第一章 03
でも本当は万事大丈夫という訳ではなかったようだ。
妹を産んだあと、お母さまの体はどんどん弱ってしまった。
寝込むことも多くあまり外を出歩く事も出来なくなっている。
「お母さま、アディをお散歩に連れて行っても良いかしら」
「ええ、ありがとうルディ。アディはお庭が好きだから喜ぶわ」
妹はアディリシアと名付けられた。
お母さまゆずりの淡い金髪で目がくりっとしていて色白で将来は美人になることでしょう。
「あー、うー」
「はぁい、アディおいで」
ベビーベッドでもさもさしていたアディリシアを抱き上げると侍女のハンナはストールをかけてくれた。
そのまま行ってきますとお母さまに挨拶してハンナと一緒に庭へと向かうとアディリシアはきゃっきゃと笑い声を上げた。
外の風が気持ちいいのかもしれない。
「楽しそう、アディはお庭が好きね」
手をバタバタさせるアディリシアを抱き直す。
じっとしていないので抱え辛い。
「ルディアお嬢様のお小さい頃とそっくりですよ」
私たちを見てハンナがどこか懐かしそうな顔で微笑みながら言った。
ハンナはお母さまが結婚する前から仕えている侍女だ。
「私、こんなにお転婆だったかしら」
「うきゃぁ」
まだ腕の中でジタバタするアディリシア。
見かねてハンナが手を出してきたのでそっと抱き渡すとポンポンと背中を叩いたとたんにアディリシアは静かになった。
「……さすがハンナね。私じゃこの子をなだめられないわ」
「だてにお嬢様とお坊ちゃま方を育てていませんからね」
「そうね、ハンナは第二のお母さまだわ」
「まぁ、もったいないお言葉です」
おどけて言えばハンナは嬉しそうに微笑んだ。
ずっと側で見守ってくれているので本当にそう思う。
「ねぇハンナ、お母さまの具合はどう?最近はなかなかベッドから出られないみたいだけど」
「大丈夫ですよ。旦那様が良いお薬をお探しなさっていますし、きっと良くなられます」
「そうね、でも私時々怖くなるの。お母さまに万が一の事があったらって」
「お嬢様、お気を強くお持ちになってください。奥様がこんな素敵なお嬢様やお坊ちゃまたちを置いて万が一なんてあるわけありません。しっかりなさってください」
「ありがとう。気持ちで負けていたらダメね。お父さまも頑張っていらっしゃるし私も調べてみるわ。早く元気になって欲しいもの」
「ええ、その意気でございますよ」
ハンナの励ましもあり、お母さまが元気になる方法を探すため私は勉強に励んだ。
お父さまに付き添って王立図書館へ行ったり、最近あんまり連絡を取っていなかった幼馴染に相談したりもしてみた。
そう、私には一応幼馴染がいるブローセン公爵家の長男、アレンだ。
幼少時にお母さまと参加したお茶会で知り合い思いのほか気が合った為、友好が続いている。
現在は寄宿舎に入っているのですっかり疎遠になってしまったが手紙のやりとりはポツリポツリと行っていた。
ブローセン家は代々王宮で薬術師をしているのでアレンに相談したところ調べて良い薬が見つかったら教えてくれるとのことだった。
頼りになる幼馴染だ。
お父さまと私、そしてマリおば様という心強い方も含め片っ端から調べてお母さまの治癒方法を探してみた。
様々な治療を試してみるがどれも特効薬とはならず、お母さまの病状は改善しないまま2年がたってしまった。
アディリシアは天真爛漫に育ち、愛らしい天使のような子供になっていた。
「お誕生日おめでとうルディア」
「ありがとう、お母さま」
私が16歳になった日、お母さまの部屋を尋ねれば優しく抱きしめてくれた。
抱きしめ返す背のその薄さにお母さまの体が限界を迎えているのを感じる。
「少しお庭をお散歩してみない?今日は私も気分がいいのよ」
「お母さまが大丈夫なら」
「ハンナ、アディをお願いね」
「かしこまりました奥様」
2歳になったアディリシアはソファーですやすやと寝てしまっている。
最近お母さまと2人でお話することも少なくなっていたので貴重な機会だ。
私はお母さまの細くなった手を引いてゆっくりと庭へ足を運んだ。
「風が気持ち良いわね」
「お母さま、寒くはありませんか?」
「大丈夫よ。それにルディとくっついていると温かいわ」
それでも無理はさせられないと日当たりの良いベンチへと腰掛けることにした。
お母さまは久しぶりの外の世界に眩しそうに庭を見渡している。
ふわりと柔らかい風がお母さまと私の髪を優しく撫でていった。
「ルディア、あなたには苦労をかけるわね。私の代わりに慈善活動を続けてくれてありがとう」
「苦労なんて、ありませんわ」
「弟や妹たちの面倒も良く見てくれてありがとう、これからも可愛がってあげてね」
なんだかお母さまの言葉を聞くと胸が痛む。
微笑んで私を見るお母さまが儚げでまるで消えてしまいそうだった。
「お母さま、いやですわ。どうなさったの?」
「あなたに沢山お礼を言っておかなきゃと思って」
「そんなのまるで…」
まるで遺言みたいではないか。
目頭が熱くなり思わずキュッと唇をかみしめた。
お母さまの手が頬に触れ細い指がそっと目尻を撫でる。
ああ、ダメだ涙がこぼれてしまう。
「あなたが私の娘で良かった。自慢の娘よ、愛しているわ」
「お母さま」
「お父さまも不器用な方だから、あなたが支えてあげてね」
「支えるのはお母さまの役目です」
「これから楽しい事も素敵な事もいっぱいあるでしょうけど、その分辛い事も悲しい事もあると思うわ。でもね、いつだって心豊かにありなさい」
「……っ」
「きっと私はあなたのこれからを見届けられないけれど辛いときは私の言葉を思い出してね」
「いやです。見届けて欲しいです」
「ずっと見守っているわ」
「側にいてください」
「……ごめんなさいね、ルディ大好きよ」
お母さまとゆっくり話せたのはその日が最後だった。
それから私が成人の儀を行って間もなくお母さまは星の女神様の元へ旅立ってしまった。
私たち家族は太陽を失ってしまったのだ。