77、創立記念パーティー①
「よしっ! じゃあ戦場に乗り込むぞ!」
三人は車に乗って、パーティー会場のあるホテルに到着した。
「お前は国定さんを見つけたら俺に教えてくれ。他の男どもには話しかけられてもテキトーにあしらえよ」
「テキトーにあしらう……」
そんな高度なことが出来るだろうかと不安になる。
なにせ、パーティーなんてものに参加したのは初めてだった。
「あー、とにかく俺から離れるな。それだけだ」
「はい」
些細な派玖斗の一言一言が嬉しい。
心の中に大切にしまっていく。
しかし会場に入ると、さっそく一番会いたくない人に会ってしまった。
「海老沢本部長……」
隣には柿本部長と秘書の聖羅まで来ていた。
発色の強いブルーのドレスで、よく目立っている。
「おやおや、これは鷹柳本部長。プロジェクト会議以来ですな」
海老沢には、まだ大谷農園の話は何も知らせていない。
すべては水面下で、営業推進部と井手口部門長の信頼できる元部下だけで動いている。
なぜなら裏切った添木部長と繋がっていないという確証がないからだ。
「先週末は会社も休んでおられたようですな。怪我をしたと聞きましたが大丈夫ですか? 心配してたんですよ。心労でヤケにでもなったんじゃないかと」
白々しく心配顔を向ける海老沢を、派玖斗はムッと睨みつけた。
「この通りすっかり元気です。心配はご無用ですよ」
頭の傷は、目立たないテープで髪の中で止めている。
それももうすぐ取れる予定だった。
「しかし先日の失態の後で、よくこのパーティーに出席出来ましたな。私はてっきり欠席されるものと思ってましたよ」
鷹城不動産の担当者まで連れて伊豆まで行って、契約出来ないと言われたのだ。
無駄足を踏ませた担当者に顔向け出来ないと思っているのだろう。
「海老沢本部長の方こそ、よく出席出来ましたね」
立場としては大差ないはずだった。
「いやあ、今まで黙っていて悪かったんですが、私は井手口くんにあのプロジェクトを任せて、柿本くんと一緒に鷹城不動産と連係して別のプロジェクトを立ち上げる予定だったんですよ。だからあちらはお譲りしようと親切心で預けたつもりだったのに、こんな残念な結果になるとは思いませんでしたよ。何がどう転ぶか分からないものですな」
――嘘をつけっ!!――
派玖斗も籐堂も叫びたかった。
最初から派玖斗たちを陥れるつもりでここまで計算していたのだ。
「ところで国定常務をご存知ですかな?」
ふいに海老沢からその名前が出て、摩夜たちはドキリとした。
「この春、常務に就任して、新規事業に意欲を持たれているご様子ですな。是非そのはなむけとなる最初のプロジェクトを提案したいと後日のアポも取ってあるんですよ」
「な!」
得意げに告げる海老沢に、摩夜たちは驚いた。
まさか海老沢も国定常務に取り入ろうとしていたとは。
しかもアポを取っているという事は、一歩出遅れている。
海老沢は勝ち誇ったように目を細めた。
そして派玖斗の背後に立つ摩夜に初めて気付いた。
「おや? 珍しい。女性連れですか?」
海老沢の隣の聖羅も気付いて「あっ!」と声を上げた。
「ほう。どこのご令嬢ですかな?」
海老沢は摩夜を見ても気付いてないようだった。
「私の第二秘書です。先日の本部長会議では、そちらの秘書にずいぶんお世話になりました」
派玖斗が嫌みたっぷりに言うと、海老沢は少し考え込んでから、ようやく気付いたらしく目を丸くした。
「こ、これは……女性というのは化粧で化けるものですな。はは……あの地味な秘書がこうも変身するとは……」
海老沢はふと隣に立つ聖羅と見比べて、少し悔しそうに口端を歪めた。
聖羅も唇を噛んで摩夜を見つめている。
聖羅は摩夜が手にしたバッグを見て、どこのブランドか気付いたらしく、完全敗北であることに悔しがっていた。
だが籐堂は二人を見比べて、別の『勝ち』を確信して小さくガッツポーズを決めていた。
聖羅は確かに美人だが、少し下品に感じるほど派手な衣装と化粧が、シックな装いの摩夜の清楚さを引き立てている。明らかに摩夜の美しさの方が注目を集めていた。
「あ、海老沢本部長。国定常務が来られましたよ」
女の戦いに気付かない柿本部長が、国定常務を遠目に見つけて耳打ちした。
秘書らしき男性を連れたロマンスグレーの髪色の男性が、あちこちに挨拶しながらこちらに向かって歩いてきていた。
(叔父さんだ!)
