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第九章 06

 

「おなか、いっぱい」

「うん、よく食べたね。えらいえらい」


 小さな椀が空になり、頑張って食べたねと頭を撫でればふにゃりと笑う可愛い妹。

 弱々しい笑みでも笑顔を浮かべてくれるようになって嬉しい。

 いくつかの木の実と葉を砕いて麦を煮込んだリゾット風の薬膳を少しずつ食べられるようになり、前より睡眠がとれているおかけでアディリシアの顔色はだいぶ良くなってきた。

 セドリックおじ様に教えて貰った薬膳のレシピをジャンはアディリシアが食べやすいようにと工夫してくれたおかげでもある。

 ナターシャ様から先日の回答が届き、やはり弟君と同じ病の可能性が高く明日はまたブローセン一家に来てもらい詳しく話を聞く予定だ。まだ熱は下がらないけれど病の手がかりが見えてきて本当に良かった。

 アディリシアに薬湯を飲ませて横に寝かせてポンポンとお腹を叩けばすぐに眠りにつく。

 起き上がるだけでも体力が消耗するらしいので出来るだけ良く寝てくれたらとそっと布団をかけ直した。





「お姉さま」


 アディリシアが寝ている間、側の机で書類仕事を片付けているとベルグラントが小さなノックと共にひょっこりと顔を出した。

 ベッドサイドから腰をあげて扉へと向かう。

 ベルグラントだけでなく後ろにライルとロイも連れ立っていた。


「どうしたの?」

「お姉さま!お姉さまにお花が届いています」

「あら、どなたからかしら」


 ロイが持つキラキラと色とりどりの花をこれでもかというくらい集めた大きな花束にメッセージカードが添えられていた。

 銀の刺繍の様な紋様で縁取られた中に丁寧な文字で書かれている。


『あなたの心と体が少しでも癒されますようにと陰ながら願っています。 デニス・ニコロディ』


「……」


 小さくため息を零す。

 お気遣いは嬉しいけれど、どうしたものかと花束を持つロイに視線を送ると彼は「お嬢様のお好きなようにと」小声で返してきた。

 いまだに続くお茶の誘いを具合が悪いと断ったせいだろうか。

 まさかこう来るとは思わなかった。

 今はアディリシアのことでいっぱいいっぱいなので頭が痛い。


「この様なメッセージでは姉上は胸打たれたりしないのですね」


 ライル曰くこういった素敵な花と気遣うメッセージをいただいたら世の乙女たちはときめいたりするのではないかと言うことだった。

 弟がなんとも男女の機微に詳しくて複雑な気分である。


「あなた……少し読書し過ぎの弊害があるのではないかしら」

「いえ、姉上の方こそ私たち弟妹の面倒におわれて情緒が枯れてしまってはいないでしょうか。やはり社交に出て情緒を磨いていただきませんと」

「ハイハイ、その話は後でね」

「お姉さま、お返事を書くのでしょう?」

「え、ええ……」


 気遣いを受け取って返事をしないわけにはさすがに行かないだろう。

 何故ベルグラントが張り切っているのかと不思議に思っているとロイが静かに教えてくれた。

 なんでも玄関をベルグラントが出ようとした所で花束を抱えたデニス様に遭遇して直接対応したらしい。


「ベルグラント様は人見知りと伺っておりましたが、あまりその様に感じませんでした」


 臆せず来客対応をしていたと言うロイの言葉に首を傾げる。


「……最近いろんな人に会うようになったから慣れてきたのかしら」


 リタにシンプルな便箋を用意してもらい、その場で当たり障りのないお礼をしたためた。

 デニス様はどうしてそんなに私と会いたいのか本当に不思議だ。

 大きな花束は分けて飾る様にハンナにお願いした。





「ふぇ……ひっく」

「アディ、目が覚めたの?」


 すすり泣く声に気付いて様子を見にいくと頭が痛いのか眉根を寄せて涙を溢しながら手をのばしてくるアディリシアを抱き上げて濡れた頬を拭う。

 額に手を当てるとまた熱が出てきたようだった。

 一旦アディリシアを下ろすと「うぇぇん」とまたボロボロ泣き出すのでリタに薄いタオルケットを取って貰いぐるぐると巻き付けるともう一度抱き上げた。

 横になるよりも抱き付いている方が落ち着くらしい。


「リタ、ユンデルの準備をお願い」

「直ぐにご準備します」


 ユンデルの葉のエキスを浸した薄布を額にあてて抱き上げた体をゆっくりと揺する。


「アディ、あと少しの辛抱だからね。ナターシャ様がアディのお熱の事調べてくれたのよ」


 アディリシアはギュッとすがり付くように私の服を握る。

 寝込んでいる間に三歳を迎えてしまったアディリシア。

 ただでさえ小さな妹が痩せてもっと小さくなってしまったようだ。


 アディリシアがふと夕陽が射し込む窓際を眺めていたのでそちらへと向かう。

 出窓を少し開けると涼やかな風が入り込んだ。

 気持ち良さそうにアディリシアも目を細めている。

 眼下を見下ろすとではジャンたち料理人の姿が庭に見えた、カイトもいることから皆で訓練でもしているのだろうか。

 ちょうどカイトがこちらを振り返ったので手を振って見せるとニッコリと笑って返してくれた。


「アディ、カイト兄さまがいるの見える?手を振ってあげて」


 アディリシアはコテンと私の肩に頭を預けたまま手を振った。

 カイトは返してくれるかなと視線を向けると笑みを消して何かパクパクと口を動かしている。

 声が届かないので首を傾げているとカイトはこちらへ向かって走り出した。


「何かしら」

「どうされました?」

「カイトが何か言っているみたいなの」


 リタにカイトがずっと何かを伝えようと口を動かしているのを指差すとそれを見てリタが急に息をのんだ。


「お嬢様!窓から離れてください」

「え?」


 腕を引かれて振り返った瞬間、暗い影が落ちた。

 リタにアディリシアごと抱き込む様に引き寄せられると同時にパンッと何かの弾ける音と眩い光が走った。


「なに……」


 キラキラと砕け散った淡い緑の欠片。

 その欠片にハッとして私は頭に手を当てる、髪飾りがあったはずの場所に今は何も無かった。

 アレンから貰った、魔除けの髪飾りが弾けて守ってくれたのだ。


 でもいったい何から?


