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78、創立記念パーティー②

 直樹がふと立ち止まった。

 何かに気付いたように驚いた顔で振り返る。


 そして摩夜を見止めると、大股で戻ってきた。


「え? もしかして摩夜坊?」

 目を丸くして尋ねた。


「は、はい。お久しぶりです、直樹さん」


「マジか。すっげえ変わってて分からなかった。あ、ちょっと待ってて」

 直樹は言い置いて、国定常務を呼び戻しに行った。


「おやじ、摩夜坊だよ。ほら、面影あるだろ?」

「こら、仕事では常務と呼べと言ってるだろう」


 直樹はすっかり普段の顔になって国定常務を連れてきた。

 そして摩夜に叔父を紹介してくれた。


「やあ。摩夜ちゃんだったか。全然気付かなくてすまなかった」

「いえ。お久しぶりです、叔父さん」


「叔父さん?」

 海老沢と聖羅が驚いたように、その光景を見ていた。


「しばらくウチで預かってくれって真理子おばさんに言われたって、母さんがすげえ楽しみにしてたよ。いつ越してくる? こっちはいつでも準備万端だよ」


「あ……いえ。それはまだ……」


「羽那子のお気に入りの摩夜ちゃんか。いやあ、綺麗なお嬢さんになったね」

「ホントだよ。俺も、なんか綺麗な子がいるなって、後で声をかけようと思ってたんだ」

 相変わらず、直樹はリップサービスを忘れない。


「摩夜ちゃんは確か……鷹柳総裁のお孫さんの秘書になったとか……」

「え? じゃあ……」


 二人はそこで初めて摩夜の隣に立つ派玖斗に気付いた。


「はじめまして。鷹柳派玖斗です」

 派玖斗が待ち構えていたように名刺を差し出した。


「そうですか……あなたが。いや、総裁からお話はかねがね。真っ直ぐないい目をしてらっしゃる。あなたと話してみたいと思ってたのです」


「こちらこそ。国定常務のお噂を聞いて、ゆっくりお話をしたいと思っていました」


「それは是非にも実現させましょう。キミ、こちらの秘書の方とスケジュールの調整を」

 国定常務は背後に立つ秘書に命じた。

 やはり仕事が出来る人というのは、行動が早い。

 籐堂はすぐさま手帳を取り出し、国定常務の秘書と日程を相談し始めた。


「では、私の大切な姪っ子をよろしくお願い致します、鷹柳さん」

「はい。こちらこそ、私の大切な秘書をよろしくお願い致します、国定常務」


 二人は固い握手をかわして別れた。


 その様子を海老沢たちが唇を噛みしめながら見つめていた。


「国定常務の姪だったとは。ドラフト会議でなぜ彼女を選んだのか、みんな不思議がっていましたが、そんな計算があったとは。いやあ、さすが御曹司ともなると、したたかですな」

 負け惜しみのように海老沢が告げる。


「いいえ。私も姪だと知ったのは昨日のことです。そんな肩書きなどなくとも、彼女は私にとって最高の秘書ですよ」

 派玖斗は真っ直ぐ海老沢を見つめて答えた。


「ふん。今さら鷹城不動産とつながりを持ってどうするつもりですかな? プロジェクトはすっかり白紙になったのに」

 海老沢は嫌みの一つでも言わないと気持ちが収まらないようだった。


 しかし派玖斗はにやりと微笑んだ。


「ああ。言い忘れてました。あのプロジェクトは、伊豆の老舗旅館よりずっとリゾートモデルに相応しい候補地が見つかったのです。添木くんには裏切ってくれてありがとうと礼を言いに行きたい気分ですよ」


「な! そんな話、私は聞いてないぞっ!!」


「そうでしょうね。失礼ながら人事部の方から、海老沢本部長と柿本部長には添木とつながっていた証拠が幾つか上がってると聞いています。その辺の身の潔白が証明されるまで、我々のプロジェクトからは除外させて頂こうと、今度の本部長会議の議案に上がっているのですよ」


