納涼祭
七月、キャンパスの納涼祭。
明日からは夏季休暇という夜の恒例行事だった。
「納涼だの盆踊りだのって、わたしたちらしくないと思わない」
三年の夏だった。由美はそう言った。
何気なく言ったものが、あっという間にキャンパスに伝わった。由美の言葉だからだ。
六学科祭りの会なるものが出来あがって、盆踊りはバーナムの進撃へと変わった。
バーナムは、『マクベス』の演劇の中に出てくる森だ。王殺しマクベスに対して、イングランド軍が木の枝を手にして森に見せかけた。
マクベスは魔女の「バーナムの森が動かないかぎり敗れることはない」という予言を信じていたから、このトリックで敗戦することになる。祭りとしては少し不吉ではないかという意見もあったが、進撃だからいいんだという盛り上がりで決着した。
木の枝にアルミ箔が巻かれた。それを手にして踊った。
舞台美術の連中が屋上から光線を放って、森はきらきらと輝いた。
由美は主人公よろしく屋上に立って見つめていた。
隣にはアメリカンフットボール部の武藤。
彼が隣にいられる理由は、
「アメフトの防具って西洋の甲冑みたいだから」
そんな一言だった。
やることは盆踊りと、そうは変わらない。ただし手にしているのは銀色に光る木の枝だ。光の渦がキャンパスを回り続ける。
そのうちに騒ぎが起こった。
何かしら粉のような物を撒き始めた者がいる。回り続けた光が崩されていく。
「行って来ようか」
彼は近衛兵の如く言う。
「いいわよ」
由美は面白そうに、それを見つめていたのだった。
やがて崩れた所から、
「枯れ木に花を」
という声が聞こえてくる。
「咲かせましょう」
その声に合わせて、踊りだす者まで出てくる。
由美は笑っていた。
光を壊して金粉を撒いて見せたのが、イサナだった。
武藤にとっては不満の成り行きだったが、由美は怒らなかった。それどころか、イサナはそれから由美の隣にいるようになった。
「金粉なんて、どこで手に入れるの」
「前衛舞踏では、よく使うんだよ。油に溶かして全身に塗って踊って見せる。試しに前衛舞踏のほうもやってみたんだけど、意外に俗物なんだよね」
「どんなふうに俗物」
由美が尋ねる。
「たとえばさ、宣伝を兼ねて公園で野球やるんだよ。それは前衛舞踏らしく白塗りの半裸で。でも、その背中に背番号を書いたりするんだ」
由美が笑い転げた。
「馬鹿馬鹿しいから、辞めた。そのときに、金粉を盗んでやった」
イサナは一年、
いや、にせ一年生とのこと。
「おれは最終的には闘牛士になるよ」
いきなり、そんなことも口にした。
「今のところは、六学科の授業に潜り込んで、大学に意味があるのか考えてる」
由美が誘って、三人で、わが放浪に行く。由美はイサナに熱心に質問をする。
「おれは、おれを勇魚と呼ばせるんだ」
イサナもまた、熱心に喋る。勇魚は、鯨の古名だという。
とくにイサナの家は、祖父の代まで鯨の銛打ちだった。しかし、近代化で大型船団のキャッチャーボートに取って代わられてしまった。
イサナの父親は、それでも鯨の解体工場に勤めたが、イサナはそんなのは嫌だと言った。
だから、
「最終的には闘牛士になる」
イサナはそう言うのだった。
「海に行きたいわね」
由美が言った。