 リタは直ぐに立ち上がって警戒体制をとる。


「レナ、お嬢様たちを奥へ」

「きゃ、きゃあ!」


 レナは返事の代わりに悲鳴を上げた。

 その視線の先、先ほどまで居た窓の枠には黒い成犬程の大きさで四つ足の……恐らく巷を騒がせている魔獣の姿があった。

 緑水晶のダメージのせいだろうかシュウシュウと体から湯気が立ち上りグルグルと唸る様にしてこちらを見ている。


 座り込んだ私たち庇うようにリタが前に出るとどこから取り出した数本のナイフを魔獣に向けて放つ。

 しかしそれはことごとく弾かれてしまった。


「リタ、黄昏の魔獣は武器が効かないのよ」

「っ、そうでした。お嬢様はアディリシア様を連れてこの部屋から出てください。レナ、しっかりして」

「リタあなたも下がって」

「いえ、足止めが必要です。大丈夫です私の家は騎士の家系なので私も騎士寄りの侍女ですから」


 そういってリタはお仕着せのスカートを翻すと様々な武器を取り出した。

 え、いつもそんなに装備を隠していたの?


「姉さまとアディに近寄るな!」

「カ、カイト!?」


 魔獣の後ろに新たな影がと思ったらカイトが魔獣に向けて蹴りを繰り出してた。

 いつの間に?と言うのとここは三階なのに外から?と混乱し言葉を失う。

 魔力を、上乗せしたカイトの攻撃は見事に魔獣を外へと蹴り飛ばし、本人は身軽に室内へ飛び込むと勢い良く窓を閉めた。


「姉さまたち無事?あとはジャンがなんとかし……」


 荒い呼吸で話すカイトの言葉を遮って ガシャン と窓ガラスが砕けた。

 蹴り出したはずの先程の魔獣が飛び込んでカイトにのしかかる。


「カイト!」


 パンッ

 叫んだ瞬間、割れる音が響きカイトの胸元から強い光が溢れて魔獣を弾き跳ばした。

 先程と同じ様に舞う緑の結晶の欠片にカイトが付けていた守りのブローチが発動したのだと気付く。

 魔獣は衝撃で壁に叩き付けられると体から白い煙を出しながら倒れた。


「今のって」

「……アレンのお守りのブローチのおかげよ」

「本当だブローチが無い!アレン様すげぇ」

「カイト、怪我は無い?大丈夫?」

「ダメかも…もう魔力切れっぽい」


 へろへろと立ち上がったカイトの姿は擦り傷だらけでボロボロだった。

 跳躍に魔力を乗せてここまで登ってきたらしい。

 片手を伸ばして弟の体を抱き寄せる、無茶ばっかりするんだから。

 アディリシアとカイトを抱えては身動きが取れない……レナはすっかり動揺してしまっているし。

 リタに声をかけようとした時、勢い良く扉が開いた。


「姉上!何の音ですか」

「お姉さま!」

「お二人とも!私が先に参りますと……」


 騒動に気付きバタバタと駆け込んで来たライルとベルグラントにそれを追いかけて来たロイ。

 私たちを見たあと部屋の隅で倒れる見慣れぬ獣の姿に三人の動きは固まった。


「……リタ、状況の説明を」


 直ぐに前に出て警戒を強めたロイは双子の片割れのリタ的に言うところの騎士寄りの侍従なのだろう、すでに手に何かを構えている。


「ライル、カイトをお願い」

「はい、怪我してるのか?」

「擦り傷だけ、あと情けないけど体力切れ」

「無理するな」


 ぐったりと私に寄りかかっていたカイトをライルは抱き上げて片手で支えると座り込む私に空いてる手を差し出した。

 その手を借りてアディリシアを抱えたまま立ち上がる。

 うん大丈夫、腰は抜けてない。


 がるるるる……


 唸り声を上げて魔獣はよろよろと立ち上がった。


「皆様、早く外へ」

「ええ」


 リタが私たちを魔獣から遠ざけるように促すが魔獣が動くのが早かった。

 跳躍してリタとロイを飛び越えると真っ直ぐにこちらへと飛び掛かってくる。

 逃げられないとアディリシアを胸に抱き込んで身構えた。


「っりゃぁ!」


 ドゴンッと横から割って入った攻撃が見事に魔獣を打ちのめし床に叩きつけるとダメージを重ねていた魔獣はそれが致命傷となったのか溶けるように霧散した。

 床に刺さった装飾の宝石が輝く大きな斧だけが物々しさを残している。


「ジャン遅いよ!」

「身軽なカイト坊ちゃんと一緒にしないでくだせぇ」


 カイトの言葉に今しがた盛大な攻撃を放ったジャンはこれでも全力で三階まで駆け上がって来たのだと荒い息で抗議した。

 

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