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第八章 08

「待たせてすまない」


 話し合いが終わるとゾーイ様は戻って来て元の席に座り、ジャンは私に軽く挨拶すると厨房へと戻って行く。

 聞きたい事はあるけれどまずは疲れた様子のゾーイ様に新しくお茶を入れて差し出した。


「いろいろと、大変なようですね」

「君の父上に比べればたいしたことはない」


 そう言うゾーイ様は寝不足を思わせる目元に青白い顔でお茶を飲む。

 お父さまもまた顔色を悪くしているのだろうか。


「あの、ゾーイ様。城下町で獣が出現していると聞いたのですが」

「そうか……だが先日の様な大きな魔獣ではない、小物ばかりだ」

「やはり魔獣なのですね。魔術でしか倒せないという」


 聞けばゾーイ様も何度か討伐へと向かったらしい。

 魔獣は獣と違って捕縛はせずに消滅させてしまうのだそうだ。

 騎士や魔術師の方々尽力してくれているとはいえ魔力や戦う術を持たない街の人々が心配だ。

 シスター・アネットはまだ被害は抑えられていると言っていたけれど……。


「あの時の魔獣と関係があるのですか?」

「まだ調査中だが……おそらく無関係ではないだろうな」


 平和なこの国で立て続けに魔獣が現れるなんて今まで無かったはずだ。

 何かが起きている、その芽を摘むためにお父さまたちが奔走してくれている。


「今は騎士団で魔力の有る者たちを付け焼き刃だが訓練している。魔力の無い者には魔術具や魔石での応戦出来るように準備を進めているところだ」


 薬術院で用意した素材を魔術院で加工しているらしい。


「まぁでは騎士団とともに魔術院も薬術院も大忙しですね」

「魔術院から魔獣退治にも人員を割いているので猫の手も借りたいほどだ、元々魔術院には人が少ないと言うのに」

「ゾーイ様はどちらを担っていらっしゃるのですか?」

「両方だ」

「それはまた……大変ですね。お疲れのところにお越しいただいてすみません」

「いや、ベルグラントとアディリシアの事も気になっていたから構わない」

「何か私にもお手伝い出来る事はありませんか」

「いや……気持ちだけ貰っておこう」

「お役に立てなくて申し訳ないです」

「気にする必要はない……だが、そうだな。もし労ってくれるというなら少しこの菓子を持ち帰らせて貰えるだろうか」

「お菓子、ですか」

「ここの菓子は甘過ぎなくてちょうど良い、無理なら……」

「いえ!準備致します!少し失礼しますね」


 立ち上がってハンナに駆け寄るとジャンにいくつかの焼菓子をお願いしてビンに詰めるように伝える。

 あと、アレン特製の滋養の薬湯の元と花の香りの角砂糖も一緒に渡そう。

 簡単な淹れ方をメモして付けておけばきっと飲んでくれるだろう。

 お父さまが帰って来られた時もひどくお疲れだろうからこのお茶を出してあげよう。

 お菓子はアレンとオズワルドにもお土産として渡せるようにとお願いした。


 その間にゾーイ様はお茶を飲み終えたようで皆がいる庭に足を運ぶ。

 アレンにまかせたアディリシアは大丈夫か少し心配だったけれど泣き声が聞こえないところ上手くやってくれているようだ。


「姉さまー!」

「カイト?」


 庭へと出たところで私を呼ぶ声のする方を見回してもカイトの姿が見えない。

 きょろきょろと見回すとさらに声がかかる。


「こっちこっち、姉さま!」


 声のする方を探して辿れば木の上に登ったカイトが大きな声で私を呼んでいた。

 庭の木の中でも大きな木で途端に背筋が寒くなる。


「カイトそんな所危ないわよ!」

「平気平気、見てみて!せーのっ」


 何事かと思ったらカイトは勢い良く木から飛び降りた。


「カイト!」


 結構な高さからの飛び降りて危ないと身を竦めるがカイトが地面に近づくと砂埃が舞い上がった。

 そして何事も無かったようにトンと軽やかに着地してカイトはニッと笑顔を向けて胸を張る。


「へへっ着地する前に地面に空気を集めてクッションみたいにすれば高い所から飛び降りてもなんてことないんだよ!」

「もう!怪我するかと思ってビックリしたじゃない!」


 駆け寄って怪我は無いかとカイトの体を確かめてやっと息をつく。

 そんな私にカイトは呆れたように笑った。


「やだなー姉さま、俺がこれくらいで怪我なんかするわけないだろ」

「そんなこと言って力量を誤ると怪我するわよ!」

「わかった、わかったよ!ごめんなさい」


 カイトは勢いを魔力で抑えたり、加速したりして身体能力を強化することを覚えたらしい。

 オズワルドに何か自分なりの武術スタイルを見つけるよう自主練の課題として与えられていたらしく、ベルグラントたちが魔術の訓練をするのを見て思いついたそうだ。


「俺くらいの魔力でも全然余裕だから姉さまも大丈夫だと思うよ」

「……そう、高い所から飛び降りるような事があったらやってみるわ」


 そんなシチュエーションはそうそう無いだろうし、無い事を願う。

