第九章 01
新緑の宴を機に王都に魔獣が出没するようになった事は多くの人々に混乱を与え女神の怒りに触れたのではとかこの夏は荒れるだろうとかまことしやかな囁きと共に人々に不安が広まっていく。
そんな街の人々の不安を取り除くように騎士団と魔術師の活動が増して勢いづいていた。
城下街に職人街と魔獣の出没範囲が広がり貴族街にも及び始めた頃。
その討伐隊として騎士団と共に同行していた魔術師の活躍が目立つようになってくる。
城下町で暮らす人々の中には騎士団よりも魔術師を支持する声が上がり始めていた。
今まで治安を守ってきた騎士団に対して随分と薄情な気がしてしまうのはバザーの時に騎士団に随分とお世話になったからだろうか。
不思議な程に勢いを増す魔術師の評価に王宮の中には同じ様に違和感を覚える者も少なくないらしい。
時折訪れるアレンやオズワルドの話にふまえて家人たちの伝えてくる情報にどこか胸騒ぎを覚えていた。
お父さまたちが頑張ってくれているので無事に収束させてくれることを願う。
「ゾーイ様は魔力が衰退していると言っていたけれど、ウチにある魔術書が参考になったりするかしら」
アスターフォード家の地下室にある図書室には様々な本が収められている。
代々本好きが多かったようでなかなかの蔵書数だ。
入り口近くの書架には子供向けだったり読みやすい本が並んでいて奥へ向かうほど専門書や難しい本が置かれている。
もちろん物々しい装丁の魔術書も奥の書棚で眠っていた。
「まぁ古い本ばっかりですけどね。屋敷外へ持ち出せるものは限られるかとは思いますが」
「そうなのよね、持ち出せる本なら既にゾーイ様も持っていそうな気がするし」
希少本や先祖に連なる本などは不思議な魔術がかかっていてこのアスターフォードの屋敷から外に出そうとすると消えてしまうのだ。
もちろん消えた先はこの書庫の書棚で定位置へと戻ってきている。
屋敷内で読んでもらうのが最善かもしれないが数時間で読める物なのだろうか、流石に泊まりに来ていただく訳にもいかないし
かといって私には難しくて読み解けそうもない、いっそこの図書室へご招待出来るかお父さまに相談した方が早いかもしれないけど……
「魔術院にお勤めなら王立図書館など資料が充実しているのではないでしょうか」
「そうよね」
古い歴史がある貴族と言ってもさすがに王立図書館に集まる知識には及ばないだろう。
何か力になれないかと思ったものの思いつくことは空回りばかりだ。
「姉上持ち出す本は決まりましたか」
「ええ、待たせてごめんなさい」
比較的入り口近くにある書棚から絵本を幾つか手に取るとすでに扉の前で待っているライルの元へと向かった。
ライルの手には厚めの本が5冊抱えてられている。
「あなたそんなに読むの?」
「はい、寄宿学校に行く前に出来るだけ読んでおきたくて」
「本当に本が好きね」
ライルにもちゃんと本好きの血が受け繋がれているらしい。
カチリ
地下室にある図書室から出るとライルが扉に鍵をかけた。
カイトとベルグラントが武術と魔術を学ぶ事になった際にお父さまがライルにも何かやりたい事はないかと尋ねたら寄宿学校に行くまでで良いので図書室を自由に出入りしたいと言って鍵を預けられている。
ライルは装飾を施された図書室の鍵を大事そうに握りしめていた。
*******
「そして自らの努力により無事にお城に戻る事が出来たお姫様は人々に笑顔を与え幸せにくらしました。……アディ?」
物語を締めくくると寄り添っていたアディリシアの重みが増す。
すうすうと寝息をたてる妹の体をそっと横たえてしっかりと布団をかけた。
柔らかい頬をつんつんとつついてみても起きる気配は無い。
むにゃむにゃと笑みを浮かべているところをみると楽しい夢でも見ているのかもしれない。
すでに侍女を下がらせていたので室内はしんと静まっている。
まださほど眠気は無い、読みかけて途中で止まっていた自分の本を手に取り続きを読むことにした。
最近はなかなか自分の時間が取れずこうして寝る前の僅かな時間が貴重な自由時間となっている。
しばらく読み進めていると遠くで何か聞こえた気がした。
よくよく耳を澄ませてみるとやはりドンという壁や床を叩くような鈍い音が響く。
「何の音かしら?」
読んでいた本を傍らに置いてベッドから降りるとアディリシアが身じろいで寝返りをうつ。
思わず足が止まった。
薄っすらと瞬きした際に隣に私がいない事に気付いたのかアディリシアは目をこすって顔をあげた。
「おね、さま?」
「なんでもないわ、寝てなさい」
ベッドに腰を降ろしてアディリシアの額をそっと撫でてあげればまたすぐに健やかな寝息に変わる。
