第九章 07
「ジャンありがとう助かったわ」
「お嬢たちが無事で良かったですぜ」
「でもどうして斧で?だって魔獣は……」
「こいつは特別製で魔力が付加された斧なんですわ。傭兵時代に手に入れたものがまた役に立つとは」
装飾に使われている宝石類は全て魔石らしい、そんなレアな武器を持っていたジャンに感謝だ。
さすが伝説の元傭兵である。
コックコートに物々しい斧を担いでニッと笑った姿に私たち姉弟は尊敬の眼差しを送った。
「それにしても……まさか魔獣が窓から飛び込んで来るなんて」
その窓は破壊され、壁や床には大きな傷や割れ目が出来ていて元の部屋の様相はすっかり消え失せていた。
ほんの少し前まで思いもしなかった出来事に気が遠くなりそうだった。
何が何だか訳が分からない。
「姉上、とりあえず下へ降りましょう」
「そうね、アディリシアとカイトを休ませないと」
「ルディアお嬢様大丈夫ですか」
「大丈夫よ。リタはレナをお願い」
「かしこまりました」
すっかり怯えてしまっているレナをリタに任せ部屋を順に出ようとした時、近くのチェストに手を伸ばして一番上の引き出しを開けた。
「おねぇさま?」
「うん?大丈夫、大丈夫」
ぽんぽんと不安げに見上げてくるアディリシアの背を撫でながら髪飾りを一つ取り出してアディリシアをくるむタオルケットを少しずらすと寝衣に引っ掛けると緑のきらめきが優しく光った気がした。
「ライル様、カイト様は私が」
「ああ、すまない」
ロイがライルからカイトを受け取り細身だというのに軽々と抱き上げる。
手の空いたライルは立ち竦むベルグラントの背を支えながら歩くのを促した。
「皆様ご無事ですか!まぁぁカイト坊ちゃんお怪我を!」
一階へと降りると心配して待ち構えていた家人の中からハンナが悲痛の叫びを上げた。
ジャンが私たちの部屋へと駆けつける際に何事かと様子を見に上の階へ上がろうとしていたハンナたちへこのまま一階で待つようにと叫んで走り抜けて行ったらしい。
気になりつつもジャンの言葉を守りヤキモキしながら様子をうかがっていたようだ。
「庭が賑やかだと思ったら今度は上から悲鳴は聞こえるし物音は凄いし……ジャン説明なさい!それにその斧はなんです」
「お、おお……」
「ハンナ落ち着いて」
先程魔獣を倒したジャンがハンナの剣幕に押されている。
ハンナの勢いからジャンを庇うように割って入るとバタンと荒々しく玄関の扉が開いた。
「無事か!」
「お父さま!?」
勢い良く息を切らせて駆け込んできたお父さま。
伝令を聞いて王宮から急いで戻って来てくれたらしい、取り乱す様に順番に私たちの様子を見て抱き締めると無事を確かめた。
モーリスが遅れて入ってくると必死に追いかけて来たのかちょっと草臥れていた。
家族が勢揃いしたところで一旦居間へと場所を移す。
カイトの怪我をハンナが手当し、その傍らでお父様は先程の出来事をジャンやリタたちから聞いて確認した。
私は長椅子へと腰を下ろしアディリシアの頭を膝に乗せて横たわらせると額にユンデルを浸した布をあててもらいウトウトとしている小さな頭を撫でながら耳を傾けていた。
初めに異変に気づいたのはジャンだそうだ。
「厨房の裏口で物音がして何か変な感じがしたんで見に行ってみたら動く黒い影が見えたんですよ、慌てて厨房の奴らに声をかけて捕まえねぇとって追いかけてたんでさぁ」
ゾーイ様から黄昏の魔獣について話を聞いていたのでピンときたらしい。
ジャンはその際に足の速いにサッズにお父さまへと伝令を頼んだ。
「カイト坊っちゃんまで一緒に出てきていたのを止められねぇで申し訳ありやせん」
「……どうして厨房にカイトがいたのかしら?」
「た、たまたまだよ姉さま。たまたま」
