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第三章 08

 

 ナターシャ様たちと一旦分かれて私は弟妹を連れて孤児院の年少組のお店へと向かった。

 ジョージたち先程店番をしていたメンバーは交代して休憩に入っているらしくお店番の子供たちやご婦人たちが代わっていた。


 挨拶と共に簡単に弟妹を紹介してから用件を伝えるとお金を管理する担当のご婦人が準備を手伝ってくれたので外から見えない様にお金を回収して布でくるみ袋へとしまう。

 あとはナターシャ様と合流し、教会へと向かうだけだ。

 この時間、シスター・ナディアがすでに教会の方で待っていてくれるはずだ。


「カイト、アディ行くわよ」


 2人に声をかけて年長組のお店から来るナターシャ様たちと合流する場所へと向かう、と言ってもすぐ近くなので数歩と歩かない場所だった。


「泥棒!」


 それは突然の出来事だった。


「きゃぁぁぁぁ」

「待て!」

「捕まえろ!」


 響き渡る悲鳴と共に舞い上がる砂煙。


 泥棒と呼ばれた男が人混みの中をこちら側に向かって走り抜けて来る。


 咄嗟に弟妹を抱きしめて身構えながら様子を探ると騒ぎの中にアレンとオズワルドの姿が見えた。

 二人は暴れる男に体当たりをして地面に倒すとそのまま腕を捻りあげ、恐らく盗んだものであろうバッグを奪い返し押さえつけた。

 流石に男は観念したのか暴れるのを止めてぐったりと静かになる。


 次の瞬間、わぁっと歓声が上がった。


「すごいぞ兄ちゃんたち!」

「やるなぁ」

「ありがとう」


 騒動のあっという間の幕切れにざわざわとした喧騒が次第に収まっていくが弟妹はビックリしたままだった。


「姉さま…」

「大丈夫よ。二人共心配ないわ」


 落ち着いてと2人の肩を撫でてニコリと笑ったら少しだけ2人の表情が緩んだ。


「ルディ」


 騒動から2人の視線を逸らすため背を向けているとナターシャ様とノーラが足早にこちらへと向かって来る。

 私と同じ様にノーラがしっかりと布でくるんだ荷物を抱えていた。


「ナターシャ様、その……何があったのですか」


 カイトたちの手前、出来事を控えめに尋ねるとナターシャ様は素早く察し、小声で返してくれた。


「引ったくりよ、出店を見ている隙に荷物を取られたらしいの。でも良かったわ、すぐに捕まえる事が出来て。全くなんて罰当たりなのでしょうね」


「本当に……このバザーは子供たちの為に開かれていますのに」


 ちらりと地面に押さえつけられたままの男を見る。

 あの男が準備の時にぶつかってきた男だろうか。

 遠目だがよく見るとまだ若い男だった。


 誰かが呼んだのか早速騎士団が駆けつけて来る姿が見えた。

 これで一安心だろうとホッとした瞬間、オズに押さえ付けられている男の顔がこちらを向きはっきりと目に入った。

 ふとどこかで見たような面影が頭をよぎる。


「ジミー?」


 ノーラが呟いた名前に思わず息を飲んだ。

 信じられないものを見るようにじっと男の方を見つめるノーラ。

 その名前を持つ青年を思い出してみると記憶の中の姿よりも大分大人になっているがあれは間違いない。


「確かにジミーだわ。どうして彼が……」


 ジミーは何年か前に孤児院を巣立っていった青年だった。

 独り立ちする際に住み込みの働き口が見つかり職人になると希望に満ちた笑顔で孤児院を後にしたのをまだ覚えている。

 お母さまと一緒にその背を見送ったのだ。

 それなのに……ジミーはあの頃から想像もつかない程に今はひどく窶れた顔をして目の下にも深い隈が出来ている。

 思わず目を逸らしてしまった。



「一先ず今は騎士団に任せましょう。ルディ、先にノーラと教会へ向かって下さる?私は少し騎士団と運営のご婦人方に声をかけてから追いかけるわ」

「はい、ナターシャ様」


「ノーラ、ショックでしょうけど気をしっかり持ってね。今の事はシスターには私からお話しするから先にルディと手荷物を片付けてちょうだいね」

「……はい。ナターシャ様、ジミーもきっと何か事情があったんですよね。あのジミーがシスターが悲しむ事をするはずないもの」


 かつてこの孤児院に居たジミーは幼い子だちの面倒見が良く、優しい青年だった。

 率先してシスターたちの手伝いをして責任感も強く頼もしい存在だったのだ。


「……まだ何もわからないわ、今はやるべき事をやりましょう」


 今にも泣きだしそうなノーラの頬をナターシャ様が優しく撫でて落ち着かせようとする。

 私もノーラの手を取ってギュッと握りしめた。


「行きましょうノーラ、シスターが待っているわ。ではナターシャ様また後ほど」

「ええ、すぐに追いかけるわ」


 カイトとアディリシアも連れてバザーエリアから少し離れた場所にある教会へと向かう。

 ノーラと私の間に言葉は無く、そんな私たちの空気を読んだのかカイトもアディリシアも静かに付いて来ていた。






「シスター・ナディア?」


「奥のお部屋かしら」


 教会に着いて早々に出迎えてくれるかと思ったシスターの姿は無く、建物内はシンと静まり返っている。他のシスターたちやみんなバザーへと参加しているからだろう。

