第五章 04
木々の中に入ると思いのほか日の光が遮られ薄暗い景色が広がる。
木漏れ日を頼りに足跡を追いかけて進んだ。
「チェスター! ライル! アートおじ様!」
呼びかけてみても返事が来ない。
もっと奥へ進んでしまったのだろうか。
いつもミクムの丘に来るときに森の方へ来ることはほとんどない、まして一人でくると薄暗い木々の間はどこか寂しく心細かった。
「ライルとおじさまはチェスターに追いついたかしら…」
こんな所に一人でいるのはきっと悲しい。
ガササッ
「っ!」
突然の音にビクリと身をすくめるが鳥が飛び立っただけのようだった。
心臓が早鐘を打つ。
次の瞬間、チェスター王子の悲し気な顔が浮かんだ。
探さなくちゃ。
「チェスター!」
理由はわからないけれど、傷つけてしまったのなら謝りたい。
「ライル!」
次第に途中から獣道へと変わり、足場が悪くなっていく。
焦りから茂みにスカートが引っかかるのも気にせずに前に進んだ。
そう大した時間差があったとは思えないけれど、こんなに追いつけないものだろうか。
行き違いになったのかもしれない……そろそろ戻るべきかと思った時、目の前に何かが飛び出して来た。
「モグラウサギ?」
ウサギにしては短めの耳と少し尖った鼻、穴を掘るのに特化した固い爪に茶褐色の毛玉みたいな姿は山奥に穴を掘って生息しているはずのモグラウサギだった。
私に気付いたのか一度止まってこちらをじっと見つめてくるつぶらな瞳。
丸っこくモフモフしていてなんとも可愛らしい。
「……こんな所にいるなんて珍しい」
もしかしてチェスター王子が見かけた珍しい動物とはモグラウサギの事かもしれない。
モグラウサギはチョコンと首をかしげるような仕草をしたあとゆっくりと跳ねて行く。
時々こちらを振り返るのはまるでついてこいとでも言ってるようで思わず後を追いかけてしまった。
しばらく進むと突然視界が開け、ポツンと吹き抜けた場所へと出た。
追いかけていたモグラウサギがいつの間にか見当たらない、けれどその代わりにあったものに目を奪われる。
「立派な木」
開けた空間の中央に両手を広げても足りない程の大樹がそびえ立っていた。
上に高く伸びて空の青さに負けないほどの深緑の葉を茂らせて広がる枝。
引き寄せられる様に木のそばへ行き、そっと手で幹に触れと長く生きた証とばかりに樹皮に出来た割れ目が様々な模様を描きだしている。
さわさわと葉擦れの音が響き、鳥の声を遠くに聞いて…まるで日常から切り取られたような空間だった。
ちょっとだけ息抜きをしてもいいだろうか…。
コツンと木に額を付ける。
「はぁ……私ってダメね」
追いつけると思ったのに大誤算。
それにアディリシアとベルグラント、下の2人に手一杯でライルやカイトの事が後回しになっていた。
お母さまごめんなさい。
私ちっとも頑張れてないわ。
ぐるぐると自己嫌悪が頭の中を駆け巡る。
こんなだからチェスター王子の事も傷つけてしまったんだわ。
「ルディ?」
不意に名を呼ばれ我に返る、誰かと振り返れば眩しい光が目に刺さった。
逆光の中に立つ人影の姿を認めるのにしばらく時間がかかる。
「やっぱりルディだ!どうしてこんなところに?」
「アレン?」
驚いた顔をして近づいて来るのが先ほど噂していた幼馴染みだと気付き、ふっと笑みがこぼれた。
アレンは歩きながら手に持っていた紙の束とペンを肩から斜めに下げた重そうなバッグにしまっていた。
「久しぶりだね」
薬術師の服装はいつもより彼を大人びて見せていたけれど、どこか幼さの残る見慣れた笑顔に急に肩の力が抜けていく。
「アレン良いところに!この近くで男の子を見かけなかった?黒髪の色白で綺麗な男の子なんだけど」
「……男の子?……見かけてないけど、その男の子と一緒に来たの?」
「さっきまで丘の方に一緒に居たのだけど……こっちの方に走って行ったから追いかけてきたものの見つからなくて」
「ふぅん……」
「どこに行っちゃったのかしら」
ライルとアートおじ様もみんな一緒だと良いけれど。
