第七章 02
ガーデンパーティーの会場は王宮の敷地内にある大きな庭園。
色とりどりの草花に王宮の庭師たちが腕によりをかけたと思われる様々なトピアリー。
奥にある噴水は祭壇として様々な装飾で祀られていた。
新緑の宴は立食形式で行われる為、白いテーブルクロスをかけられた机が所かしこに置かれている。
その隙間を縫うようにして侍女や給仕の方々が招待客をもてなしていた。
そして一際見晴らしの良い場所に主催者であるマリおば様の席は設けられていた。
順番を待って挨拶へと向かう。
「マリーアン王妃殿下におかれましてはご機嫌うるわしく、この度は風の女神の囁き集う新緑の宴にお招きいただきありがとうございます」
「ようこそ、アスターフォード侯爵令嬢。新しい季節の始まりを祝う宴です、素敵な時間をお過ごしになってね。あなたに女神の祝福を」
「感謝します」
型通りの挨拶を終えるとマリオンおば様は私の斜め少し後ろに控えているアレンに視線を向けた。
アレンは既に挨拶を終えているので今はただ私の付き添いだ。
パチンと扇を慣らしてマリおば様が口を開く。
「アレン・ブローセン殿」
「はい」
「ルディア嬢が良い時間を過ごせるよう頼みましたよ」
「もとよりその心づもりでおりましたのでお任せください」
「まぁ心強いこと」
扇で口元を隠して微笑むマリおば様はこっそりと私にウインクを送ってくれた。
成人の儀でもしてくれた親しみの合図だ。
私はマリおば様を安心させるように微笑んだ。
次に挨拶に見えた方がいらしたので再度深くお辞儀をしてアレンのエスコートを受けながらその場を辞す。
少し離れた場所まで行ってから立ち止まると緊張が解けたのかフッと肩の力が抜けた。
その様子にアレンがクスクスと笑う。
「ずいぶんと緊張していたんだね」
「緊張してるって言ったでしょう。……ねぇ変じゃなかったかしら」
「大丈夫だったよ。お疲れさま」
アレンはポンポンと優しく私の頭を撫でた。
「……面白がっているでしょう」
「そんなことないよ、可愛いなと思って」
「もう」
ニコニコと否定するアレンをジロリと睨んでみたがあまり効果はなかった。
だけどおかげで落ち着いて周りを見る余裕も出てきた。
様々な人たちがグループに分かれて歓談している中、チラチラとこちらをうかがう視線を感じる。
その中には入口付近の若者たちのグループの視線も混じっている事に気付く、アレンが先程まで居たグループだ。
抜けて行ったアレンが戻るのを待っているのかもしれない。
「あの、エスコートありがとうアレン。もうご友人のところへ戻っても大丈夫よ?」
「ああ、別に構わないよ」
「でもご友人たちが待っているのではなくて?」
「彼らとはたまたま会ったから話していただけだよ。それより今日は君のそばにいるつもりなんだけど、もしかして邪魔だったりする?」
「そ、そんなことないわ。居てくれると心強いもの」
「じゃぁ問題ないね」
「……そ、そうね。ありがとう」
再びキラキラと満面の笑顔で言う言葉には何とも言えない圧力を感じつつお礼を行った。
また遠くでざわつく黄色い声が聞こえてくる。
こちらへ感じる視線は私だけじゃなくアレンへ向けてのものも多いのだろう。
じっとアレンを見つめてみる。
背もいつの間にかずっと高くなったし細身に見えて肩幅もしっかりしている、ミクムの丘の大樹の下で私
の髪をほどいてくれた時だってすっぽりと私を覆ってしまえたし…。
至近距離で顔を見合わせたあの時の事を思い出すと何故か急に顔が熱くなった。
「ルディ?」
アレンが心配そうに顔を覗き込んできた。
「まだ緊張してる?」
「だ、大丈夫よ」
「なら良かった」
また、ふわりと笑う。
この暖かく柔和な笑顔に魅了される人はきっと多いはずだ。
アレンは社交界でいったいどれだけの令嬢と出会ったのだろう。
「…………」
「……何か飲み物を取ってこようか」
「ええ、お願い」
「すぐに戻るよ」
