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第ニ章 01

 

 お母さまが亡くなられてから早くも半年が経った。


 この国では喪に服すのは半年間から1年の間が主流だとされている。

 それ以上に悲しみ過ぎると魔に魅入られると言い伝えがあるからだ。

 でもそれは区切りを付けないと人は立ち直る事が出来ないからかもしれないと、そんな風に今は思う。


 お母さまがいない喪失感はどれだけ時間が経っても薄れる事はなかった。


 それでも、悲しんでばかりはいられない。

 現実と向き合って生きて行かなくてはいけない、お母さまの為にも。


 お父さまはお母さまが亡くなられてからは今まで以上にお仕事に励むようになり王宮に泊まり込む事も多くなっていった。


 私の下には4人の弟妹がいる、お母さまの代わりにはなれないけれど私がしっかり守らなくては。

 家の事、領地の事などお母さまが存命の時から代行としてお手伝いしていた事もあり、然程戸惑う事もなく手を付けることが出来た。

 もちろんほとんどはお父さまとモーリスが処理しているのだけれど。

 社交界へは成人の儀を過ぎれば参加出来るけれど、しばらくは母の喪に服すため華やかな場を控えどうしても必要な場合だけ参加する事にした。



 問題は弟妹たちだった。


「お姉さま、お父さまは今日も居ないの?」

「ベル……」


 夕食のテーブルで空いたままの席を見て寂しそうにベルグラントが問いかけてきた。

 もう何度目かになるこのセリフに思わず返事を窮してしまうと察したモーリスが助け舟を出してくれた。


「ベル坊ちゃま、旦那様から先程お仕事で遅くなるとご連絡がございました。皆様には先にお食事を済ませて休ませるよう言付かっております。お伝えするのが遅くなってしまい申し訳ありません」

「……お仕事じゃ仕方ないね」


 しょぼんとしながら呟いたベルグラントの隣でカイトはツンと唇を尖らせていた。

 お行儀悪くフォークを振り回しているのでその手を掴んで止めさせる。


「どうせ、父さまは俺たちよりお仕事の方が大事なんだ」

「カイト、そんなことを言ってはダメよ。お父さまは今お仕事が忙しい時期なのよ。落ち着いたらまたご一緒に過ごせるわ。ほら、またニンジン残してるわよ」

「ニンジン好きじゃない、ベル俺のやるよ」


 カイトは自分の皿からニンジンだけをベルグラントの皿へと移した。


「もう、弟に嫌いなものを渡さないの!好き嫌いはダメよ」

「僕ニンジン好きだよお姉さま」

「ああ、ベル……良い子過ぎるわ。ライルも何か言ってちょうだい」


 弟2人のやりとりを傍観している長男に話を振ると、彼はまた別の方向に顔を向けていた。


「姉上、アディがスープ零している」

「ええっ!そういうことはもっと早く言ってちょうだい!ハンナ!ハンナ!」


 アディリシアが傾けていたカップを抑えテーブルに広がるスープの海を慌てて最小限に抑えようとする。


 三日に一回はこんなドタバタの夕食だった。

 落ち着いて食事出来ればラッキーなくらいだ。

 料理長のジャンにも申し訳ない。


 お母さまが居た時はこんなことなかったのに。


 こんな時、お父さまが居ればきっともっと違うのだろうか。

 お父さまが私たちと夕食を共にする機会が減って、みんな寂しい思いをしている。


 思い切ってお父さまにもっと弟妹たちと過ごす時間を作っていただけないか尋ねてみたが今は仕事が忙しいとのお返事だった。

 目も合わせず疲れた様子に心配になるけれど、どこか拒絶するような姿にスカートを握りしめる手が震える。

 私はそれ以上何も言えなくなってしまった。





 *******




 先日マリおば様が突然やってきてお父さまにお説教しているのを耳にした。

 どこかで私たちの様子を聞いたらしい。


 マリおば様と言えば成人の儀の際に王宮で国王様にご挨拶をした際、その傍らにマリおば様がいて大変驚いてしまった。

 いつもとお化粧も異なり豪奢な衣装に身を包み白いローブを纏う姿は輝くばかりで言葉を失う。

 まさか王妃様だったなんて思いもしなかったのだ。

 道理で家名を秘密にしていたわけだと納得。

 国王陛下もマリおば様の旦那様として以前会った事のあるアートおじ様だと思うと衝撃だった、厳しそうな表情はまるで別人に見える。

 滅多にお会いした事はないけれどもっと陽気で砕けた雰囲気の方だったはずだ。


 マリおば様は私が驚いているのを察してお茶目にウインクをして小さく手を振ってくれたりしたけれどもちろん私は返せるはずもない。

 次に会った時に普通に会話できるだろうかと心配したりもしたがどうやらそれは杞憂きゆうであったらしい。

 正体を知った後もマリおば様は今まで通り様子を見に来ては気さくに接してくださり、時には2人のお子様を連れて遊びに来てくれたりした。


 しかしマリおば様のお子様という事は王子殿下である。


 一緒に遊ぶ際に長男のライルは落ち着いているからともかく下の2人、特にカイトはやんちゃで失礼がないか心配したがそこはさすがマリおば様の息子である。

 2人の王子殿下も大概やんちゃであった。


 9歳のチェスター王子はベルグラントと年が近くカイトは2人に兄貴風をふかしていた。

 末っ子のアディリシアと同じ年のセオドール王子は仲が良く双子のようにいつもくっついて側にいる。

 この2人は大人しくしている事が多いので割と安心だ。


「マリおば様、いつも気にかけてお越しいただいてありがとうございます」

「いいのよ。ウチの子たちもここでは羽を伸ばせて喜んでいるわ」


 庭を駆け回りはしゃぐ子供たちを見守りながらマリおば様と私はゆっくりとテラスでお茶を飲んでいた。

 男の子たちは楽しそうに駆け回り、それについて行こうとするアディリシアをこの中で一番上のライルが面倒見つつ一緒に遊んでいた。


「マクシミリアンとはちゃんと話せているの?」

「お父さまは相変わらずお忙しいようです」

「もう!仕方のない人ね。仕事に逃げているだけじゃないかしら。良い大人が情けない」

「……それだけお母さまを愛していらっしゃったんですわ」

「それはあなた達も同じでしょうに」

「……おば様も、同じですわね」


 私の返しが予想外だったのかマリおば様は少し驚いたように目を見張った。

 そしてそっと私を抱き寄せて呟く。


「そうね、そうだわ」




 お母さまがいなくなってから心にポッカリと穴が空いたまま。

 しっかりしなくてはいけないのに。

 まだ、思うだけで涙が溢れてくる。



『心豊かにありなさい』



 ごめんなさい、お母さま。


 まだその心の余裕が持てそうもないのです。



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