第三章 10
「ナターシャ様、外に出せましたわ」
「ルディ、お見事です」
「あれは何か逃げられる方法ですか?」
「ええと……」
よどむ言葉に前方の男たちに向けていた視線をちらりとナターシャ様に向けると表情が固まっていた。
「ナターシャ様?」
「……逃げられは、しないかしら」
「………え?」
呆然とナターシャ様を見つめると気まずそうに視線を逸らされてしまった。
ええと、ではなんだったのでしょうあの実は。
「そこのお前ら、何ごちゃごちゃ喋ってんだ!」
髭の男の声にハッと視線を向けるといつの間に取り出したのかナイフを帽子の男が抱えるカイトに向けていた。
サァッと血の気が一気に引いてきたが、ギュッとスカートにしがみついてきたアディリシアを見て歯を食いしばる。
なんとかしなくては。
「金を集めてたのはわかってんだ、さっさと出しな」
「そうさぁ、金さえ出せば手荒なことをしねぇからよ」
いつも気丈なカイトが涙目でこちらを見ている、早く助けたいけれどこちらは女子供ばかり。すぐそこだというのに出口には男2人で出ることも出来ない。
背後からは間もなくドアを突き破って先ほどの男が出てくるだろう。
ここはお金を渡せば誰も怪我をせずにすむのかしら。
不利な現状に心が負けそうになってくる。
でも本当に?
顔を見た私たちに何もしないで去ってくれるのだろうか。
バキバキッ
背後で一際大きな音がする、扉の壊れる音だった。
「ったく手前かけさせやがって」
「「親分」」
ドアを塞いでいたチェストを壊しながら棍棒の男が再び姿を現す。
帽子と髭の男が棍棒の男を「親分」と呼んだ男は頭から血を流し怒りにギラギラと目を血走らせていた。
「ったく、お前らもモタモタしてんじゃねぇ。ジミーの野郎が時間稼ぎしてるとは言え、長居は無用ださっさと金を奪って出て行くぞ」
親分の言葉の中に出て来た名前は先ほどの引ったくり騒動の青年だ。
まさか……。
「そんな、ジミーのあれはこいつらの?」
ノーラが顔を青くして呟く。
シスター・ナディアがノーラの肩をそっと掴んだ。
「ノーラどういう事。まさかジミーってあのジミーの事?」
「シスター……」
ノーラは目に涙を浮かべて何かを否定するように首を振った。
ナターシャ様の表情も険しい、皆の考えたくない内容が頭をよぎる。
その様子に親分はニヤリと汚く笑った。
「おうよ、そのジミーだ。しかしジミーは良い奴だよ、このバザーも集めた金の動きも教えてくれんだからよ」
「なんてこと……」
シスター・ナディアは手で顔を覆う。
信じたくない言葉だった。
このならず者を手引きしたのがかつてこの孤児院で暮らしていた青年だなんて。
職人になると言っていた彼がこんな事をするなんて。
「あいつが言ったんだよ。手っ取り早く稼ぐにはこのバザーが狙い目だってここ何年かは額も増えてそれなりの金額だってこともな」
「嘘よ! ジミーはそんな事しないわ!」
ノーラが泣き叫んだがそれすらも笑い話のように話す男たち。
「こんな貧乏教会の孤児院に未練なんてねぇってな」
「ジミーも悪い奴だなぁ、いや悪者は俺たちか」
「違いねぇ」
ガハハハッと下品な笑い声を上げる男たちに怒りが込み上げてくる。
それは対峙する私たちだけではなく抱えられていたカイトも同じだったようだ。
帽子の男の腕から抜け出そうと必死にもがき始める。
「ん゛ん~」
「うるぜぇジタバタすんじゃねぇ!」
ガッ
男がカイトの頭を強く殴りつけた。
「やめて! 弟にひどいことしないで!」
ガクッと意識を飛ばす弟を見て思わず足を踏み出したが髭の男が持っていたナイフをこちらへと向けた。
「カイトにいさま」
アディリシアの周りに風が起こり空気の渦が出来始める。
「おい、そのガキに気を付けろ! 妙な魔法をつかうぞ!」
先ほど痛い目に合った親分が入り口の二人組に叫ぶと男たちは身構えた。
だが、次の瞬間にはフッと風は消えうせてアディリシアは床に膝を付いてへたりこんだ。
「アディ!」
「おね……さま」
「無茶しないで」
アディリシアの魔力を扱う力は不安定だ。
おそらく先ほど一度使ったことで力が抜けてしまったのだろう小さな肩を抱きしめた。
「はっ、なんでぇビビらせやがって」
「あなたが親分さん?」
鼻で笑ってこちらに近付く親分の前にナターシャ様が立ちふさがった。
ピンと姿勢を正し、凛々しく貴族然とした姿に強い意思を感じる。
「お金はお渡ししますから私たちを逃がしていただけますか?」
「やけに素直じゃねぇか、金は貰おう。だがお前らを解放しても俺たちが捕まったら意味がねぇ、逃げ切るまで付き合って貰おうか」
