第七章 07
色とりどりバラが咲き誇るその場所はこぢんまりとした小さな花園だけれど花の甘い香りが辺りに漂い華やかな空気に包まれていた。
同じ様に庭園から移動してきた人たちがちらほら居て各々花を愛でながら談笑している。
「いい香り」
小さく深呼吸して花の香りを吸い込む。
「なんだか懐かしいね、確かルディに初めて会ったのもこんな風に花に囲まれたお茶会だったよね」
「そうね、確かもう少し暑い季節であなたはナターシャ様のスカートの影にずっと隠れていたんだったわ」
「レティシア様が腕に赤ちゃんのライルを抱えていて君は誇らしげに寄り添っていたっけ」
お母さまとマリおば様とナターシャ様たちの小さなお茶会。
今思えば数人の侍女がいるだけの気の置けないお茶会だったと思う。
想いを馳せれば、小さな私たちの姿が目に浮かんだ。
「あの頃は人見知りだったんだよ、でも君は臆せず話しかけてくれたね」
弟が生まれてお姉さんぶりたかった私はアレンに一生懸命話しかけていた。
最初は目も合わせずに縮こまっていたアレンも少しずつ顔を上げて返事をしてくれるようになった。
「とても嬉しかったんだ」
「え?」
「君が話しかけてくれて、あの時ちゃんと返事も出来なくて途中で愛想をつかせてどこかへ行ってしまうと思ったけど君は辛抱強く声をかけてくれたから」
「半分意地だったかもしれないわ、でもその後あなたを連れ回して迷子になったのよね」
「いつの間にか知らない場所に迷い込んでしまったんだったね」
アレンの手を引いて走り回っていたら生け垣に囲まれて何処かわからなくなってしまったのだった。
半泣きになる私の手を今度はアレンが引いてなんとか戻ることが出来たのだけど。
戻ったら随分と時間が経っていたみたいでお父さまたちや騎士たちが集まって捜索に乗り出すところだったと後で聞いた。
「あの時は戻った後に散々お父さまに怒られたんだったわ」
あの時ほどお父さまに怒られた事は後にも先にも無かったかもしれない。
泣き出した私をお母さまが抱きしめながらお父さまを宥めてくれたのだった。
すっかり忘れていたそんな出来事などを話しながらゆっくりと庭内を歩いて行く。
東屋の近くを通った際に楽しげな笑い声が聞こえ、ふと視線を向けてしまった。
そこではデニス様と数人の女性が和気藹々と語らっていた。
「おや、ルディア嬢ではないですか」
「デ、デニス様」
見なければ良かったのにと直ぐに後悔した、目が合わなければ素通りできたのに。
デニス様は女性たちに断りを入れるとこちらへと近づいてくる。
東屋の女性たちの視線が痛い。
「おや、ゾーイとは別の殿方とご一緒におられるとは貴方も罪なひとですね」
「ええと、彼は幼馴染でして」
無駄にキラキラした笑顔と気障な話し方にまたしてもぞわりと鳥肌が立った。
チラリとアレンに視線を向けると噂のデニス様と登場にも動じずニコニコと人好きする笑顔を浮かべていた。
さすがだ。
「うん?君は薬術院の期待のエース、アレン君じゃないか。社交界でも若葉の君と評判になっているそうだね」
「まだ新人なので植物の採取ばかりしているから揶揄されているだけですよ」
なるほど、緑に囲まれているから付いた呼び名だろうけど古風ながら爽やかな感じがアレンに似合っている。
「私もあなたのことを聞き及んでいますよ。数多のレディを虜にしている魔術院の魅惑の貴公子デニス・ニコロディ殿」
「参ったな。私はそんなに気の多い人間じゃないのだけどね」
ちっとも参った風ではない困った笑顔でデニス様は肩をすくめて見せた。
魅惑の貴公子とはこれまた随分と的を得た呼び名である。
「ルディア嬢、あなたに誤解されないことを願います」
「ウフフ」
誤解も何もと思いつつなんとか笑って誤魔化すことにした。