「な、なんだとっ!! 私は添木とは何の関係もないっ!」


「ですが三人で頻繁に高級料亭で会食している領収書が山積みのようですのでね」


「そ、それは柿本くんが添木と仲が良かったから……」

「な! 私は本部長に頼まれたから……」

「そんな話は知らん!」

「今さら私にすべてなすりつけるつもりですか!」


 どうやら仲間割れが始まったらしい。

 摩夜たちはそれを横目に見ながら、その場を離れた。



「ほら、飲め」

 派玖斗は摩夜にシャンパンのグラスを手渡した。


 パーティーが始まってから、派玖斗は御曹司と気付いた人々との名刺交換に忙しくしていたが、中盤でようやく解放された。


 摩夜も派玖斗が受け取る名刺に、相手の印象を書き込んだりして食事をするヒマもなかった。

 立食パーティーは、企業戦士が食事を出来る場所ではなかった。


「もうこのパーティーでは充分過ぎるほどの収穫を得たな」

 派玖斗は満足げに自分のシャンパンを飲み干した。


「お前のお蔭だ、摩夜。ありがとう」


「いえ、たまたま叔父だっただけです。でも……本部長のお役に立てて嬉しいです」

 摩夜は鮮やかに微笑んだ。

 その笑顔に派玖斗が目を細める。


「よしっ! じゃあ抜け出すか!」

「え? でもパーティーはまだ……」


「最後までいる必要はない。後は籐堂がうまくやってくれるだろう」

「え? 籐堂さんを置いて行くんですか?」

 絶対、後で嫌みを言われるに決まってる。


「気にするな。あいつがそうしろと言ったんだ」


『二人で食事でもして、もう少し仲を進展させて下さい』


 籐堂はどこか結婚に執着のない摩夜に不安を抱いていた。

 そしてそれは派玖斗も感じていた。


 両想いになっても、摩夜には急に目の前から消えてしまうような危うさがあった。


「このすぐ近くのバーに行こう。バーのくせに食事が最高に美味いんだ」


 ◇


 摩夜は派玖斗に誘われるままについて行った。

 そこは夜景の見える窓ごしにカウンター席が並ぶ高級バーだった。


 二人ずつ間仕切りのあるカウンターは個室のように落ち着く。

 お洒落な横文字のカクテルを注文して、派玖斗のお薦め料理を注文した。


「あの……ところで本部長。この衣装と靴とバッグは、今日行ったブティックに返しに行けばいいですか? それからあの……レンタル料はいくらぐらいでしょうか?」


 叔父への橋渡しが出来た後は、そればかり心配していた。

 うっかり汚してシミをつけないように、普段より気をつけていたのだ。


「……」

 派玖斗はカクテルを飲みながら、いぶかしげに摩夜を見つめた。


「あの……じ、十万はおろしてきたんですけど、きっと足りないですよね」

 そんなレベルの店ではなかったとは分かっている。


 しかし、派玖斗はそんな摩夜に驚愕の言葉を吐いた。


「レンタルだと思ってたのか?」


「えっ?!」


 摩夜は蒼白な顔で派玖斗を見つめた。


「レ、レンタルじゃなかったんですか?」


「当たり前だろう。あそこはブティックだぞ。レンタルの店じゃないだろう」

 

