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第一章 01

 


 『いつだって心豊かにありなさい』


 


 お母さまはいつも優しく穏やかな笑みを浮かべてそう言っていた。


 まるで暖かい陽だまりのような存在のお母さまが私達家族は大好きだった。





 ―・・・―・・・―




「レティシア様、ルディア様、お二人ともようこそおいでくださいました」


 柔和な笑みを浮かべて初老のシスターが馬車から降りた私たちを出迎えてくれた。


「こんにちは、シスター・ナディア。子供たちは元気にしているかしら」

「ええ、元気にしていますわ。子供たちみんなお二人が来られるのをいつも楽しみにしているんですよ」


 ここは寒いからとシスターがすぐに建物の中へと案内してくれる。

 歴史を感じさせる木の床が歩くたびにギシギシと鳴った。


 城下町の端に古くからある教会には孤児院が併設されていた。

 様々な事情があって身寄りの無い子供たちがここでは共同で生活している。

 お母さまは子供たちの様子を見に定期的に孤児院を訪問していて最近は何度か私もお願いしてこうしてご一緒させて貰っていた。


「お母さま、今日は私が子供たちに読み聞かせしても良いかしら」

「まぁルディ、ぜひお願いしたいわ。でも大丈夫?」

「ええ、実はカイトとベルを相手に練習していたの。ライルにはまだまだだって言われますけど上手になったのですよ」

「そう、頑張ったのね」


 時折寝る前に子供部屋に弟たちを集めて読み聞かせの練習をしていたのだ。

 お母さまの真似をして優しく丁寧にと心掛けているけれど好奇心旺盛な一番下のベルグラントは途中で邪魔をしてきたり2番目の弟のカイトは飽きて寝ちゃったりするし、それを見ていた私のすぐ下の弟ライルは冷ややかなコメントをくれたりするけど……少しずつ上達しているはず。


「大丈夫、上手くやれますわ」

「ふふっ、いつも弟たちの面倒を見てくれてありがとうね。ルディは素敵なお姉さまね」


 お母さまはギュッと私を抱きしめて頬にキスをしてくれた。

 それが嬉しくて私はもっともっとお母さまのお役に立ちたいと思ってしまう。


 大好きな大好きなお母さま。


「あ、レティ様とルディ様だ!」


 子供たちの居る部屋に入るとみんな元気いっぱいに駆け寄って来た。

 順に子たちを抱きしめて本を読むことを伝えると直ぐに輪になって早く早くとせかしてくる。

 少し緊張しつつも子供たちの真ん中で持ってきた本を読み始める私をお母さまが暖かく見守ってくださっていた。


 こんなお母さまと過ごす毎日がとても幸せだった。






 アスターフォード侯爵家はこのウィルズエルト王国の中でも古い家系でとても裕福な訳ではないけれど貴族としてそれなりに不自由なく生活している。

 政略結婚が主流とされる中、恋愛結婚をした父と母は子供たちから見ても仲睦まじく愛に溢れていた。

 どちらかと言うと無表情で仕事以外はてんで不器用な父と社交的で明るく何でもこなす母がどう出会って恋に落ちたのかは想像つかないけれどお母さまと仲良しのマリおば様曰く大恋愛だったそうで聞くと話が長そうなので触れないでおこうと思う。


