第七章 01
ゆっくりとアスターフォード家から馬車は動き出した。
お父さまは向かう先は同じ王宮だからとお仕事へ向かう時間をずらして下さり庭園までエスコートしてくれるらしい。
出発して間もなく改まってこちらをじっと見つめて来るお父さま。
「……ドレスがよく似合っている」
「ありがとうございます」
「こうしてみるとルディアもレティシアの若い頃に似て来たな」
「まぁ、嬉しいですわ。私はもっぱらお父さま似だと言われますもの」
「そうか……でもやはりレティシアにも似ているよ」
お母さまの面影を見ているのかお父さまが表情を緩めて目を細めた。
最近は以前よりも少しずつ昔の様にお父さまの表情が出るようになった。
もちろん家族の前だけだけれど、それこそ昔からだ。
「お父さまったら、私でそんなにしみじみしていらしたらアディリシアが大人になったら大変ですわよ」
「アディリシアか……あの子は、そうだな。レティシアの生き写しの様だからな」
思い浮かべてかお父さまが目を伏せる。
お母さまの面影はきっとまだお父さまの胸を痛めているのだろう。
でもお父さまはもうその痛みに負けずに私たちを愛してくれている。
早く、その思いがアディリシアに伝わると良いのにと願う。
すれ違う二人を見ているのは私もどこか胸が苦しかった。
「……お父さま、お母さまの分まであの子を暖かく育てましょうね」
「そうだな。……ベルグラントもカイトもライルもルディアも、子供たちをレティシアの分まで大切に育てなければな」
「嬉しいお言葉をありがとうございます。でも、私はもう成人して大人でしてよ」
なんとなく湿った空気を変えたくて少し茶化した物言いをしてみるとお父さまもそれを察してくれたのか小さく笑って返してくれた。
「あまり急いで大人にならないでくれ、まだまだ私の庇護下に居てもらいたいな」
「あら、では遠慮なくお父さまに甘えようかしら」
「そうしてくれ、出来るだけ長く家にいておくれ」
「そうしますわ。老後はライルが面倒見てくれる事になっていますし」
「それは…ライルも大変だな」
「まぁ!どういう意味ですかお父さま」
沈黙が続くかと思われた馬車の中では思いの外お父さまが饒舌だった事もあり、久しぶりにお父さまと楽しい会話を交わすことができた。
王宮に着いて馬車を降りると既にガーデンパーティーの参加者と思われる紳士淑女があちこちに到着していた。
お父さまと私の姿に気付いた人たちから驚きの声が上がる。
「まぁ珍しい、アスターフォード家侯爵様ではなくて?隣にいらっしゃるのはご令嬢かしら」
「侯爵夫人が亡くなられてずっとお姿を見せなかったのに」
「凛々しくてお素敵ねぇ」
「ご令嬢は今年デビューだったかしら初々しくて可愛らしいわね」
「夜会ではまだお見かけしませんな」
「奥方が亡くなったのはいつだったか……」
微かに聞こえてくる様々な声が沢山の人が私たちに興味津々だと教えてくれる。
お父さまが僅かに顔をしかめた。
「お父さま、お顔が怖いですわ」
「……もとからだ」
「もう、お父さまったら」
「庭園の入り口まで一緒に行こう」
「ありがとうございます」
ゆっくりとお父さまにエスコートされてパーティーが行われる庭園へと向かう。
お父さまの執務室からは遠くなってしまうのだけれど…
通路を歩けばやはりすれ違う人たちの視線が刺さるが直接声をかけてくる人は居なかった。
過保護なお父さまが心配するわけね。
「お父さま、お時間は大丈夫ですの」
「問題ない。ルディ、何度も言うようだがパーティーがつまらなかったら途中で帰って構わないからな。最後までいる必要はない」
「わかっていますわ。そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ」
「だが」
「お父さま、ありがとうございます。ここまでで結構ですわ」
もう目の前に庭園の入り口である薔薇のアーチが見える。
着飾った人たちが順番にそのアーチをくぐり抜けて行く。
心配そうな顔をしたお父さまにニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「お父さま、大丈夫ですからどうぞお行きになって」
「わかった、ルディ楽しんでおいで」
「ええ、ありがとうございます。お父さまもお仕事ご無理なさらないでくださいね」
「ああ」
軽く私を抱きしめてお父さまは名残惜しそうにしながらも戻って行った。
その背が小さくなるのを見届けてからくるりと振り返る。
お母さまと一緒に行ったお茶会を思い出せばなんてことはないはず。
だがワクワクする気持ちは全く湧いてこず、緊張が胸を締め付けた。
「大丈夫、大丈夫」
いつになく弱気な気分にメリッサに教えてもらった事を思い出した。
ゆっくりと深呼吸して顔を上げる、見据える先は薔薇のアーチ。
笑顔を浮かべて心を落ち着けよう。
姿勢を正して気合いを入れると私は一歩を踏み出した。
「ルディア」
「アレン」
庭園に入ってすぐにアレンが私に気付き若者たちの輪を抜けて駆け寄ってきてくれた。
いつも家に遊びに来る時よりも畏まった装いはキラキラと彼を輝かせていて思わず息をのんだ。
蜂蜜色の髪を少し後ろに流し、グレーベースの上品な衣装がいつもよりも大人っぽい雰囲気を醸し出している。
「ルディア……素敵なドレスだね、とても良く似合っている」
眩しいほどの満面の笑みでそう言われ、何故か背後で悲鳴が上がる。
遠くでそれを聞きつつも私はアレンから目を離せず言葉を失っていた。
「これから王妃殿下に挨拶だろう、エスコートさせて貰えるかい」
「……」
「ルディ?」
「あ、ごめんなさい」
「どうしたの?緊張している?」
「緊張はしているわ、でもそれだけじゃなくて……アレンがいつもと違い過ぎて驚いたの」
「今日はルディが来るからって気合い入れすぎてしまったかな、浮いてないと良いんだけど」
「そんな事ないわ、素敵よ。なんだか大人の男の人みたいね」
「本当に?ルディにそう言ってもらえるなんて感激だな。ルディも今日は一段と綺麗だよ」
そう言ってアレンは私の手を取ると指先に軽く口付けた。
また悲鳴のような声が上がる、後ろからだけじゃなく周辺から複数の悲鳴が…なんだか怖くて周りを見られない。
アレンのこんな仕草や言い回しには慣れたつもりだったけどまだまだだったらしい。
握られた手に思わず力が入ってしまった。
「さぁ行こうか」
「え、ええ」
アレンはそのまま私の手を引いて主催者であるマリおば様の所へと私をエスコートしてくれた。
ぎこちない私とは違って慣れた仕草に頼もしさを感じるものの今までも誰かをこうしてエスコートしていたのかと思うと少しの寂しさが胸を掠める。
幼馴染は一歩先に大人への道を進んでいるようだ。
いつかアレンも特定の誰かをエスコートするようになるのだろうか。
「ルディ?」
「ありがとうね、アレン」
もしかしたら最初で最後かもしれないと思い、好意に甘えてアレンに寄り添って歩いた。