給仕の元へ向かうアレンの背を追っていくとしばらくして数人の男女のグループに声をかけられていた。
いくつかの会話を楽しげにした後、そのグループを後にするがまた別の青年たちに声をかけられてそこに令嬢たちが合流する。
アレンはやっぱり人気者らしい、社交界とはああやって親交を深めていくのだろうか。
「…………」
ポツンと佇む自分にふと居心地が悪くなる。
改めて知人が少ない事を思い知ってしまった、社交界に出遅れるというのは友人作りにも出遅れるという事かもしれない。
もしかしてライルが心配していたのはこういう事かしら。
どこかに話しやすそうなご令嬢はいないかと視線を巡らせるものの既にグループは出来上がっていて入り込めそうなグループが見当たらない。
ため息と共につい下を向いてしまう。
「こんにちは」
どうしたものかと思っていると背後から不意に声をかけられて振り返るとシルバーブロンドをなびかせた桃色の可愛らしいドレスが似合う令嬢が数人の令嬢たちを従えてこちらへと歩いて来ていた。
「こんにちは」
戸惑いながら挨拶を返すと声をかけてきた令嬢がニッコリと微笑んだ。
「初めまして、ですわね。私はリアラ・キャンベルと申します」
愛らしい声の主はキャンベル公爵家のご令嬢らしい。
確か年は一つ上だったはずだ。
「ルディア・アスターフォードですわ」
「まぁやっぱりアスターフォード家のご令嬢でしたのね」
名乗った後、リアラ嬢は嬉しそうに距離を詰めて来た。
周りの令嬢たちを見れば“リアラ様の予想どおりでしたわね”“さすがですわ”などともてはやしていてどうやら友人と言うよりも取り巻きと言った風情を感じる。
「アスターフォード侯爵夫人の事は聞き及んでおりますわ、大変でございましたわね」
「ご心配痛み入ります」
「急にお声掛けしてごめんなさいね、ブローセン公子とご一緒にいらっしゃるからきっとアスターフォード侯爵令嬢だと思いましたの」
「さようでございますか」
「お噂通り素敵な方でいらっしゃるから是非お友達になりたいわ。ルディア様とお呼びしても構わないかしら」
「ええ、もちろんですわ」
「わたくしの事もリアラとお呼びになってね。お声掛けして良かったわ」
親し気に接してくれるリアラ様。
これは友人を作るチャンスかもしれない。
リアラ様はいったい私のどんな噂を聞いていたのか気になるものの今聞くのは野暮だろうか。
とりあえずニコニコと笑顔を浮かべて話を合わせる。
リアラ様たちはとても賑やかなグループだ。
「ルディ、とリアラ嬢」
両手にグラスを手にしたアレンが戻ってくると少し驚いた顔をした。
でもすぐに笑顔を作る。
「こんにちは、アレン様」
「お久しぶりです、リアラ嬢」
「まぁリアラと呼んでくださって構わないとお伝えしていますのに」
知り合いらしく会話を続ける二人を見つめていると取り巻きの令嬢たちがそっと私の腕を引いた。
「リアラ様とアレン様、お似合いではございませんこと?」
「美男美女でいらっしゃりますものね」
「夜会ではお二人のダンスにみんな見とれていましたのよ」
一歩離れた場所でコソコソと耳打ちされる情報を繋げるとつまり……
リアラ様はアレンをお慕いしている、という事で。
取り巻きの令嬢たちから察するに……私は邪魔をしないようにという事か。
ああ、せっかく友人が出来ると思ったのに。
だけど人の恋路を邪魔するほど私も野暮じゃない。
取り巻きの令嬢たちから抜けてアレンの元へ行くとその手から一つグラスを受け取った。
「アレン様、飲み物をありがとう。私あちらのデザートのテーブルを見てまいりますわ」
「ルディ」
「リアラ様とどうぞご歓談をお続けになっていらして」
では、と二人に軽く会釈して先程示したテーブルを目指す。
そう言えばライルに借りた虎の巻にも書いてあった。
社交界に渦巻く恋模様は巻き込まれるよりも傍観すべきと。
一先ずデザートでも眺めて次の行き場を探すことにしよう。




