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慈見修介 2 お嬢様はわからん

  修介と麗亜の二人が住んでいるのは、『チューリップ・チュデスキー』という名の超高級マンションである。


  一階に部屋は無く、ホテルのロビーのようになっている。

  フロントには常に品の良いスーツに身を包んだ人物がローテーションを組んで立っており、不審な人物をエレベーターに乗せることはない。

  警備員室には数人のプロが常駐しており、定期的にマンション内を巡回している。

  さらに、住人に圧迫感を与えないようにこっそりと、しかし確かな性能を持った監視カメラがいたるところに設置されている。


  そんな厳重な警備を備えたマンションであるため、勤める者たちもオーナーが厳選した信頼できる人物のみで構成されており、必然、しばらく住んでいれば全員と顔見知りになるのだ。


「ほら、着いたぞ?」


「だね。残念」


  マンションの正面より少し手前で、麗亜は抱えるように組んでいた修介の腕を離し、スッと姿勢を正した。麗亜なりのお嬢様モードである。


  修介も気持ちを切り替えて表情を消し、二人並んでマンションの自動ドアをくぐった。


  フロントからも警備員室からも、視線が飛んでくることは無い。


  マンション正面はカメラによって監視されており、二人の帰宅は事前に知られている。マナーを知る従業員達は、無遠慮な視線で住人を迎えるような真似はしないのだ。


  修介が警備員室に視線を向けると、窓越しに見える一人が応じるように修介を見て、互いに会釈を交わす。異常無しの合図のようなものだ。


  麗亜も警備員に向けて微笑み、軽く手を振って挨拶をする。警備員もまた微笑み、軽いお辞儀で応じた。


  人懐っこい麗亜にとって、ここで働く者たちはもはや他人ではない。だからこそ、修介にべったりな姿を見られるのが恥ずかしいのだが。


「お帰りなさいませ」


「ただいま、小津(おづ)さん」


 綺麗なお辞儀で迎えてくれる馴染みのフロントマンに、麗亜も機嫌よく挨拶を返す。

 修介は警備員に対してと同じく、会釈するのみだ。


 世間話をするでもなく、二人はフロントを横切り、エレベーターへ向かう。


 フロントマンの小津も、二人がエレベーターへ向かうのを確認し、すぐに視線を外して手元のパネルを操作する。


 住人への対応は丁寧に。余計な詮索などせず。しかし、求められれば親身に尽くす。

 それが小津たちチューリップ・チュデスキーフロントマンの信条である。


 修介と麗亜が近づけば、エレベーターの扉は勝手に開き、乗り込めばまた勝手に閉じる。そして二人が何もせずとも、二人の住む階に向けて動き出す。


 このエレベーターはフロントで操作されており、住人は乗り込むだけで自分が住む階に届けてもらえる。逆に言えば、必要がないはずの階で下りることは出来ないのだ。


 さて、修介はこの時間が苦手だ。

 修介と、麗亜たち治龍一家が住んでいる部屋はこのマンションの最上階。

 到着するまでの1分足らずの時間、修介は毎度居心地の悪い思いをしている。


 原因はもちろん、隣でどうにも落ち着かない様子の麗亜である。

 そわそわと、視線を彷徨わせたり、髪をいじってみたり、つま先で床をタップしてみたり。


 修介が麗亜の護衛として雇われ、治龍一家の隣人となってからもう1年が経つ。

 修介は治龍一家の専属ではないため、毎日一緒にいるわけではないが、いい加減慣れて欲しいと修介は思う。


 雇われた当初ならともかく、はっきりと好意を向けられるようになってからも、この時間の態度は変わらなかったため、修介は1度尋ねたことがある。閉所恐怖症なのかと。


 結果、酷く叱られた。そうじゃないでしょ、と。


 どうやら狭い密室で二人きりというのが問題らしいのだが、外での積極性を考えると、修介としては腑に落ちない。


 結果、諦めた。お嬢様はわからん、と。


 以来、居心地の悪い思いをし続けているのだった。


 やがて目的の最上階に到着したエレベーターが扉を開いた。


 二人はエレベーターを降りると、同時にふっと息をつく。


「多分お母さんが居るけど、挨拶してく?」


「いや、これから仕事だ。よろしく言っといてくれ」


 修介を横目で見ながら、期待するように尋ねた麗亜に、修介は素っ気なく答える。


 修介はきちんと大人であり、やるべきことはやらねばならない。


「そっか。修介さんのことだから大丈夫だと思うけどさ。気をつけてね」


「ああ。今日は依頼人と会うだけだしな。危ないことは無いさ」


「そかそか。じゃあ安心だね」


 言いながら、麗亜は数歩離れ、修介に向き直った。


「今日は楽しかったよ。ありがとね」


 真っ直ぐに修介の目を見て、麗亜は言う。


「ああ。またな」


 修介も、視線を外すことなく応じた。


 嬉しそうに頷いた麗亜が、手を振りながら自宅の扉に向かう。


 扉を開き、ただいまと声をかけながら帰宅する麗亜の姿が見えなくなるまで、修介はその場で見送った。



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