ちらりと視線を向ければ目をそらして苦笑いを浮かべている。
つまみ食いでもしていたのかもしれない。
ジャンたちが魔獣を追いかけるのを見てカイトも日頃の訓練の成果が出せると意気込んで参加したらしい。
「無鉄砲過ぎる」
「本当に」
ライルがボソリと呟いた言葉に私は深く頷いた。
「庭を追いかけていて見失ったと思って振り返ったら姉さまたちが窓際にいるのが見えてさ、次の瞬間には屋根の上にあの黒い獣がいてヤバいって思って叫んでも姉さまに届かなくて焦ったよ」
「いいえ、カイト様のメッセージは届きましたよ。伝えようとしてくださった口の動きで読み取る事が出来ましたので」
苦笑いを浮かべるカイトにリタがゆるりと首を振って答えた。
結構な距離の口の動きを読み取るなんてリタは相当目が良いに違いない。
「リタがすぐに反応して私たちを庇ってくれたものね、ありがとうリタ。カイトも教えてくれて駆け付けて来てくれてありがとう、助かったわ」
三階の部屋まで外から駆け登ってくるのはちょっと、いやかなり無謀だとは思うけれど。
今はそこには触れないでいてあげよう。
本人も誇らしげに笑っている事だし。
「えへへっ、まぁ一番活躍したのはジャンだけどさ。アレン様のお守りにも助けられちゃったし」
アレンから貰った緑水晶のお守りが私とカイトの身を守って砕けた事を伝えるとライルとベルグラントもなるべく身に付ける様にと直ぐに部屋へと取りに向かった。
カイトはブローチを気に入って常に身につけていたのが功を奏したものの無くなってしまって残念がっている。
私も、とても気に入っていたので同じ気持ちだ。
アディリシアの寝衣に付けた髪飾りをそっと撫でる、先ほどチェストから取り出したアディリシアのお守りだ。
アレンの思いが私たちを守ってくれる。
貰ったばかりだったのに。
素敵な細工を施してくれていたのに。
大切に使うと約束したのに……。
彼の思いに私が返せるものはあるだろうか。
一通り話を終えると侍女たちが準備してくれたお茶をいただいて一息つく。
お父さまは眉間に皺を寄せた険しい表情で考え込んでいる。
「そう言えば……お父さまはずいぶん早くお戻りになれたのですね」
「ああ、実は屋敷に戻る途中だったのでサッズに会った時はだいぶ屋敷の近くまで来ていたんだ」
「旦那様はサッズに話を聞いてから馬車の御者押しのけて手綱を握って馬を急かせて走らせ、屋敷の門の前で止まるやいなや飛び出して行かれまして……サッズをあの場に置いて来てしまったのはお気付きでしたか?」
モーリスの窘めるような物言いにお父さまは今気付いたとばかりにハッと目を開いた。
サッズが一緒に戻って来ていないなとは思ったけれどまさか置いて来てしまっていたとは、可哀想に。
「それは……サッズには悪い事をした。だが子供たちがいる屋敷で問題が起きたのだから取り乱すのは仕方ないだろう」
「あとでサッズを労わってあげなければいけませんね」
「なぁに足腰鍛えるのに良い訓練になりやしょう」
ジャンはそう笑って気遣いは不要だと言ったが何だかサッズが気の毒になったのであとでこっそり労わってあげよう。
そんな事を思っているとハンナが珍しく焦った様子で足早に居間に戻ってくるとお父さまに声をかけた。
「旦那様、至急お会いしたいという方がいらっしゃいました」
お父さまは僅かに顔を強張らせ「誰だ」と問いかけると「それが……」とハンナが答えるよりも早く部屋のドアが開く。
「私です、マクシミリアン様」
現れたのは政務官の装いの青年だった。
青年はお父さまの前で礼の形を取る。
「案内を待たずに参りました非礼をお許しください。取り急ぎお伝えせねばならない事がございます」
青年は深刻な顔でそう言った。




