表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/81

9、ハクに似た人③


「ハク、いい? 今日は絶対に人を傷付けたりしちゃダメよ」


 翌週、派玖斗との約束の時間に、祖父の車で大谷農園にやってきた。

 今日は昴は果樹園の仕事が外せず、祖父と二人だけだった。

 鷹はハク一羽だけだ。リュウはお留守番だった。


 周りのカラスは先週の一回で相当びびったらしく、ほとんどいなくなっていたが、まだ未練を残して巣作りしようとしているカラスが数羽残っていた。

 祖父は大谷社長と共に農園のカラスを下見している。


 鷹匠の正装というのは祖父のように江戸時代の奉行所の岡っ引きのような動きやすい着物姿なのだが、女の摩夜まやは、似たようなシルエットの衣装を勝手に正装にしていた。


 それが黒のスポーツウェアに黒ぽんちょ、黒ベレー帽という姿だ。

 近くで見ると全然違うのだが、遠目にはなんか似た感じに見えるだろうと勝手に思っている。


 冬場はぽんちょが暖かくてちょうどいい。


 そしてハクに会う時だけは、恋人に会う気分でお洒落をする。

 トレードマークの黒縁メガネはハクの前では封印だ。

 いつも引っつめた髪はポニーテールにして、薄く化粧もした。

 まつ毛をちょっと上げてみたり、口紅を塗ったりするのもハクに会う時だけだ。


 花の女子大生だというのに、大学はドすっぴんで通っていた。

 それで恥ずかしいと思ったことはないのだが、鷹のハクにだけは恥ずかしいのだ。


 そして、話し方もちょっと女らしくなってしまう。

 ハクの前でだけは可愛い女子でいたかった。


 そのモデルとなるのは、真昼だった。

 双子だけあって、本当は摩夜も真昼のような話し方に憧れて、あんな風に可愛い仕草ができたらいいなと思っていた。自分のなりたい像はきっと同じなのだ。

 その理想を生きている真昼だから、尚さら憧れてしまうのかもしれない。


 理想を完璧に生きる真昼のいる家では、摩夜は決してマネたりできないけれど……。

 このほとんど知り合いのいない田舎町でだけなら、ニセモノでもいいから真昼のように可愛い女性でいたかった。


 そう摩夜が思うのは、ハクへの恋心ゆえだった。


 本当に、摩夜はハクに恋しているのだ。


 その摩夜の心を知ってか知らずか、ハクはいつもカッコ良かった。


「ねえ、ハク。先週は、あなたが殺されちゃうんじゃないかと思って恐ろしい思いをしたのよ。今日は派玖斗さんにも無理に触ったりしないように言っておいたから、あなたも礼儀正しくしてね。あなたがいない人生なんて考えられないんだから」


 ぴとりと頬を寄せると、ハクは珍しく自分から頬をすりすりしてきた。

 どうやら先週の事を少し反省しているらしい。


『先週は失礼な男についカッとなって悪かった。お前を心配させたな。今日は任せておけ』


 そう言っているように思えた。


「あなたのカッコいい舞いをあの人に見せ付けてやろうね」


「お前は鳥としゃべるのか?」


 突然後ろから声をかけられて驚いた。


「は、派玖斗さん! 鷹の背後に立たないで下さいと言ったでしょ? 鷹は背後をとられるのを嫌うんですから!」


「そいつはさっきから俺に気付いていたぞ。気付いてないのは人間のお前だけだ」


 フンッという顔で摩夜の隣に立ってハクを見下ろした。

 背は160センチの摩夜が少し見上げるぐらいだから170代前半といった所か。

 すごく高いわけじゃないが、態度がでかいので大きく見える。


 ハクはハクでフンッという顔で、そっぽを向いている。

 でも研ぎ澄ました神経で、目の端に派玖斗さんの気配を警戒しているのが分かった。


『またこいつが来やがったのか』

 という顔をしている。


「なんか失礼なヤツだな、こいつ」

 ギロリと睨みつける派玖斗さんがちょっと可笑しい。


「先週の傷は良くなりましたか?」


 大きなガーゼを当てていた所は、今日は絆創膏になっていた。


「ああ。こんなの擦り傷だ。藤堂が大騒ぎし過ぎるんだ」


「今日は藤堂さんは?」


「あっちに待たせている。あいつはすぐ大騒ぎするからな。鷹を興奮させたらダメなんだろ?」


 先週注意した事を守ってくれてるらしい。

 遠くの木の陰からこちらを窺っている銀縁メガネの藤堂さんが見えた。


「はい。鷹は神経質なんです。自分のテリトリーを乱されるのを嫌います」


「気持ちは分かる。俺もそうだ」


「……」


 摩夜は、ふと派玖斗に初めて会った時からの既視感に気付いた。


(ずっとずっと誰かに似ていると思ってたけれど……)


「ふふ、そっか……」

 急に可笑しくなった。


「なにを笑っている?」

 派玖斗の言葉はそのままハクに変換される。


「いえ、ちょっと気付いたことがあって。ふふふ」

 

 とんでもなく横暴で俺様で失礼な人だけど、不思議に最初から嫌だと思わなかった。

 なんでか憎めなくて、気持ちが分かるような気がしていた。


 摩夜が泣きながら謝った時も、態度はふんぞり返っていたが、本当は焦っていた。

 鷹につつかれて怪我してる自分がカッコ悪くて不機嫌なだけなのに、摩夜に怒っているような態度になってしまって大事おおごとになっている。

 どうしようかと焦ってるのに、部下はますます激昂するし……。


 なぜだか勝手にそんな心の内を読んでいた。


 なぜ初めて会った人なのに、そんな心の中まで分かる気がするのか不思議だったが……。


 笑いを噛み殺す摩夜に、派玖斗とハクは同じように怪訝な表情をしている。


「おいっ! なにを笑っている! 俺は人に笑われるのが嫌いなんだ!」


(ハクに似てるんだ)


 一字一句違わず、ハクと同じことを言ってる。

 正確には、摩夜が想像するハクと同じ言葉をしゃべってる。


 そう思うと、たまらなく可笑しくなった。


 そして……。


 たまらなく……。


 愛おしくなってしまった。



次話タイトルは「小学校時代」です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