第八章 07
翌日、さっそくゾーイ様は都合をつけてくださり昼過ぎにはアスターフォード家に訪ねてきてくれた。
何故か先触れの手紙には無かったアレンとオズワルドも一緒だったけれどこちらは大歓迎なのでひとまずお茶でもと席を設けることにした。
ベルグラントは嬉々としてゾーイ様に話しかける。
「それで昨夜はみんなでお話しながら一緒に寝たのです」
姉弟で並んで寝た話をとても嬉しそうにゾーイ様に伝えているが、まさか早々にその話をするとは思わなくて私は胃がキュウッと引き締まる思いがした。
さすがに大っぴらに話すことではないということは私にもわかる。
ハラハラしているとゾーイ様は少し目を伏せた後チラリと物言いたげにこちらに視線を向けた。
「……」
「……ふふっ」
ゾーイ様の険しい顔に言いたいことを察して笑って誤魔化す。
あれは「はしたない」と思っている顔だ、きっと。
「仲が良くていいと思いますけどね」
「まぁまだ小さいんだし良いんじゃない?」
「性別の違う姉弟がまだ幼いと言え一緒に寝るのはいかがなものかと」
「言っておきますが私は姉上に苦言を申しました」
アレンとオズワルドは割と好意的な意見だったもののズバリと言うゾーイ様の言葉を受けてライルにも「今回きりですよ」と釘を刺されてしまった。
ライルは寝相の悪いカイトにベッドから蹴落とされてしまったそうだから余計そう思うのだろう。
なんだか少し寂しいけれど仕方ない。
せめてカイトやベルグラントが一緒に寝たいと言ってきたときくらいは快く受け入れようと思う。
「君たちは姉弟の距離が近過ぎるのではないだろうか」
ひどく真面目な顔でゾーイ様は言う。
「まぁ悪いより良いって事で」
オズワルドはお菓子を次々に手に取って口に運ぶ。
フォローしてくれたのでどんどん食べて良いよと皿を寄せてあげた。
そして話を変えようと本日の来訪について触れる。
「それにしても皆さま揃ってお越しいただけるなんて奇遇ですね」
職種も異なる三人が忙しい中で都合を付けてくれた時間が同じだなんて本当すごい偶然だ。
「ああ、うんまぁね」
「へへっ」
アレンとオズワルドがゾーイ様を気にしながらへらりと笑う。
なんだろうと二人を見た後にゾーイ様に視線を向けるとパチリと目が合った。
「ふぅ……私がアスターフォード家に行くと知って二人が勝手についてきただけだ」
「まぁそうだったんですね」
「ちょうど行こうと思っていたんだ」
「そうそう、王宮で会ったら連絡してるっていうからこれは渡りに船……ぐっ」
アレンがオズワルドの脇を肘で突いた。
つまり来訪予定のあったゾーイ様に二人は勝手に便乗して来たということらしく、ゾーイ様は迷惑そうな顔でまたため息をついた。
そんなにため息ばかりついて癖になってしまわないか少し心配だ。
「姉さま、お話まだかかりそう?」
様子をうかがいながらカイトがこっそりと尋ねてくる。
言いたいことを察してオズワルドに声をかけた。
「オズ、あとでカイトを見てあげてくれる?自主練の成果を見せたくてさっきからウズウズしているの」
「んじゃ、あとでと言わずさっそく庭を借りても良いかい?」
「ええ、もちろん。ありがとう」
最後に一口お菓子を口に放り込んでアレンに行儀が悪いと怒られながらオズワルドは席を立った。
カイトが喜んで足踏みしながら早くとせかしている。
「ゾーイ先生は?」
ベルグラントが期待を込めて声をかけるがゾーイ様はゆるく首を振った。
「私はまだ少しルディア嬢に話すことがある」
「ならベルも俺と一緒に行こう」
残念そうなベルグラントの肩をポンと叩いてカイトが庭へ連れ出してくれた。
「ライルも来いよ、保護者が必要だろ?」
「いや、私は……」
「遠慮するなって」
オズワルドはライルの腕を掴むとぐいぐいと引っぱっていく。
たまにはライルも陽の光を浴びた方が良いだろうと温かく見送ることにした。
そんな弟たちの姿を見ながらゾーイ様が私へと向き直る。
「少し込み入った話をしたい。アディリシアも外せるか?」
私の膝に乗って大人しくしているアディリシア。
視線を向ければキョトンとした顔で見上げてくる。
