第六章 06
ポップコーンフラワーは思いのほかアディリシアが気に入ったらしく見た瞬間に声を上げて喜んだ。
私でも出来るくらいほんのちょっとの魔力でポンと花が開くのだけれどアディリシアがやってみると……
バシュッ
「「 ! 」」
加減が出来ないらしく種が爆発して花びらが飛び散ってしまった。
これには私もアレンも驚いた。
「ふぇ……」
だが驚きと悲しみでへにゃりと顔を歪めるアディリシアに直ぐさまアレンはポンと一つ新たに花を咲かせて手渡した。
破裂した花から咲いた花へとアディリシアの視線が移る。
涙は半泣きで止まった。
「大丈夫、アディも練習すれば出来るようになるよ。少しずつやってみよう?」
「……うー……ま、またバーンなる」
「少しくらい失敗しても大丈夫だよ、種はまだまだいっぱいあるから、ね?」
にっこりと微笑んで言うアレンをアディリシアは渡された花と交互に何度か見てから小さく頷いた。
お見事と心で呟く、アレンはアディリシアの扱いがなかなか上手い。
弟たちとも仲良くしてくれているし、側にいると心強い存在だ。
だからこそつい頼ってしまうのだけれど。
思わぬところで魔力の練習方法が生まれた事にも私はアレンに感謝した。
アディリシアの魔力の使い方は何度説明してもザックリ衝動的でさじ加減というのを伝えるのに難儀していたところだったからこの方法はとても画期的に思えた。
アレンから持っていた種の残りを譲り受けて訓練に使わせて貰うと伝えるとアレンは力になれるならとまた種を持って来てくれると言ってくれた。
有難くお願いすることにする。
カイトもベルグラントもアディリシアも頑張っているし、ライルだって寄宿学校に入る準備を進めている。
私も頑張らなくてはと身が引き締まる思いだった。
具体的に何をと言えば社交界、迫り来る『新緑の宴』だ。
先日は気を利かせてナターシャ様がわざわざお越しくださり淑女の心得と挨拶の答え方からつまらない会話の相槌の付き方、上手な離席方法などを教えてくれた。
マリおば様も当日の会場にいる侍女たちはマリおば様付きの侍女たちばかりなので何かあったら声をかけるようにと手紙をくれた…何か無い事を願いたい。
おまけにライルはどこで聞きかじったのか
「いいですか姉上、情報交換は大切ですが噂話などは話半分に聞くことが大事です。だいたい半分は話が盛られているか捏造されていることが多いのですから。ですが、残る半分は噂になり得る要因があるという事です。それをお忘れなきように」
「……あなたまだ社交界へ参加してないはずよね」
「当たり前じゃないですか、今年デビューした姉上より年下ですよ私は」
「何でそんなに詳しいのよ」
「本で知りましたので、“先人の知識は本に有り”です。ちょうどいい本が図書館にありましたので姉上にもお貸し致します」
何かの名言めいたものを決め台詞的に言われて差し出された本には『社交界虎の巻』と書いてあった…だいぶ古い本のようなので今でも通じるのか一抹の不安はあるもののライルが熱心に進めるので有難く読んでみる事にした。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていく……。
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サラサラと膝を流れるドレス、鏡を見れば化粧を施していつもより大人っぽい自分がいた。
久しぶりにめかし込んだ姿はどこか落ち着かない。
不安そうにする私に「大丈夫、お似合いですよ」と声をかけて身支度を整えてくれるお針子の励ましになんとか笑みを浮かべることが出来た。
「準備まで手伝わせてしまってごめんなさいね、メリッサ」
「とんでもない!是非にと私がお願いしたのですから気になさらないでください」
鏡越しに髪を結わうメリッサに声をかけたら勢い良く首を振る。