 言われてみれば確かにそうなのだが、それじゃあ到底、摩夜に払える値段ではない。


「じ、じゃあ……一体……いくら……」

「まずケタが違うだろうな」


「そ、そ、そんなお金は……」

 入社二年目の摩夜にはなかった。


「心配するな。俺からのプレゼントだ」

「で、でも……さすがにそれは……」


「俺にとって今日の国定常務との繋がりは、それに匹敵する価値がある。それに恋人にそれぐらいのプレゼントを贈っても不思議はないだろう?」


「いえ……金銭感覚がおかしいです。恋人にプレゼントする金額じゃないです」


 派玖斗は少し考えてから、ふっと笑った。


「お前は……重役の娘のくせにホントに庶民的だな」


 母は娘に大金の小遣いを渡すタイプの人ではなかった。


 身の回りの物は、きっと高価で品質の良いものを選んでいるのだろうが、派手な贅沢を好む人ではなかった。

 小さい頃からお嬢様育ちゆえに、節度と品のあるお金の使い方をする人だった。


「いろいろあったかもしれないが、俺はお前を育ててくれた両親に感謝しているぞ。今のお前を導いてくれたすべてのものに」


「本部長……」


「おい、いいかげん本部長はやめてくれないか」


「す、すみません」

 慌てて謝る摩夜に、派玖斗は苦笑した。


「まあ、いいさ。これからゆっくり距離を縮めて行こう。そうだな、まずはデートに行こう。どこに行きたい? 行きたいところを全部言ってみろ。全部連れて行ってやる」


「行きたいところ……」


「そうだ。まずはこの週末にどこか行こう。どこがいい?」


「いえ、この週末は……」

「なんだ? もう予定があるのか?」


「はい。昴に返事をしなければ。行くと伝えてあるんです」

「そうか……。昴のヤツにはまだ俺たちの事は言ってないんだったな」

「はい。きちんと顔を見て話さないと……」

「そうだな……。あいつも長年お前を好きだったわけだし」

 派玖斗としても、横からさらっていくことに罪悪感がないわけではなかった。


「俺も一緒に車で送ろうか?」

「いえ。大丈夫です。一人で行った方がいいと思うので」

「そうか」


 普段の派玖斗なら強引に一緒に行くところだが、昴への罪悪感が引き下がらせた。


「今日は……夢のような一日でした。ずっと着たかったピンクのワンピースを着て、派玖斗さんとこんな風にお酒を飲んでるなんて……。三ヶ月前の私は想像すらしたこともありません」


 あの頃は派玖斗と再会出来るとも思ってなかったし、秘書になれるなんて思いもしなかった。

 まして恋人になって、こんなに泣きたいほど大切にされる日が来るなんて……。


 じわりと目頭が熱くなる。


 両親とも分かり合えて、こんな風に満たされる日が来るなんて、あの頃は思いもしなかった。


「全部派玖斗さんのおかげです。ありがとうございます」

 ありったけの感謝の気持ちを言葉にする。

 それでも足りない。


 だから自分の生涯を賭けて誓いたい。


「この先何があろうとも、あなただけを愛し続けます」


 涙を浮かべ誓う言葉は、とても甘く、そしてひどく深く感じた。

 摩夜の性格を考えたら、決して口先だけの誓いではない。


 きっとこの言葉を命懸けで守り続けるだろう。


 人によっては重過ぎて縛られるように感じるかもしれない言葉だったが、派玖斗はなぜか別れの言葉であるかのような不安を感じた。


「摩夜、お前の気持ちが固まったんなら、どんどん話を進めよう。明日にでも婚約指輪を買って、来週には両家の顔合わせをしよう。大安も仏滅もどうでもいい。結納と結婚式の日取りも早急に決めよう」


「それは……真昼がもう少し落ち着いてから……」


「真昼が……何かお前に言ったのか?」


「……いいえ。真昼は何があっても、大好きな私の姉妹です」


 真っ直ぐに派玖斗を見つめる摩夜の瞳は、きちんと自分の意志を持っていた。

 今までの自信なげで、自分を諦めきっていた頃と違って……。


 そこには摩夜のハッキリとした意志が存在していた。

 強引が専売特許の派玖斗さえも口を挟めないほどの……。


 だからそれ以上話を進めることも出来ないまま、家の近くまで車で送って別れた。


「今日はありがとうございました、派玖斗さん」


「ああ。じゃあ昴に会ったら、どうなったか電話しろよ」


「はい。明日は休日出勤じゃないですよね」

「ああ。そのつもりだが……」


「土日はきちんと休んで下さい。働きすぎですよ」

「うん。分かった」



 そう言って別れた派玖斗だったが……。


 翌日、妙な胸騒ぎがして昼前に会社に寄ってみた。

 

 本部長室に入った途端、違和感を覚えた。

 秘書の受付ブースの机にバインダーのファイルが数冊積み重なっていた。


 確か金曜日に出る時は何も置いてなかったはずだ。


(今朝、誰か来たのか?)


 バインダーの表紙には『鷹柳本部長、第二秘書マニュアル』と書かれていた。

 パラパラとめくってみると、朝の準備から、コーヒーの好み、机の上の文具の配置まで細かくメモしてあった。


「な! なぜこんな物が……」


 あわてて本部長室に入ると、机の上に封書があった。


 その表書きは……


『退職願』


「まさか……」


 派玖斗は、呆然とその場に立ち尽くした。



次話タイトルは「ハクと共に……」です

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