「あーあ、本当はさっさと金だけ奪って退散する予定だったのになぁ」
親分の言葉に帽子の男が続ける。
この事態は向こうにとっても予定外の事だったのだろう。
バザーで集まるお金なんて多いと言ってもたかが知れている。それでも一度で手にするにはそれなりの金額だ、どうせ女子供だけだと安易な気持ちで来たのだろう。
「親分、取り敢えず縄でしばっときますかい?」
「ああ、そうだな」
「はいよぉ」
帽子の男が気を失ったカイトを床に転がし、髭の男と一緒に縄を手にこちらへと近づいてくる。
威嚇の為か見えるように刃物をちらつかせながら私たちに縄をかけていった。
荒縄が腕に食い込む。
小さなアディリシアは健気にも泣くまいと一生懸命こらえていた。
「親分、全員連れていくんですかい?」
「そんなワケねぇだろう、一人だ。あとは置いていく。誰にするかだが…」
品定めでもするかのように親分は私たちを一人一人眺めていった。
「なんて人たちなの。こんな事許されないわ」
「ノーラ」
男たちを睨みつけるノーラをナターシャ様がたしなめた。
シスター・ナディアがひどく憔悴しているのが見える。
どうするべきか、この男たちがどこまで凶悪かはわからないけれど連れていく人質は私が最適だろう。
キュッと唇をかみ締めて開いた。
「私が……」
「わたくしを連れてお行きなさい。シスターと子供たちは逃がしていただけますね?」
ナターシャ様の声が私の声にかぶさった。
否を言わせまいとする力強い言葉に相手の男たちも一瞬ひるむ。
いつもの柔らかい雰囲気は消えうせ、それだけの迫力を纏う姿に私たちを守ろうとする大人の女性の強さを感じた。
お母さまの姿が重なり、心が揺さぶられ思わず頼ってしまいたくなる姿だった。
「ナターシャ様……」
「な、なんでテメェが仕切ってんだよ。……怪しいですぜ親分!」
髭の男が叫んだ。
親分はしばらくナターシャ様を睨み付けた後にちらりと私に目を留めた。
「……連れていくのはそこの茶髪の嬢ちゃんだ。後は逃がしてやっても良い」
「この娘はまだ子供です」
「その嬢ちゃんだ」
「わたくしはブローセン公爵婦人です。人質としての価値がないと思って?」
ナターシャ様の啖呵のようなキッパリとした発言に帽子の男がピュウと口笛を吹いた。
「なおさらだ、公爵夫人の価値は俺たちには重過ぎる。連れていくのはそこのお嬢ちゃんだ。あとは置いていく」
「親分が優しく言ってる内に聞いといた方がいいぜ」
「そうそう。んじゃ人選も決まった事だし後の皆様はお口も塞ぎましょうね」
「待ちなさっムガ……」
抗議を続けようとするナターシャ様に口布が当てられる。
そしてそのまま部屋の隅へと縄で繋がれてしまった。
ノーラやシスター・ナディアと続き帽子の男がアディリシアへと手をかける。
「この子はまだ小さいのよ、優しくしてあげて」
「俺らだって鬼じゃねぇ、ほれ嬢ちゃん姉ちゃんから手を離しな」
意外なほど優しく声をかけられたがアディリシアはイヤイヤと首を振って更に私にしがみつく。
「アディ、大丈夫よ。すぐに助けが来るわ」
「おねぇさまといっしょ」
「何モタモタしてんだ!チビは連れてかねぇよ、足手まといだ」
「やー」
強引にアディリシアを引き離したのは親分だった。襟首を掴んで引き上げる。
アディリシアが苦しそうに顔を歪ませた。
「このガキ、さっきは良くもやってくれたな。ふんっ」
「アディ!」
親分はブンとアディリシアを勢い良く壁に向かって投げ飛ばした。
小さな体が宙を飛び叩きつけられる前に空気を呼び集める。
少しでも衝撃を弱めようと魔力を絞り出してアディリシアの体を包んだ。
バンッと音を立ててアディリシアが壁にぶつかって床に転がった。
気を失っているようでわからないけれど大きな怪我はないように願う、すると今度は私の肩を親分が掴んだ。
「テメェも魔力使いか……お貴族さまってのはこれだから」
まるで視線で人を殺せるんじゃないかというくらい恨みの籠った目だった。
だったらなんだとばかりに睨み返す。
「覚えてろ、あのガキの分まであとで痛い目に合わせてやる」
ゾクリとする言葉に思わず体が震えてしまった。
気持ちで負けてはダメだと思うのに不安が募る。
「あのチビガキも連れて行け、この嬢ちゃんが余計なことをしねぇようにな」
「話が違うわ!妹は置いていって」
「黙れ!」
「……っ」
怒鳴り声が響く。
余計なことも何ももう私に何かできる様な力は残っていなかった。
それなのに……アディリシアを連れて行くなんて。
だけれど身が竦んで言葉を返すことが出来なかった。