 カイトの魔力は姉弟の中でも少ない方だったが本人は気にしているのかいないのか気になってはいたものの活かす方法があったなら良かったと思う。


「いや、カイトは凄いよ。良く使いこなせていると思う。俺も魔力があったら有効に使えるのに悔しいな」


 オズワルド感心するけれど私はちょっと心配だ、無茶をしなければ良いけれど。


「魔力の放出ということであれば魔術具で補えるのではないか?少し時間を貰えれば用意出来るかもしれん」

「本当か!?さすがゾーイ殿!ぜひお願いします!」

「まぁ最低限発動するくらいの魔力は必要だが」

「それでも頼みます!一縷の望みで!」


 オズワルドは感激のあまりゾーイ様の手を掴んだがすぐにペッと払われるも気にした様子もなく喜んでいる。

 カイトも一緒になって喜び二人であれこれと魔力を応用した武術を考えようとしていた。


「それにしても君の弟妹はとんでもないな……たが、興味深い」

「ゾーイ様は執務向きの方かと思ってました。武術も興味あるのですね」

「……確かに私は執務向きだが基本的な武術は寄宿学校で習っている」

「まぁそうなのですか」


 ライルに教えてあげなければ、あの子は完全執務向きのタイプだから苦労するかもしれない、そう思ってライルを探すと疲れきった様子で座り込んでいた。


「ライル、大丈夫?」

「……姉上、大丈夫ではありません」

「でも、少し体を鍛えた方が良いらしいわよ?寄宿学校で武術の授業があるのですって」

「はい、先程知りました……」


 絶望的な顔をするライルの頭をよしよしと撫でる。

 男の子は大変だ。



「おねえさまー」


 今度はアディリシアがお呼びだ。


「おねえさま、みてくださぁい」


 手招きするアディリシアとアレンの周辺にはアディリシアが咲かせただろうポップコーンフラワーの花弁が絨毯のように広がっていた。

 アディリシアが空に向けて沢山の種を投げるとアディリシアが手を掲げた瞬間……

 ポンポンポンと次々に花開いて舞い落ちる。

 アディリシアはその中を楽しそうにくるりと踊るように回った。

 ふわふわの髪が靡き、満面の笑みでほんのりと頬を赤く染めている姿はどこか幻想的だ。


「はぁ……妖精がいます」

「何を言っているんだ君は」

「ゾーイ様にはあそこにいる妖精が見えないのですか!」


 白い目でこちらを見てくるゾーイ様の目は曇っているに違いない。

 可愛いの一言では言い表せないくらい可愛い。


「花の妖精みたいよアディ」

「おねえさまも!アレンさま、おねえさまも!」

「そうだね。ルディも、はい」


 アレンが種を空に放ってポンポンポンと花を咲かす、追ってアディリシアが風をおこすと花はふわりと空中を舞った。

 沢山の花弁が降り注ぎ楽しそうに飛び跳ねるアディリシアが私の手を取ってクルクルと回る。


「アディリシアったらはしゃぎすぎよ」

「えへへー」

「もう、可愛いんだから」


 可愛らしく飛び込んでくるアディリシアを抱き上げて頬を寄せる。


「ルディも妖精みたいだよ」


 私の髪についた花に触れてアレンが微笑む。


「妖精姉妹だね」


 そんなことを言って楽しそうに笑うからなんだかくすぐったくて思わず視線を逸らしてしまった。

 逸らした視線の先で呆然とするゾーイ様に気付く。


「ゾーイ様?」

「あ、ああ」

「どうかしました?」

「いや、アディリシアがテーブルを凍らせたと聞いていたが……今は問題なく魔力を使いこなせているようで驚いただけだ」

「確かに……どうしてかしら」

「わからないが少しは使い方のコツを掴んでいるという事だろう」

「そうですね、それに私たちの魔力は風との相性が良いですし……」


 魔力の話でハッと気付く。

 何よりもゾーイ様が来られのを楽しみにしていた小さな姿が見えない。


「ベルグラントはどこかしら?」



「あれ?姉さまたちがなかなか来ないから様子を見に行くって中に戻ったけど……」

「変ね、会わなかったわ」


 カイトが言うところによると私たちが来る少し前に中へと向かったらしい。

 すれ違わなかったと言う事は別の所から出入りしたのだろうか、心配なのでアディリシアを再びアレンに預けて戻る事にする。



 すると玄関の方からほんのわずかだけれど物音がした。

 気になってそちらへと向かうと玄関の近くにベルグラントが遠くを見るようにして立っている。


「ベル?お客様かしら?」


 ベルグラントは声をかけるとビクリと肩をすくめてこちらを振り返った。


「お、お姉さまどうして」

「お庭に出たらベルがいないから心配して探しに来たのよ。何かあった?」

「いいえ、いいえ何も」

「……本当に?」

「はい、ゾーイ先生とのお話終わったんですね!お姉さま早く先生の所に行きましょう」


 私の手を取るとベルグラントはみんなのいる場所へと駆け出すようにして戻って行く。


 その背に一抹の不安を感じながら小さな手を握りしめた。


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