 王宮に務めるお父さまと慈善事業に励むお母さま、13歳を迎え母の手伝いを始めた私には3人の弟がいる。

 真面目な10歳のライルとやんちゃな8歳のカイト、少し人見知りをする5歳のベルグラントだ。


 そして今、お母さまのお腹には赤ちゃんがいてぽっこりと膨らみを見せていた。

 赤ちゃんが出来てから体調を崩しがちになったお母さまの代わりに私は孤児院へは侍女を連れて一人で行くようになり、しっかりしなくてはと決意を新たにしていた。






 そんなある日……


「お母さま、無理なさらないで」

「大丈夫よ。今日は調子もいいしお茶の準備くらいさせてちょうだい」

「私がやります、マリおば様もそろそろいらっしゃるしお母さまは座っていらして」


 お母さまは手ずからお茶を入れるのが好きだ。

 今日はお母さまのお友達のマリおば様がお越しになる予定なのでとても張り切っているけれどお母さまのお腹も随分大きくなって私は側でハラハラしてしまう。

 同じように見守る侍女たちも心配そうにしているのが伝わってきた。

 それに少し前だってお母さまは寝込むほど具合を悪くしていたのだ。

 赤ちゃんが出来ると具合が悪くなると言うけれど弟たちの時よりも調子が悪い日が多い気がして最近はお父さまも私もとても心配性になってしまった。

 お母さまをソファーへと座らせて動かないようにひざ掛けをかけた。

 残念そうな顔をされてもここは諦めてもらわなければ。


「お母さまはここで休んでらして」

「あらあら仕方ないわね、じゃぁ今日はお願いしようかしら」

「ええ、お任せくださいませ。とびきりのお茶を入れて差し上げますから」


 茶葉の種類や焼き菓子について側にいた侍女に指示をして準備に取り掛かる。

 すると開いたままの入り口から背の高い黒髪の女性が姿を現した。


「お邪魔するわよ」

「マリおば様!今日はお越しくださってありがとうございます」

「マリ、いらっしゃい」


「久しぶりね、レティシア。ルディはしばらく見ないうちにしっかりしたお姉さんになったわね」

「そうなの、とても頼りなるから安心よ」

「マリおば様、どうぞおかけになって。すぐにお茶を入れますわ」

「あら、今日はルディがお茶を入れて下さるの?」

「ええ、楽しみにしてらしてね」


 マリおば様はお母さまととても仲良しで私が小さい頃から良く会いに来てくれるお方。

 艶やかな黒髪にキリッとした整ったお顔立ちで口調もサバサバしていてとても格好良い女性だ。

 ふわふわした淡い金髪のどちらかと言えばホワンとしたお母さまとは反対のタイプだったりする。

 ちなみに私はお父さまゆずりの栗色の髪でお母さまのふわふわの髪に密かに憧れていた。


 マリおば様に出会って間もない頃、お母さまとの関係を聞いてみたことがある


「私?そうね、あなたのお母さんの姉みたいなものよ」

「お母さまのお姉さま?・・・おばさまでいらっしゃるの?」

「そんなところかしら」

「ではマリおばさまとお呼びしてもかまいませんか?」

「ええ、もちろん!そう呼んでくれると嬉しいわルディ!」

「きゃぁ」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて本当に家族のような暖かさで嬉しかったのを覚えている。

 出会って10年以上になると思うが見た目があまり変わらないミステリアスな人でもちろん年齢は知らない、、、お母さまと同じ位の年なら30歳前くらいかしら。

 そしておそらくは名高い貴族のお家柄だと思われるがそこにはどうやら触れて欲しくないらしく“マリおば様”という人として接して欲しいらしい。


「でも、そろそろマリおば様もお越しいただくのは大変ではございませんか?」


 そう、なんとマリおば様もお腹に赤ちゃんがいるのだ。

 マリおば様は2人目のお子様で、お1人目の妊娠の時はそれは動揺していらして泣きながら当時3人目を産んだばかりのお母さまにアドバイスを求めていたっけ。

 それも5年も前の事だなんて時の流れはあっという間だわ。

 さすがに今回のマリおば様は落ち着いて余裕がある感じです。

 予定ではお母さまより少し先に出産予定だとか。


「レティシア、あなたあまり顔色が良くないわね。ちゃんと医術師に診て貰っているの?」

「ありがとう、でも大丈夫よ。ちゃんと定期検診はして貰っているわ」

「そう、ならいいけど。ねぇ、あなたが嫌でなければ一度私の所の魔術師に診て貰ってはどうかしら」

「心配性ね」

「でも見ていたらわかるわ、今回はいつもと様子が違うのではないかしら。自覚もあるんではなくて?」

「お母さま、私も診ていただいた方が良いと思います」

「ルディまで……」


 マリおば様と私のお願いにお母さまは少し考えながら大きなお腹を撫でると小さく頷いてくれた。


「……そうね、この子は恐らく強い魔力を持っている気がするわ。マリの所の魔術師なら安心だし、お願いしようかしら」




 王家の方々はもちろんのこと貴族はその血統から魔力が強い者が生まれやすい。

 古の時代にくらべればだんだんと魔力を持つ者が減っているとは言うけれど

 貴族の社会に置いては魔力と言うものはまだまだ健在であり、その家系によって相性というか属性は様々で我がアスターフォード家は大気を操る力に長けているらしい。

 とは言っても私はそんなに魔力は強くないのでそよ風を起こす位が精一杯だったりするけど三男のベルグラントはなかなか魔力が強いらしく魔術師になれる才能があるとお父さまが言っていた。


 この国では魔力を極めた者の事を魔術師と言い、その中で医術を専門とする者を医術師と言う。

 また薬を専門にする薬術師と言うのもいる。

 概ね王宮に所属しているが貴族の家はお抱えの医術師がいて代々専門に診て貰っている。

 もちろん我がアスターフォード家にも贔屓の医術師はいて良く診察に訪れていた。


 でも魔術師を抱えている家はそう多くはない。


 マリおば様はやはり名立たる貴族の方なのだろう。


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