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第五章 06

 

 予感とは儚くも崩れ去るものである……

 丘の上に戻った私たちを待ち受けていたのは予想もしない光景だった。



「うぎゃぁぁぁあ」


 響く泣き声に吹きすさぶ風

 舞う花びらと木の葉たち

 それはまるで嵐のようだった…


 侍女たちが食べ物や荷物を守り、ナターシャ様とセドリックおじ様がセオドール王子を庇う。

 皆を守るように魔力を使って風をおさめようとするベルグランドを倒れないようにカイトが支えている。

 そして何故か口元から血を流すお父様を介抱するライル。


 敷布から少し離れた場所でマリおば様は元凶と思われる泣き叫ぶアディリシアを抱き上げてなだめようとしていた。

 私はその光景に直ぐマリおば様の元へと走り出す。


「マリおば様! いったい何が……」

「ルディ! 良かったわ早くアディリシアを泣き止ませて!」

「は、はいっ」


 マリおば様の腕の中から完全に泣きスイッチの入ったアディリシアを受けとる。

 こんなに大泣きするのは久しぶりだ、いったい何があったのか気になるけれど今は早く静めないと……

 まだ魔力を使いこなせないアディリシアは感情が高ぶったりするととんでもない力を発揮したりする。

 そう、こんな風に大泣きしたときなどは嵐が起きるのだ。


「アディ、私よ。もう大丈夫だからね」


 涙で顔をぐちゃぐちゃにしてイヤイヤと体を捩るのを押さえ込む。

 容赦なく全力で泣いているので気をつけないと思わぬ攻撃を受けてしまうので大変だ。


「すごいな、アディリシアは。ほらほら泣きやまないと可愛い顔が台無しだよ」


 アートおじ様は暴風にもめげず、にっこりと微笑んでアディリシアにハンカチを差し出した。


「やぁぁぁ」


 おじさまが近づいた瞬間、更に手を振り回すアディリシア。

 グンと強い風がおじさまに直撃し後ろに押しやられるようにたたらを踏んで尻餅をついた。


「父上!」

「危ない危ない、近づくのも無理そうだな」

「ごめんなさい! おじさま」

「大丈夫だ、アディリシアを優先してくれ」


 アートおじ様は駆け寄って来たチェスター王子を飛ばされないように抱え混んで少し距離を取った。

 風は強さを増している。


「アディリシア落ち着いて、そんなに泣かないで大丈夫よ」


 ポンポンと背中を叩いても落ち着かない。

 せめて何かアディリシアの気をひいて意識をこちらに向けないと。

 何か、アディリシアのお気に入りのとか。


「カイト! アディリシアのぬいぐるみは?」

「姉さま無理! こっちはベルが風を防ぐので手一杯だよ! 俺が支えてないとベルが飛んでいっちゃう」


 敷布の周辺に強風が入り込まないように風で暴風を防いでいるらしい。

 確かに敷布の周辺は少しだけ風が弱くなっていた。

 その中でお父様はなんだか負傷中だし、エマ様たちも対応しかねているようだ。


「うぎゃぁぁぁぁ」

「アディ泣き止んで」


 変わらず泣き叫んでいるアディリシアにダメだと言うのになんだか私も泣きたくなってきた。

 どうしたらいい?

