第六章 05
お父さまとアディリシアは先日の頭突き流血号泣事件から益々距離が広がっていた。
「……」
「……」
毎回顔を合わせる食事の席でもお互いにチラリと相手を気にはしているようだけれど
お父さまに怯えるアディリシア、その姿にショックを受けて顔が強張るお父さま。
その怖い顔によりアディリシアが更に怯える……負の連鎖だった。
思いのほか似た者同士なのかもしれない。
「しばらくは様子をみましょう。今は何をしてもマイナスにしかならない気がします」
庭のテーブルセットに座り、膝にアディリシアを乗せたライルは諦めた様にそう言った。
確かにこれ以上拗れたら手に終えなくなるだろう。
もう少しアディリシアが成長してからの方が良いのかもしれない。
「ほらほらカイト坊っちゃん!腕が下がってますぜ」
「んぎぎ……ふんっふん」
目の前では料理長のジャンの指導を受けながらカイトが木刀の素振りに励んでいた。
お父さまから許可が出てすぐにカイトはジャンに稽古をつけてもらいに行き、まずは体作りからだと毎日基礎練習に励んでいる。
「姿勢も崩れているぞ、もっと体を起こせ」
「はいぃっ」
そしてアレンからカイトの修行の話を聞いたオズワルドが「俺も現役騎士として協力するぜ!」と参加を申し出てくれた。「騎士と言っても見習いじゃないか」と突っ込むアレンの口を華麗に塞ぎオズワルドは熱心にカイトの相手をしてくれている。
だが、目的は別にもあるようでオズワルドは元傭兵のジャンの話を熱心に聞きたがっていた。
いくつかの国を渡り歩いたというジャンは一部の者からすれば伝説の傭兵らしい……長いこと我が家の料理人をしてくれているけれど人に歴史ありとはよく言ったものだと料理長の意外な面に少し驚いた。
「えいっえいっ」
意外と言えば、何を影響受けたのかカイトの隣で一回り小さい木刀を振るベルグラント。
カイトが練習を始めてから「僕もやりたい!」と珍しくお父さまにお願いをしていた。
魔力の訓練もやるのよと伝えても両方やると息巻いている。
大人しい子だと思っていたけれどベルグラントもやっぱり男の子なのね。
カイトも面倒を見るからと言ってくれたので応援する事にした。
「ふんっふんっ」
「えいっえいっ」
二人とも一生懸命で可愛らしい。
キラキラと良い汗をかいている。
魔力と武術、ここ最近我が家は今までにないくらい活気に溢れていた。
「にいさま、あれ! あれ!」
テーブルに並ぶジャン特製の焼き菓子の一つをアディリシアの小さな手が指差した。
ライルの膝の上に立ち上がらんとばかりに身を乗り出すのでライルは落ちない様に抱えるので両手が塞がってしまう。
お気に入りの花の形の焼き菓子をアレンが代わりに一つ取って手渡すと嬉しそうに両手でそれを受け取ってアディリシアは大人しくなった。
「アディ、ありがとうは?」
「ありがとうです」
「どういたしまして」
オズワルドと一緒にやって来たアレンは私たちと一緒にお茶をしながら修行の様子を眺めていた。
「そう言えば、ゾーイ殿とはうまくやれているみたいだね」
「ええ、子供が苦手だとおっしゃられた時は少し心配だったけれどゾーイ様が子供扱いしないで話す分ベルは大人扱いされているようで嬉しいみたい」
あれから数回ほどゾーイ様に授業をしていただいた。
相変わらず口調や仕草は淡々としているものの教え方は的確でベルグラントもやりがいがあるようだった。
アディリシアに関しては幼いせいかふわふわと聞いているのでゾーイ様の言葉を分かりやすく噛み砕いて伝えるのが授業の際の私の仕事になっている。
「ライルもゾーイ殿にお会いしたのかい?」
「はい、私の魔力は教わるほど多くも無いので授業参観の様な形で同席させていただいたのですがゾーイ様は本の造詣が深く面白い本をいくつかご紹介いただけたので時折また同席させていただこうと思っています」
思った通り本好きのライルはゾーイ様と話が合ったらしい、増々本の虫になってしまいそうだ。
「ライルもカイトたちに混じって少し体を鍛えてみてはどう?」
「姉上、人には向き不向きというものがあります」
「そうだけれど、やってみたら向いてるかもしれないじゃない?」
「本当にそう思いますか?」
「……そうね、どうかしら」
「姉上…」
「アディねぇ、あれやるぅ」
ライルと何とも言えないやり取りをしていると
もくもくとお菓子を食べていたアディリシアが急に声を上げた。
カイト達の方を見てジタバタしたかと思うとライルの膝の上からぴょんと飛び降りる。
「アディは良いのよ、まだ小さいんだから」
「アディちょっと待て!」
引き留めようと声をかけてもアディリシアは一目散にテトテト走って行くので慌ててライルが席を立って追いかけた。
小さいのに意外とすばしっこい。
「あはは、アディは好奇心旺盛だね」
「お転婆になるわね、あの子」
微笑ましく笑うアレン、思わずため息をつく。
「まぁ君の妹だしね」
「どういう意味かしら」
「幼い頃の君も充分お転婆だったよ」
「もう、今は違うでしょう」
幼馴染の困ったところは昔の恥ずかしい事も知っていることだ。
確かにアレンと厨房に潜り込んだり、庭中を駆け巡ったり弟たちを巻き込んで隠れんぼをしたりしていたけれど……そう言えばいつからそういう事をしなくなったのかしら。
アレンが寄宿学校に入る頃……違うもう少し前、お母さまが体調を崩された頃だ。
「お母さまは私がお転婆でも笑って許してくれたわね」
「そうだね」
私ったらアディリシアに女の子だからダメだとつい言ってしまった。
目の前では真似したがりのアディリシアにどこから見つけて来たのか小さな枝を握らせてオズワルドが素振りの真似をさせていた。
「いいぞアディ」
褒められてアディリシアが力を入れて腕を振るとポーンと木の枝が手から抜けて遠くへ飛んでいってしまった。
あまりに勢い良く飛んで行ったのでアディリシアは何が起こったのか分からず不思議そうに自分の手を見ている。
その様子がおかしくて皆で声を上げて笑いあう。
こういった事もひとつひとつ勉強なのだ。
「私もまだまだね」
独り言のつもりだったけれどそれを唯一拾ったアレンはポケットから何かを取り出すと握ったままテーブルの上に手を置いた。
「見ていて」
短くそう言った後、ポンッとかわいい音を弾けさせて開いた手のひらにいくつもの小さな花たちが現れた。
色とりどりの花たちが淡い香りと共にテーブルに零れ落ちる。
「かわいい……」
「気に入った?」
「ええ、どうやったの?」
「ポップコーンフラワーとでも言うのかな、魔術で熱を与えると種が破裂して開花するようにしたんだ」
「アレンが作ったの?素敵ね」
「花が咲く以外に特に何の役にもたたないけれどね」
「そんなこと無いわ、これを見たらみんな笑顔になれるもの」
「……そう言ってもらえて良かった」
アレンは嬉しそうに目を細めた。
テーブルを飾る色とりどりの小さな花たち、その優しい色合いはアレンの心を現すかのようだった。
きっと元気づけてくれたのだ。
「ありがとう、アレン」
「僕は……ゾーイ殿の様にすごい魔術もないし魔道具も作れないけど、どんな時も君を笑顔に出来ればと思っているよ」
いつだって一番に気にかけてくれる優しい幼馴染み。
暖かい気持ちがふわりと胸に広がった。