摩夜もすぐに気付いた。
長年会ってなかったが、その顔に見覚えがある。
だが、正直、向こうが摩夜を覚えているとは思えなかった。
羽那子おばさんや直樹さんには会っていたが、叔父さんにはずいぶん長く会っていない。
稀に会っても、遠目に見るぐらいだった。
真横を通り過ぎようとする国定常務を海老沢が呼び止めた。
「国定常務。わたくし鷹城物産の海老沢と申します。今度、会食のお約束をさせて頂いております」
海老沢が名刺を差し出すと、国定常務は快く受け取った。
「ああ。鷹城物産の海老沢さんですか。聞いてますよ。面白そうなプロジェクトを企画されてるようですね」
穏やかに応じる。
少しずつ思い出してきたが、穏やかで人格者のような雰囲気の叔父さんだった。
「そうだ。紹介しておきましょう。今度の会食に同行させるつもりでいました。息子の直樹です。直樹!」
国定常務は後ろを振り返って、少し後ろからついてきていた息子を呼んだ。
(直樹さん……)
それは五年ぶりぐらいに見た直樹だったが、屈託のない笑顔が昔のままだった。
「はじめまして、国定直樹です」
直樹は摩夜に気付かず、目の前で名刺交換をしている。
よく考えたらドレスアップした摩夜に直樹が気付くはずがなかった。
黒ぶちメガネの地味な摩夜で会ったのが最後だったのだ。
「摩夜さん。声をかけて下さいよ」
籐堂が小声で催促するが、摩夜は自信がなかった。
五年ぶりの摩夜に気付いてくれるだろうか。
だが躊躇しているヒマはない。
「あの……」
意を決して声をかけようとした摩夜を遮って、聖羅が前に出た。
「はじめまして。わたくし第二秘書の沢木聖羅です。今度の会食の準備でいろいろご相談するかもしれませんので、よろしくお願い致します」
聖羅はいつもの甘ったるい話し方ではなかったが、上目使いの媚びるような笑顔は健在だった。
聖羅はどうやら直樹攻略のために同行していたらしい。
聖羅としても、あわよくば玉の輿にのるチャンスと気合を入れてきたのだ。
「ああ、はじめまして。いやあ鷹城物産の秘書は美人が多いと聞いていましたが噂通りですね」
直樹はこういうリップサービスを忘れない人だった。
「まあ、お口がうまいですね。私なんてまだまだです。二年目で慣れないことばかりで」
「二年目ですか。それにしては落ち着いていらっしゃる」
すっかり会話の弾む二人に、摩夜は入っていけそうになかった。
「はは。お嬢さん。我が愚息は私に似ず手が早いので気をつけて下さいね」
国定常務は、話し込む二人に声をかけて先に行ってしまった。
「では後ほど……」
直樹も続いて去ろうとした。
(どうしよう。せっかくこんなにドレスアップまでしてもらったのに、何の役にも立てないまま二人が行ってしまう……)
摩夜は慌てて「あのっ!!」と叫んだ。
驚いた顔で直樹が振り返り、聖羅が迷惑そうに眉間を寄せた。
「?」
直樹は摩夜を見て首を傾げると、軽く会釈をして再び歩き出した。
(ダメだった……。私ってなんて役立たずなの……)
聖羅が勝ち誇ったように摩夜を見つめている。
あの会議の日を思い出して、嫌な汗がじわりと出てきた。
「いいさ。後でまた声をかけてみよう」
派玖斗がそっと摩夜に耳打ちした。
「すみません……」
消えるような声で謝った。
しかしその時、直樹がふと立ち止まった。
次話タイトルは「創立記念パーティー②」です