「アディ、お兄さまたちとお庭に行かない?」
「おにわ?」
「僕がアディを連れていくよ」
アレンは立ち上がると私からアディリシアを抱き上げた。
アディリシアも慣れているアレンだからか嫌がる事なくアレンの胸に収まる。
「ありがとうアレン」
「役に立てるなら嬉しいよ」
そんな風に笑顔で言ってくれるからいつも甘えてしまうのだ。
「アレンさま、あのねアディね。お花ポンね、できるの」
「すごいね、見せてくれる?」
「うんっ」
アレンは大丈夫だと片目をつぶって見せるとアディリシアと共にカイトたちのいる庭へと向かった。
テーブルには私とゾーイ様だけになり、なんとなく背筋が伸びる思いがした。
「君もわかっているだろうが侯爵は忙しくされている」
「ええ、お父さまはこちらへ帰ってくるのもままならないようですね」
「何故かは聞いているだろうか?」
「いえ、ただ新緑の宴での事かと思っています」
「その通りだ。事は思いのほか重く、簡単に済みそうもない」
魔獣が現れるなど前代未聞な事件だけれど、たまたま出現したというのであれば因果関係を追求すれば良い。
けれど場所が場所だけに自然には起こりにくい、何かそれ以外にも要因があるのだろう。
だとすれば人為的なものだと考えるのは想像に難くない。
王宮での行事で仕掛けられたとすればそれは何かしら反旗を翻すという意味だ、事は必然と重くなる。
「侯爵からはこの屋敷の護衛人と話をするように言われている。確かにジャンと言ったか……呼んで貰えるだろうか」
「お父さまからですか、かしこまりました。お待ちくださいませ」
ジャンが料理長の他に護衛人を担っているとは知らなかったけれど、元傭兵だからと思うとすんなりと納得がいった。
ハンナに呼んできてもらうように声をかけるとそう時間を置かずにジャンが客間へとやって来た。
いつものコックコートにエプロン姿のジャンにゾーイ様が一瞬固まる。
筋肉隆々の大男に驚いたのか料理人だという事に驚いたのか果たしてどちらだろう。
「ゾーイ様、こちらが料理長をしているジャンです」
「……料理人か?」
「料理人だと何か問題でもあるんですか?」
ふんっと鼻息荒く失礼とも取れる態度で答えるジャンは相手が貴族であっても動じない。
私の方がハラハラしてしまう。
「いや、すまない。護衛人が料理人だと思わなかったので驚いただけだ。他意はない」
「……」
ゾーイ様がすぐに詫びるとジャンは拍子抜けしたように目をまるくした。
相変わらず真面目なのに柔軟な思考のゾーイ様には驚かされる。
「嬢ちゃん、この方はいったい」
「魔術師のゾーイ・ルーグ子爵です。お父さまからジャンと話すように言われたそうです」
「若輩者で気後れするだろうか、アスターフォード侯爵より用命を受けている。まずは手紙を預かっているので受け取って欲しい」
ゾーイ様は内ポケットからお父さまの印で封緘がされている封筒を取り出すとジャンに手渡した。
受け取って手紙とゾーイ様を見比べるジャン。
「手渡しに意味はあるのか」
「ある」
そのやり取りで何を察したのかジャンはいつもの陽気な鳴りを潜めて封を開けた。
ざっと手紙に目を通すと丁寧にコックコートにしまい込む。
「子爵様と言ったか?悪いが二人で話せるかい?」
「ゾーイで構わない。別室ではルディア嬢が心配されるだろう。窓際で良いか」
「おう」
「ジャン、私も」
話を聞きたいと言おうとするがジャンにポンと頭を撫でられて止められる。
「お嬢、旦那様からの頼まれごとをちょいと詳しく聞くだけですんで」
気にせんでくだせぇと私をテーブルに残したまま離れた窓際でゾーイ様とジャンが何やら話を始める。
ポツンと残った私は居心地悪く視線を下に落とした。
「お嬢様、お茶をもう一杯いかがです?」
気を使ったハンナがティーポットを手に声をかけてくれた。
ふわりとお茶の良い香りがして気持ちが和む。
「ありがとうハンナ、いただくわ」
新しく入れて貰ったお茶を飲みながら眺める窓際の二人の様子に何か想像もつかないことが動き出しているような不安が胸をかすめる。
ゾーイ様とジャンの話し合いは二杯目のお茶を飲み終わるまで続いた。