こんな笑い方などしたことなかったけれどナターシャ様に教えて貰い、練習しておいて良かった。
虎の巻にも返事に困ったら笑って流せと書いてあった。
正しくは優雅に軽やかにとあったけど出来ているかは定かではない。
さて、そろそろデニス様とはサヨナラしようかしらと思ってアレンを見たら何か思いついた様な笑みを浮かべていた。
「先ほどルディから聞いたのですが、ニコロディ殿は銀の蕾の花を持っておられたようですね」
「ルディア嬢から?」
何を言い出すのかと思ったらまさかの銀の花についてだった。
デニス様の視線にまたしても「ウフフ」と笑って誤魔化す。
「ええ、ご存知の通り私は薬術院に属する身ですので植物に興味があります。銀の植物はあまり聞かないものですからどんな花か気になってしまいまして。何という名の花でしょうか?」
「名は何だったかな。覚えていないな」
「なんでも銀の蕾の花をルディが手にした瞬間に花開いたとか」
「そんなに興味を持ってくれるとは、ぜひお見せしたいところだが生憎手持ちが無くてね」
「ルディが咲かせたと言う花もですか?貴殿が持ち去られたようですが」
「ええ、ルディア嬢の花は美しすぎて他の女性と接するのに失礼になるのでね。この通り今は何も持っていないのだよ」
追求するアレンにひらりと両手を掲げた後にジャケット裏ポケットも見せて手元にない事を伝えるデニス様。
だがアレンは追及を続ける。
「ニコロディ殿はどこでその花を?」
「そこは企業秘密とでも答えておこうか」
若葉の君VS魅惑の貴公子の笑顔の戦い……と言うより腹の探り合いにハラハラする。
社交界レベルの低い私は駆け引き交じりのトークはご遠慮願いたい。
誰かに割って入って来て欲しい、誰かいないだろうか。
さり気なく周囲に視線を走らせるとさほど遠くない場所からこちらの様子を伺うオズワルドを見つけた。
何故に様子をうかがっているのかわからないけれどこっちに来るように目で訴える。
目が合った瞬間に自分を指差すオズワルドに頷いて返す。
やっと意志が通じたのかオズワルドがさり気なさを装って近付いて来てくれた。
「よ、よぉアレン……と、ルディ嬢」
「オズ」
「あら、用事はもう良いの?」
アレンはオズワルドの存在に気付いていたのか驚きもせずにその名を呼んだ。
私は来てくれたことに感謝しつつ今気付いた風を装って声をかける。
「君は?」
「あ、どうも。オズワルド・ロペスです」
「デニス・ニコロディだ」
直接の面識がないデニス様にオズワルドはたどたどしく挨拶をする。
いつもの勢いはどうしたのか。
「君は騎士見習いか」
「あ、はい」
オズワルドの腰に履いた剣を見て察したデニス様。
何故かと思っていたらアレンがこっそりと騎士団は専用の剣を支給されている事を教えてくれた。
すらりとした細めの剣の柄にはよく見たらウィルズエルト王国の紋章が刻まれている。
いつかカイトも騎士団に入ってこの剣を身に付けるのだろうか。
二番目の弟は無鉄砲なところがあるけれど正しく健やかに成長してくれれば立派な騎士なるだろう。
「ルディ……」
「はっ」
カイトの成長した姿を思い浮かべて思わず頬が緩んでしまった。
アレンに肘でつつかれて我に返る。
「何考えていたか聞いてもいい?」
「ゴホン、いや……カイトも騎士になるのかなって」
「ああ」
私の弟妹至上主義に慣れているアレンは納得とばかりに小さく笑って流してくれた。
有り難い。
カラン カラーン
突然、涼やかな鐘が鳴り響いた。
「あ、俺そろそろ鐘が鳴るって言いに来たんだったのに」
「今鳴ったな」
バツが悪そうに片手を頭に当てたオズワルドにアレンが短く答える。
司祭様の到着を知らせるその鐘は新緑の宴のメインとも言える儀式の始まりの合図でもある。
周りに居た人たちも元の庭園へと足を向け始めていた。