 そのまま奥の部屋まで足を進めると中から小さな物音が聞こえた。


 ガタンッ


 教会に入って一番奥のシスター・ナディアの部屋に金庫はあった。

 音はそこから聞こえて来るらしい。


「シスター・ナディア?いらっしゃいますか、ルディアです」


 ノックをして声をかけても返事が無い。

 ノーラと顔を見合わせてから古びた扉をゆっくりと開ける。


「失礼します」


 半分ほど開くと椅子に座るシスターの後ろ姿が見えた。

 居た事にホッとしてもしかして寝ているのかもしれないと声をかけて足を踏み入れた。


「シスター・ナディア。遅くなってごめんなさい」

「シスターお金を預けに来たよ。シスター?」


「待ってノーラ、何かおかしいわ」


 シスター・ナディアにノーラが駆け寄ろうとして違和感を覚えその腕を咄嗟に掴んだ。

 次の瞬間、


 ドスンッ


 ノーラの足元すれすれに棍棒が振り下ろされた。

 血の気が引いて思わず腰を抜かすノーラ。

 棍棒を手にしていたのはニヤリと笑みを浮かべた不気味な年かさの男だった。


「待ちくたびれだぜ、お嬢さん方よ」


 男は棍棒を肩に担ぎ上げて私たちを見下ろして言った。

 バクバクと心臓がうるさいくらいに音を立てる。


「ん~……ん゛~っ」


 呻き声の方を見れば椅子に座ったシスター・ナディアが首を目一杯捻ってこちらを見ていた。

 口に布を当てられてよく見れば手足が縛られている。


「なんてことを……シスターの拘束を解きなさい!」


「その持っている金を寄こしたらな」


「……このお金はあなたに差し上げるものじゃないわ」


「俺も手荒なことは嫌いなんだ、早くしろ」


「シスターにこんな事をしておいて何を言っているの」


 室内を見渡すが男は一人のようだ。

 年寄りと子供だけど思って余裕の笑みを浮かべている。

 後ろにはカイトとアディリシアもいるしどうすればいいのか。


「っ……お、お逃げなさい!」


「シスター・ナディア!」


「いいから直ぐにお逃げなさい!!」


 口布をずらしたシスター・ナディアが叫ぶ。

 男はチッと舌打ちをしてシスター・ナディアの椅子を力強く蹴飛ばした。

 ガタンと音を立てて椅子と共にシスター・ナディアが床に倒れこむ。


「やめて!」


 ノーラが泣き叫んだのと同時に私はシスター・ナディアへと駆け寄った。


「シスター!しっかりして」


 声をかけるが倒れたショックでシスター・ナディアは気を失っていた。

 見たところ出血は見られないけれど早く介抱してあげたい。

 縛っている縄に手をかけながら側に立つ男を睨み付けるが相手はニヤニヤ笑うだけだった。

 気持ちの悪い男だ。


「アディ!あいつにドンして良いぞ!悪い奴だ」

「わるいひと、ドンする!」


 思わぬタイミングで聞こえてきた弟妹の声。

 内容が理解出来ない間にぶわっと大気が動くのを感じた。


「行けーアディ!」


「ドーン!」


「なっ……」


 可愛らしい声とは裏腹に部屋にあった机が空中を舞い、男に向かって勢い良くぶつかった。

 ガシャンと激しい音を立てて机の残骸に埋もれる男。

 すぐに起き上がる様子は無い。


「姉さま今のうちだ!」

「え、ええ」


 カイトが駆け寄って来てシスター・ナディアの縄を解くのを手伝ってくれた。

 シスターに何度も声をかければぼんやりと覚醒する。

 頭を打ったのかもしれない。


「ノーラ手を貸して」

「は……はい」


「カイト、アディをお願いね」

「うん!」


 ノーラと2人でシスター・ナディアを支えて出口へと向かう。


 幸い男はまだ追って来ていなかった。


「カイト、さっきの事はあとでゆっくり聞きますからね。アディに何を教えてるいるのよ」

「でも役に立ったでしょ。それにあの発案はベルなんだよ」

「なんですって」


 兄弟一大人しいベルグラントがあんな事をアディリシアに教えるなんて想像つかない。

 絶対カイトが一枚噛んでいるはずだ。

 じろりと視線を向ければカイトはフイっと視線をそらした。


「ベルにいさまがおしえてくれたの。アディよくできた?」


 褒めてとばかりに笑みを浮かべて私のスカートを握るアディリシア。

 可愛いけれど、可愛いけれど……暴力はいけない事なの。


「……助かったわ、アディ。ありがとう」

「えへへー」

「よくやったぜ、アディ」


 今回は仕方ない。

 でもカイトのニヤニヤ笑いはなんだか許せなかった。






「クッソ!待てガキども!」


 突然、吠えるような怒鳴り声が響いた。

 出口まであと少しというところで男が机の攻撃から復活したらしい。

 シスター・ナディアを支えての歩みでは追い付かれてしまうだろう。


「カイト、走って誰かを呼んできて」

「でも姉さま!」

「お願い。出来ればアディを連れて行って欲しいけど……」


 カイトは一瞬迷うも直ぐに決断する。


「……っ、一人なら早く走れる!すぐに助けを呼んでくるから!」

「わかったわ、頼んだわよ」

「うん!」


 カイトが勢い良く駆け抜けて行く。

 なんとか教会の外に出るか助けがくるまでしのがなくては。



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