短い期間だったというのにメリッサたち金の羽衣のお針子たちは見事に妥協する事なくドレスを間に合わせてくれた。
もったいないくらいの細かい刺繍に丁寧に生地を重ねて合わされたスカート。
お母さまの黄水晶のブローチを引き立たせる様にデコルテに沿ったレースの襟元が女性らしい。
髪型はハーフアップにして流行りだという複雑な編み込みをしてくれている。
「仕上げはドレスとお揃いの生地をレースで縁取ったリボンをつけて、完成です」
「お嬢様、とても素敵です」
メリッサと一緒に手伝ってくれていたハンナが目を潤ませていた。
「ハンナったら、成人の儀の時みたいに泣かないでちょうだいね」
「仕方ないじゃありませんか、お嬢様の立派な姿を見る度に感激してしまうのですから」
「まぁまぁハンナさん、落ち着いて。そろそろ時間ですし皆さまにお嬢様をお見せしないと」
「ええ、そうでしたね。皆さま首を長くしてお待ちですものね」
メリッサになだめられハンナは目元を拭うと一つ深呼吸して姿勢を伸ばした。
「さぁお嬢様、参りましょう」
ハンナが先導して扉を開けてくれる。
いつもより踵の高い靴にぎこちなく歩くとメリッサがそっと手を差し出してくれた。
「履物はきつくありませんか」
「ええ、平気よ。そのうち慣れるわ」
ドレスに合わせて靴もオーダーメイドでメリッサが用意してくれていた。
つま先は光沢のある生地で飾り石が控えめに付いている濃紺のヒールは全身を鏡に映した時にふわりとしたドレスの印象を引き締めてくれていた。
メリッサ曰く、足元は大人の女性のイメージらしい。
フィットした靴を足首のストラップで固定しているので脱げる心配が無いのもありがたい、踵の高さには直ぐに慣れそうだった。
「お嬢様のお仕度が整いました」
皆が集まる部屋へと先に入り、声をかけるハンナ。
なんだか仰々しくてつい扉の前で足が止まってしまう。
「メリッサ私本当に変じゃないかしら」
「もちろんです、ドレスがとてもお似合いですよ」
「ありがとう、なんだか緊張するわ」
「そんな時はゆっくり深呼吸して少し上を見上げると落ち着きますよ」
「そうね」
言われるままに深呼吸して顔を上げた。
すると自分がさっきまで足元ばかり見ていた事に気付く、これではいけない。
メリッサに手を引かれてゆっくりと室内へと足を踏み入れると何故かみんな立ち上がって私を待ち受けていた。
お父さまは表情をわずかに動かしただけだったが弟たちは皆驚いた顔をしていた。
「姉上、お綺麗です」
「姉さますごく綺麗だ」
「お姉さま、お姫様みたいです」
三人ともわっと勢い良く駆け寄ってきて褒めてくれた。
なんて可愛い弟たちだろう。
「ありがとう」
「おねーさま」
弟たちの背後からアディリシアの声がかかると弟たちは妹に場所を譲ってくれた。
アディリシアはキラキラと目を輝かせて私を見上げてくる。
「おねーさま、おひめさま?」
「ふふ?お姫さまみたい?」
「うんっ」
興奮気味に頷く頭をそっと撫でてあげる。
うちの弟妹たちは本当に可愛いわ。
「おひめさまだから、おしろ?」
「そう、これからお城行ってくるから大人しく待っていてね」
「……うん」
「いい子ね」
最近、ゾーイ様の言っていた想像力を養うために寝る前にアディリシアに本の読み聞かせをしている。
簡単な絵物語やおとぎ話に冒険物語、ここ最近のお姫様がお城へ行く系のお話を連日したかいがあったようでアディリシアはさほどごねずにお留守番することをわかってくれた。知識って大事。
ライルが小声でほぼ刷り込みですねとか言ってたのは聞かなかった事にする。
「旦那様、そろそろお時間です」
モーリスの声にハッと我に返る。
王宮まではお父さまが一緒に行ってくれる事になっていた。
「ルディ行こうか」
「はい、お父さま」
名残惜しそうに見つめるアディリシアをライルたちに託して、私はお父様の後を追った。