「ルディ、知らないかもしれないけど今日はこの丘の辺りは薬術院が調査しているから立ち入り禁止になっているはずだよ」
「え、ええ……」
それは知っているけれど、アレンは皆でピクニックに来ていることを知らないのかしら。
ナターシャ様とセドリックおじ様もいらっしゃるのに。
「あの、アレン?」
「それに君を置いて行くような男なんてどうかと思うけど」
「違うのよ、私が何か傷つけてしまったみたいで」
「ルディが?」
「せっかく一緒に森を散策する予定だったのに」
「……そう」
なんだか素っ気ない返事にハッと気付く。
アレンはお仕事の最中だったという事に。
「ごめんなさい、お仕事中だったのよね。引き留めて悪かったわ。気にしないで行ってちょうだい」
「いや、別に……」
「いいの、大丈夫だから……戻って……いっ!」
じりっと後ろに下がると背に木の幹がぶつかった、大丈夫だと首を振った際に運悪くピンと髪が引っ張られる。
どうやら樹皮に髪が引っ掛かってしまったみたいだ。
軽く頭を振ってみても取れる気配が無い。
「どうかした?」
「な、なんでもないの。どうぞ、行って」
まさか髪が木に引っかかったなんて言えない。
お仕事忙しいだろう。
なんでもないと微笑んでアレンにお仕事へ戻る様にと促して手を振った。
だが、私の思いとは反対に訝しい顔をしてアレンがこちらに近づいてくる。
「ア、アレン?お仕事は?」
「そんなに立ち去って欲しい?」
「そう言うワケじゃないけど」
「一緒に居た男が戻ってくるから?」
「?戻って来てくれたらそれはそれで良いんだけど……」
「じゃあ何で僕を追い払おうとするのかな?」
トンと私越しに後ろの木に片手を付くアレン。
いつの間にか私よりずっと背が伸びて今は見上げるほどだと改めて気付く。
くっきりした目鼻立ちに長いまつ毛、まじまじと見れば男の人なのになんて綺麗な顔をしているんだろう。
それにしても……距離が近い。
髪が引っ掛かって顔が動かせないので視線だけ下げて目を逸らした。
「お、追い払おうとなんてしてないわ」
「早く行けって言ったのは?」
「だから……」
「だから?」
「みっともないところを見せたくなくて」
「みっともな……え?」
「か、髪が木に引っ掛かって取れなくなったのよ」
ぼそぼそと言ったけど、チラリと見上げればちゃんと聞こえたらしくアレンは驚いた顔をしている。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってこんな感じだろうか。
「…………」
「間抜けだと思ったでしょう、私だって思うわよ」
「あー……樹皮がささくれた所に引っ掛かってしまったんだね」
「いいのよ、笑っても」
「笑わないよ、だからそんなに拗ねないでよ」
そう言いながらも笑みを浮かべているアレンはむくれている私の頬をつんとつついた。
引っかかった髪を自分で外そう手探りでいじればその手を掴んでよけられてしまう。
「大丈夫、ちゃんと取ってあげるよ」
「いいわ、もう……ハサミとか持ってない?」
「切る気かい?ダメだよ、せっかくこんな綺麗な髪なのに」
アレンの手が髪に触れる。
両手で丁寧に髪を外そうとしてくれるのもあって益々距離が狭まってしまった。
「きっとこの木もルディの綺麗な髪に触れたくなったのかもしれないね」
「またそういう事を言う……」
寄宿学校では女性に会ったらこういう事を言うように教育でもしているのだろうか。
私の栗色の髪に比べたらアレンの蜂蜜色の髪の方がよっぽど綺麗だ。
「あと少し、痛かったら言って」
身を屈めたアレンの髪が頬にかかる。
ずっと外で作業をしていたのかお日様の匂いがした。
「っと、取れた」
「ありが……と」
お礼を言って顔を上げれば至近距離で目が合ってしまった。
吐息がかかるほどの距離で視線が逸らせない。
コツンと額がぶつかった。
「……ルディ無防備過ぎ」
「え? 今なんて?」
ぼそり呟かれた言葉が聞き取れなかった。
「なんでもない、いっ!」
何かがドンとぶつかりアレンが後ろへと退く。
私とアレンの距離が開くと間に小さな背が飛び込んできた。




