70、目覚めた摩夜
「真昼が嘘を?」
「そうだ。よく考えてみろ。いろいろ思い当たるはずだぞ」
派玖斗に問われ、摩夜はいままでの人生を思い返してみた。
「そう……いえば……。中学の時、真昼は昴にデートに誘われたと言ってたけど、昴はそんなことしてないって言ってた」
つい先日聞かされた話だ。
なにかおかしいと思ったが、真昼に限ってと自分で打ち消した。
「昴?」
「はい。その時、私が従兄弟の直樹さんを好きだと聞かされてショックを受けたのだと」
派玖斗は予想外に出て来た話の内容に憮然とする。
「直樹? 聞き捨てならない話だが、それで昴が積極的な行動に出られなかったんなら、まあそこは真昼に感謝だな」
「でもなぜそんな嘘を?」
「俺に聞かれても、そういう女の気持ちはよく分からないが、ゆうべ真昼の話を聞いて思ったんだ。摩夜がやっていたという成り代わりは、本当は真昼こそがやってたんじゃないかと」
「成り代わり?」
「昴のことみたいに、今まで誰かとうまくいきかけた人間関係が、翌日になると突然最悪になってたことはないか?」
「そういえば、地味な私にもクラスで話しかけてくれる子が出来て、仲良くなれたと思ったことはありました。でも次の日学校に行くとなぜがひどく嫌われてたりしたことは何度か……。でもそれは私が嫌な人間だと気付いたのだと……」
「真昼が摩夜に成り代わってひどい事をして、嫌われるように仕向けた可能性はあるな」
そういえば時々、意味の分からない怒りをぶつけられる事もあった。
『摩夜ちゃんがあんな事する人とは思わなかったわ』
『私、あなたみたいな人はちょっと無理』
『昨日自分が何をしたか考えれば分かるでしょ?』
そういえば男の人にもそんな事を言われたことがある。
女子大時代にも真昼は当然モテたが、双子の摩夜にも興味を持って近付いてくる人もいないわけじゃなかった。
『僕はあまり華やかな人は苦手だから、摩夜ちゃんみたいな真面目な子の方が好きなんだ』
そんな風に言われてデートの約束をするところまでいった人も、僅かだがいた。
でも翌日には手の平を返したように
『ごめん。やっぱり摩夜ちゃんは思ってた人と違った』
と言って断られた。
「まさか……全部真昼が……?」
「ずっとお前の自己評価の低さが不思議だったんだが、そういう事だったのかもな」
派玖斗は考え込むように頷いた。
「でも、どうしてそんな事を……」
「それは分からないが、俺はとにかくお前が心配なんだ」
そして派玖斗は少し考え込んでから、思い切ったように口を開いた。
「なあ、摩夜。俺の家に来ないか?」
「えっっ!?」
「いや別に下心だけで言ってるんじゃないぞ。その……あれだ。お前がまた家に帰って、真昼と母親の判断基準に取り込まれるんじゃないかと不安なんだ。
お前が二人の言葉に感化されて、バカな事を考え出さないかと……」
「バカなこと?」
「例えば真昼のために俺と別れるとか……さっきみたいに会社をやめるとか……。
お前は会社をやめてどうするつもりだったんだ?」
「それは……とりあえず本部長に迷惑をかけてはいけないと……」
先のことまで考えてなかった。
「出来ればもう少し俺に執着して欲しいもんだな。何度もあっさり捨てようとしやがって」
「捨てるなんて……」
摩夜としては身を引いてきたつもりだった。
「とにかくウチに来い! 一人暮らしのマンションだが会社にも近いし、一部屋空いている。そしてなるべく早く籍を入れよう」
「せ……籍?」
「あー、なんかいろいろ順序が逆だが、俺の気持ちは変わらない。俺はもうお前をその家に帰したくないんだ」
「で、でも……そんな急に……。心の準備が……」
あまりの急展開についていけない。
「どうせお前は、そうやってしどろもどろ悩むんだろうと思った。だからすでに手は打ってある」
「手を打つって?」
そこに籐堂が秘書室からやってきた。
「派玖斗さん、先方の今晩のアポは取れました」
「そうか、良かった」
「先方?」
摩夜が首を傾げる。
「俺と籐堂は、今まで難攻不落と思われた相手を、何度となく落としてきた。根回しと策略は、籐堂に勝てる者などいないからな」
「口のうまさと強引さは、派玖斗さんの右に出る者はいませんしね」
お互いに少しムッとして睨み合う。
「とにかくお前は、今日は家に帰って荷造りしておけ。いつでも俺の家に来れるように。
そして出来れば、真昼や母親とあまりしゃべらないようにしろ」
一体、派玖斗が何を企んでいるのか分からなかった。
◇
「今日の昼は会食の席を持つことになった。摩夜も来い」
翌日の朝、突然、派玖斗は摩夜に告げた。
「え? 私も一緒にですか?」
派玖斗は昨日は「アポがある」と言って早めに退社した。
摩夜は派玖斗に言われたこともあるが、少し頭の中を整理したくて、寄り道をしながら遅く帰った。おかげで夕べは真昼とも母とも顔を合わせなかった。
朝は会ったが、二人共、特に変わりはなかった。
摩夜だけが不思議な気持ちで真昼をこっそり見つめた。
この天使のように愛らしい真昼が、本当に嘘なんかつくのだろうかと。
派玖斗を疑う気持ちはないが、やっぱりまだ信じられなかった。
「成人式で着た振袖を出しておかないとね、真昼。結納で着るだろうから」
母は上機嫌で真昼に話しかける。
「うん。それから、あちらのご両親に挨拶に行く時のお洋服も買いたいの」
「そうね。今週末にでもデパートに行きましょう」
「ありがとう、お母さん」
そんな会話を聞いていると、どうしても嘘だと思えない。
やっぱりおかしいのは自分じゃないかと思ってしまう。
派玖斗は、こんな摩夜を心配して家に来いと言ったのだろう。
派玖斗は、本当に思いついたら、即行動するのだ。
だから……。
会食の席に現れた人物に、摩夜は唖然とした。
「な……!!」
次話タイトルは「思いがけない味方」です




