出られていましたよ」
「知ってるわ。ご一緒してたもの」
「でしたら社交の大切さもお分かりでは?父上はまず社交の場に出ませんし、このままだとアスターフォード家は忘れ去られてしまいますよ」
確かに元々知名度が高いわけじゃない。
古く歴史がある家系ではあるけれど、取り立てて領地が広いわけでも特産物があるわけでもなく慎ましく大人しい一族だ。
お父さまに至ってはクールというか無表情で社交的かと聞かれたら否という感じだし、モーリスいわく仕事は出来るらしいけれど。
「大丈夫よ、あと何年かしたらライルが社交界デビューして話題になるわ。あなた綺麗な顔しているし、何より私の自慢の弟だもの」
「か、からかわないでください」
照れているのか頬を赤くして困った様な顔をしている。
思わぬ弟の可愛い面を見てしまった。
このまま素直に社交的に育てばきっと縁談が後を絶たない若者になるだろ。
「あなたがアスターフォード家の次期当主だと思うと安心だわ。私がお嫁に行かなくてこの家にずっと残っていても面倒みてね」
「それはもちろんですが……って、是非お嫁に行ってください、その為にも交流です」
ドンッと珍しく拳をテーブルに叩きライルは力説する。
何をそんなに一生懸命なのかしら。
「交流の場は出会いももちろんですが情報も行き交うものです。我が家が時代に取り残されない為にも社交の場へ参加する事をお勧めします」
「……ライル、あなた何か変な本でも読んだわね」
ライルは読書家だ。
私も本を読むのは好きだけれどライルはその比じゃない。
代々読書家が多い事もあって我が家の書庫には沢山の本があり、ライルはそこを良く利用していた。
そして物語や群雄小説を好んでいたのを知っている。
「変な本など読んでいません! わたしはただ、マリおば様がっ……」
「マリおば様に何か言われたのね」
うっかり零した名前にライルは手で目を覆った。
悔しそうに唇を引き結んでいる。
私は小さく机を指先でトントンと叩くと先を促した。
「何を言われたの?もう今更なんだから話してしまいなさいな」
「……姉上にはかないませんね。勿体ないと言われたのですよ」
勿体ない? 思わぬ言葉に目をしばたたかせた。
「マリおば様は姉上を娘の様に思っておられるのはご存知でしょう。花の盛りの時期を家に引きこもっているのは勿体ないと呟かれていたのを聞いてしまったのです」
「情報うんぬんと言うのは?」
「姉上を説得する為に考えたのですけど……ダメでした。姉上は私から見てもお素敵だと思います。なのでマリおば様の気持ちがよくわかるのです」
彼なりに思うところがあったのだろう、私よりも3つも下なのに一生懸命考えてくれたのかと思うとじんと暖かい気持ちになる。
マリおば様も直接私に言わないのはきっと私の意をくんでくれているからだろう。
しょんぼりと気を落とした様に目を伏せる弟の頭に手を伸ばして自分と同じ栗色の髪を優しく撫でた。
「あ、姉上?」
「ありがとう嬉しいわ、でも安心して。そのうちにとは考えているから」
「はい」
柔らかく諭すように言えば、ふわりと少年らしい笑みを浮かべてライルは頷いた。
改めて本当になんて可愛い弟だろう。
お嫁行かなくてもいいかもしれないと一瞬本気で思った。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
控えめなノックがしたかと思うと静かに侍女の声がかかった。
入室を許可すると立っていたのは今夜アディリシアに付けていた侍女のレナだった。
こちらの様子を伺いながら遠慮がちに声をかけてくる。
「失礼致します。ルディアお嬢様、あの……」
「アディね」
「はい、先ほど目が覚めてからお泣きになられていて…お仕事中かとは思ったのですが」
「いいのよ。アディリシアが泣いたら教えてと言っているのは私だから気にしないで。ライル今日はもう終わりにしましょう。あなたも部屋に戻って休んでね」
アディリシアが泣いてたらどんな時もそれこそ夜中だったとしても呼ぶように伝えてある。
悲しい時は側にいてあげたい、私が幼い時にお母さまがそうしてくれたように。
出来上がった手紙を送付の箱に入れて立ち上がり、声をかけてドアへと向かうと慌ててライルも立ち上がった。
「姉上、わたしが行きましょうか」
「大丈夫よ、アディの事は私にまかせて。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい姉上」
ライルに見送られレナと一緒に部屋を出るとアディリシアの寝室へ向かう。
しばらく歩くと廊下に小さな泣き声が響いていた。
部屋に入ってすぐにアディリシアをなだめているハンナと目が合う。
代わる旨を伝えてベッドに腰掛けると泣いているアディリシアを抱きしめた。
「アディ、どうしたの」
「うっうっおねぇさっまぁ」
「よしよし、可愛い顔が台無しよアディ」
涙を拭って優しく髪を撫でればぎゅっと抱きついて来て次第に泣き声が小さくなっていった。
眠いのもあるだろうし、すぐに落ち着いてくれるだろう。
「ハンナもレナも下がって平気よ。今夜はアディと一緒に寝るわ」
「ですが、お嬢様」
「大丈夫よ、任せて。二人共おやすみなさい」
ハンナは心配そうにしていたが私がニッコリと頷くと引き下がってくれた。
おやすみなさいと2人が出て静かにドアを閉める。
「アディ、怖い夢でも見たの?」
「おね、さま、っく。おかぁさま、どして、ぃないの」
しゃくりあげながら紡ぐ言葉に息を呑む。
まだまだ母親が恋しい頃だし何でいないのかを理解するのも難しいかもしれない、それでもきっと何かを察して普段は我慢しているのだろう。
「アディリシア、お母さまはね星の女神様の元へ旅立ってしまったのよ」
「めがみ、さまのとこ。どこぉ」
「そうね、ほらおいで」
アディリシアを抱き上げて窓へ向かう。
カーテンを開けてそっと窓を開いた。
晴れた夜空は月が輝いて数多の星が煌めく。
2人で空を見上げれば吹き抜けた風がアディリシアの残った涙をさらった。
「見てアディ、あのお空の明るくて丸いのがお月様で月の女神様がいるところよ。空いっぱいに小さくキラキラしているのがお星さま。暗い夜空を支配する星の女神様は星々に亡くなった人の魂を宿らせると言われているの。お母さまもきっとあの星のどれかから私たちを見守ってくださっているわ」
「おかあさま」
アディリシアが空に向かって片手を伸ばす。
その先にある一際輝く星が優しく瞬いた気がした。
それはまるでお母さまが微笑んだかのような煌めきだった。