 もういっそこの場から立ち去った方が良いのかもしれない。

 そうすれば皆に迷惑をかけずに落ち着くまで泣かせてあげて自分が耐えればいいだけだ。

 そう思って足を踏み出そうとした時、


「ルディごめん!」


 呼ばれた瞬間、口元を手で塞がれる。

 驚く間も無く目の前に小さな花と若葉が舞った。


 キラキラと光る粒子に微かに甘い匂いが漂う。

 一瞬目の前がくらりとしてバランスを崩すとアディリシアを抱えたまま後ろに倒れそうになるが背中から抱き込む様に支えられなんとか転倒はしないですんだ。

 ちらりと手の主を見上げると幼馴染の真剣な横顔が見えた。


「くちっ」


 アディリシアは小さなくしゃみをするとクタリと私の胸に倒れ込む。

 それと同時に風は止み、一瞬のうちに静けさが訪れた。


「お、収まった……」


 ホッとして思わずその場にヘタリと座り込んでしまう。


「アディ?」


 静かになった妹を覗き込めば目を閉じてぐったりとしている。

 慌てて抱き起こすがピクリとも動かない。


「アディ! アディ! どうしたの」

「ルディ落ち着いて、大丈夫。寝てるだけだから」

「……ほんとに?」


 背後から伸びた手が涙と汗ではりついたアディリシアの前髪を払う。

 確かに胸は呼吸にあわせて上下しているし寝ているようにも見えるけれどその表情は穏やかではない。


「苦しそうだわ……」

「あれだけ泣き叫んだ後だからね」

「……ふむ、ココヌの葉とカエカの花を混ぜた即席の鎮静剤だね。ここで採取したやつかな」


 いつの間にか側に来ていたセドリックおじ様はアディリシアの髪に付いていた花と葉と摘まみ上げて言った。

 私と目が合うと安心させるように微笑む。


「害があるものじゃないから安心して大丈夫だよ」

「おじ様」

「ただ……アレン、“調合”は片手でするものじゃない。効果が不安定になる」

「そんな余裕がある状況には見えなかったんですよ、父上」


 どうやらアレンは採取した花と葉を片手で磨り潰して魔力をかけて“調合”したらしい。

 でも片手だったのはきっと……。


「おじ様、アレンは私が吸い込まない様に手を貸してくださっていたんです。だから……」

「いいんだよ、ルディ。まだまだ僕は見習いだからね」

「そうそう、まぁ見習いにしてはよくやったかな。アレン、ミニッカの葉はあるかい?」

「あります。水に付けたものですが」

「ちょうどいい」


 アレンが鞄からビンを取り出し細長く濃緑の葉を一枚セドリックおじ様に手渡した。

 おじ様はそれを指で何回かしごいた後、ピンと指先で弾いた。

 すると濃緑葉が一瞬で青緑に変わる。

 そしてまた指でしごくとその葉をアディリシアの鼻先に当てた。


「一度ちゃんと起こしてから寝かせてあげた方がいいからね」


 そのミニッカの葉からスーっとする薄荷の様な香りがした。

 気付け薬の様なものらしい。

 しばらくしてアディリシアはパチパチと目を開いた。


「アディ、気分はどう?」

「ね、さま」


 ぼんやりしつつもギュッと抱きついてくる。

 グズグズはしているが取り敢えず落ち着いたみたいで良かった。

 安堵のため息がでる。


「ルディ、アディリシアは大丈夫?」

「何とか落ち着いたみたいです」


 マリおば様が心配そうに近寄ってくる姿にヘラリと笑って返す。

 なんだかこの短時間でいっきに疲れた気がした。




「それで一体全体何がどうなってこうなったのかしら?それにお父さまのその怪我は何?」


 つい問い詰める口調になってしまったのは許してほしい。

 お父さまは口元をタオルで抑えたままでどうやら話せそうもなく、即席でアレンとセドリックおじ様に薬を作って貰っていた。


 そして私の問いに誰が話そうかと視線を交わし合う弟たちの中で長男のライルが覚悟を決めたように一つ深呼吸して話し出した。


「姉上がアディを父上に託して去った後、父上が……まぁアディと交流を試みまして…」


 その中でアディリシアが言ったらしい。


「アディね、おねーさまとね、いっしょなの」


 この質問はマリおば様に会って早々にアディリシアがしたものだ。

 もちろんマリおば様は察しが良いのですぐに気付いたけれど……。


「ルディと?何が一緒なんだい」

「……むぅ」


「教えてくれないだろうか」

「……いっしょだもん」


 気付いて欲しいアディリシアと気付かないお父さま。

 アディリシアの機嫌が悪くなっていく。


 ライルが助け舟を出そうとしたとき、何を考えたのかお父さまがアディリシアを膝に乗せようと抱え上げた。

 もちろん嫌がるアディリシア。

 いやいやと動いた瞬間、抱えていた事もありアディリシアの後ろ頭がお父さまの顎にクリーンヒット!

 勢いもあり見事に唇を切ったらしい。


 頭を打って半泣きになりながらアディリシアが振り返ると口から血を流すお父さま。

 無表情が通常のお父さまがそのまま口から血を流していたらさぞ怖いだろう。

 案の定衝撃を受けて怯えたアディリシアに泣きスイッチが入るがやめとけば良いのにお父さまが宥めようとしてしまったらしい。

 口から血を流したまま。


「それで、何かが切れてしまったのかアディリシアがあんな事になってしまいました」


 止めることが出来なくて申し訳ないとライルが呟く。


 それは、なんとも不幸な出来事だけれど……

 残念ながら不器用にも程がある。


「お父さま……申し訳ないですけどしばらくアディリシアに近づかないでください」


 静かに放った言葉にお父さまは黙って頷いていた。



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