少し様子をみて寝入ったのを確認すると再びベッドから離れ、寝衣の上にストールをはおって静かに部屋を出た。
耳をすませばやはり物音は続いている。
薄暗い廊下は人気が無く、建物が古いせいか少し怖い。
廊下が交わる場所へ差し掛かると突如目の前に光が溢れた。
「……っ」
「お嬢様?」
思わずこぼれそうになった声を両手で口を抑えて飲み込む。
聞きなれた声に胸を撫で下ろし、眩しさに目が慣れてくると目の前にいたのはランプを持ったハンナだった。
「どうなさったのですか?」
「何か物音がして気になったものだから」
「物音ですか?」
ハンナは首を傾げつつも耳をすます、程なくして再びドンと音が響いた。
二人してビクリと肩をすくめる。
「確かに音が致しました、下の方で何かあったのでしょうか」
私たち子供部屋は三階にある、音はもっと下の方が響いているようだったので1階あたりだろうか。
ハンナはちょうどこの階の見回りをしていたらしい。
「様子を見てくるわ」
「いけません、ここはハンナに任せてお部屋でお待ちください」
「気になって落ちつかないもの」
「お嬢様」
「一緒に行きましょう、ね?ハンナと一緒なら安心だし」
結局ハンナが折れてくれて一緒に音を確かめに行く言事になった。
やはり物音は1階からしているようで段々と階段に近づくにつれて様々な音が聞こえてくる。
そろそろと歩みを進めていると弟たちの部屋の扉が開きライルが顔を出した。
「姉上?何かあったのですか物音が……」
「今様子を見に行くところよ、ライルは部屋で待っていて」
「いえ、私も行きます」
「ライル」
「姉上もハンナも女性ではないですか、むしろ男の私が様子を見てきます」
このやり取りにハンナが意味ありげに私を見て、肩をすくめた。
結局みんなで行くことになり、ライルが先頭に立って進みその後を私とハンナが付いて行く。
「姉上、アディリシアは?」
「寝ているわ、カイトとベルはどう?」
「2人共ぐっすり眠っていました」
「もう遅い時間だものね。ハンナ、お父さまは?」
「本日も王宮に泊まられるようでお戻りにはならないそうです」
「そう、お父さまが不在の時だし大したことでないと良いけれど」
たどり着いた踊り場から一先ず下を見下ろすとジャンの後ろ姿が見えた。
他にも料理人と侍従たちが手分けして部屋を見回っている。
「ジャン、何があったの?」
呼びかけるとジャンはすぐに気付きこちらを見上げて手を大きく振ってくれた。
「お嬢、起こしてすいやせん。ネズミが入り込んだようで」
「まぁ!ネズミだなんて、大丈夫なのですか」
ハンナが顔色を変えて問いかける。
そう言えばハンナはネズミが大の苦手だった。
「ちゃんと捕まえたんで心配しねぇでくだせぇ。どこから入ったのかと他にいないかだけ確認して終わらせやすんで」
「そう、悪いけどお願いね」
「ジャン!きちんと確認するのですよ!ネズミは1匹いたら仲間がいる可能性が高いのですから逃してはなりません!」
必死にハンナがそう訴えるとジャンは心得ているとばかりに「任してくだせぇ」と胸を叩いた。
他の料理人たちも顔を上げて頼もしくニッと笑う。
「なるべく静かにするようにしやすがまだ暫くバタつくかと思うんで降りて来ないでくだせぇ」
「わかったわ」
「さぁさ、お嬢様もお坊ちゃまももう寝ましょう」
ハンナは私とライルの背を押してこの場を離れるように促す。
さすがに三階までネズミが上がってくる事は無いと思いたいけれど、万が一見かけたらどうしようと暗闇に不安を覚えるとタンタンと速足でジャンが三階まで登って来てくれた。
部屋へ送ってくれるらしい。
「一応お嬢たちの階も見回っておきやすんで安心してくだせぇ」
「良かったわ、ジャンがいれば心強いもの」
「ハンナは姉上たちの部屋にしばらくいた方が良いのでは」
「そうねそうしましょうハンナ」
「ありがとうございます。さすがにネズミが出たと聞くとどうしても臆してしまいますので」
「ハンナさんが安心出来るように夜明けまでには終わらせますんで」
「頼みましたよジャン」
問題なく部屋に着くとアディリシアの様子を確認するが先程と同じく寝たままだった。
ハンナに促されてアディリシアの隣へと横になる。
「ハンナも少し休んで」
「はい、そうさせて貰います」
ハンナが側の長椅子に座り込みひざ掛けを広げたのを見届けてゆっくりと目を閉じた。
思わぬ出来事に眠れないかと思ったけれどその後は物音も気にならず眠りに落ちた。
そんな夏の夜の珍事は朝には何事もなかったかのように片付いていた。




