71、思いがけない味方
会食の席は三席だった。
摩夜と派玖斗が二人並んで、その向かいに一席。
籐堂は運転手と共に車の中で食事しながら待つらしかった。
「お待たせして申し訳ありません」
しばらくして現れたのは……。
「お父さん……」
まさかの父だった。
「いいえ。こちらこそゆうべに引き続きお時間を作って頂きありがとうございます」
派玖斗は立ち上がって頭を下げた。
「いえ、頭を下げなければいけないのは私の方です。ゆうべはありがとうございました」
「ゆうべ……?」
どうやら昨日、先方と言っていたのは父のことだったらしい。
三人が席につくと、父は摩夜に視線を向けた。
ドキリとする。
父には強く叱責されたことはないが、父の前で失態をさらすと、その後母にひどく叱られた。
だから失敗しないように緊張してしまう相手ではあった。
「摩夜か?」
父は確認するように尋ねた。
「は、はい」
摩夜が緊張しながら答えると、父は穏やかに頷いた。
「大体のことは、ゆうべ鷹柳さんから伺った」
「!!」
摩夜は驚いて、派玖斗と父を交互に見た。
大体のことって?
一体どこまで?
父は一昨日、真昼と派玖斗の婚約にあれほど喜んでいたのに……。
「鷹柳さんから、ゆうべ正式に摩夜とお付き合いさせて欲しいと言って頂いた。もちろん反対する理由はないし、私に出来ることは協力するつもりだ」
「え……でも……真昼は?」
父にとっては、派玖斗の相手が摩夜であろうが真昼であろうがどっちでもいいのだ。
鷹城の御曹司と縁戚関係になれるなら……。
そう思った。
しかし……。
「今まですまなかった、摩夜」
父はテーブルに手をついて深く頭を下げていた。
「お父さん……」
「私は出産をきっかけにどんどん壊れていく真理子が恐ろしくて……。子供の教育に口を出すと半狂乱になって怒り出す真理子が手に負えなくて……。すべてが面倒になって逃げてしまっていた」
「……」
「だがこの数年……私なりにいろいろ苦しんで……お前達にも心から申し訳なかったと思っている。私が逃げてしまったせいで、お前達二人に辛い思いをさせてしまった」
高校の時、私達と母を捨てようとしていた父の言葉とは思えない。
何が一体、父をこんな風に変えたのか。
「ゆうべ鷹柳さんからお話を伺った時は驚いたよ。私も最初は信じられなかった。あれほど喜んでいた真昼の言葉が嘘だなんて……」
「お父さんは……私を信じてくれるの?」
父は、そもそもどちらかを贔屓するほども関わってこなかった。
「正直言うと……同じ服装をされると、きっと見分けがつかないんだ。すまない」
父は降参するように、あっさり認めた。
「だがゆうべ話してみて、この鷹柳さんは信頼できる人だと思った。そして彼が摩夜と付き合いたいと言うなら、真昼と真理子が何を言おうとも、想い合っている二人を尊重すべきだろう」
父の出した答えは単純明快だった。
女性同士だと感情が渦巻いて答えの出ない恋愛問題は、社会的立場のある男同士ならとてもシンプルに答えの出る話なのかもしれない。
派玖斗はそこに賭けたのだ。
「お母さんには私から話しておくよ」
摩夜は、ハッと父を見た。
父は、母も自分と同じものさしで測れると思っているのだ。
「お母さんに? ダ、ダメよ……そんなこと……」
そんなことを言えば、どんなに錯乱するか分からない。
父は深く関わってこなかったから知らないのだ。
「心配ないよ。お母さんともいろいろ話し合って、ずいぶん落ち着いてきたんだよ」
「そんなはずないわ! お父さんは何も知らないからっ!!」
摩夜は立ち上がって叫んでいた。
「確かに私は真理子の何も知らなかった。だが今は知ろうと思っている。分かりたいと思っている。人は変わるんだよ、摩夜」
「でも……」
「そして私の心に変化が起きたように、真理子も変わってきてるんだ」
「そんなはずは……」
摩夜には変わったようには思えなかった。
「だから大丈夫。今晩にも電話して話してみるよ」
自信を持って答える父に、摩夜はそれ以上反論出来なかった。
そして……。
その日の夜中……。
すでにベッドに入っていた摩夜は、人の気配にドアの方を見た。
そこには……。
暗闇に立つ、母の姿があった。
その瞬間、中学時代のあの日を思い出した。
ああ……。
やはり父の考えは甘かった。
母は何も変わっていなかった。
そして神様は……。
やはり私に幸せなど用意してなかった。
中学のあの日と同じように。
母は今度こそ……。
私を殺しに来たのだ。
次話タイトルは「告白」です




