慈見修介 3 仕事に向かおう
最上階に部屋は2つしかない。
もともとこのマンションは高さの割に戸数が少なく、代わりに一戸あたりかなりの広さを確保しているのだが、最上階にいたっては治龍家専用フロアだった。それを修介を雇う際に改装したのだ。
真ん中に壁を作り、間取りを変更し、扉を増やし、風呂とトイレを増やし、ネット回線を通しと、なんやかんやで大改装だった。
なにせマンションの最上階である。興味本位で工事費を聞いた修介は、正直に言って馬鹿じゃないのかと思ったものだ。
それを麗亜の父親は、どうせ1家族で使うには広すぎたからねと笑っていたのだから、金はあるところにはあるというやつだろう。
麗亜を見送り、自身も帰宅した修介は、とりあえずパソコンの電源を入れる。仕事のやり取りは、緊急時以外パソコンのメールで行っているので、帰宅次第確認するのが習慣だ。
1件、新着があるので開く。多分仕事には関係ないだろうなと思いつつ。
愛弟子へ
元気にしているか?たまには顔を出せ。
治龍の娘にくっついているだけでは感が鈍るぞ。
たまには儂の相手もしろ。
最近の連中は小器用でいかん。覚えは早いが面白味がない。
あまり退屈だとこちらから襲いに行くからな。
いいか。近いうちに来るのだぞ。
師匠より
思った通り仕事の話ではないが、なかなか優先度の高い話でもある。
自然と溜め息が漏れる。
「あのジジイ、溜まってきたな」
修介たち、人外の能力を持つ者にとって、闘争本能を満たし、ストレスを発散することは非常に重要だ。
ないがしろにすれば狂って暴れるただの化け物になってしまう。
とはいえ、現役の者たち全ての師である最強の化け物のストレス発散に付き合うのは気が滅入る。
良いのか悪いのか、修介はお気に入りなのだ。
「ま、とりあえずは今日の準備か」
クローゼットを開けると、何着もスーツが並んでいる。修介は適当に一着手に取り、慣れた動作でさっと着替えた。
続いて隣のクローゼットを開ける。上半分は引き出しが並んでいる。その内の一つからウエストポーチを取り出し、身につけた。
下半分は一本ずつ差せる傘立てになっており、傘だけでなく、様々なタイプの杖も揃っている。しばし考える間を置いて、大きめの黒い傘を選んだ。
パソコンデスクに置かれた財布を尻のポケットに突っ込めば、準備は完了だ。
防弾防刃繊維を織り込んだスーツ、ウエストポーチに忍ばせた小型の拳銃、仕込み傘。
今日の装備は決まった。
姿見の前に立ち、身だしなみを整える。
雨など降っていないのに傘を持ち歩くのは少し恥ずかしい。
しかし、修介たちの住むこの島は日本の土地であり、表向きはただの警備会社社員である修介が堂々と銃や刀を持ち歩けば、当然面倒事になる。
とはいえ、麗亜と出掛けるだけならば上着の内側などに短刀を忍ばせるだけにしているが、基本的に荒事になる前提の仕事にそれでは心許ない。
修介の得意武器である刀を持ち歩くには、傘や杖に仕込むしかないのだ。
溜め息を一つつく。
「さ、仕事に向かおう」
なんとなく呟いた自分の言葉に、修介は違和感を覚えた。
すぐに気付く。
「さっきまでも仕事だったんだよな」
修介は苦笑した。
念のための護衛であり、真の目的は子守なのかもしれないが、報酬を貰っている以上、仕事は仕事だ。
そんなことも忘れるほどに、麗亜と居ることが自然になってしまっている。
しかもそれを悪くないと思う自分に、修介は呆れた。