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7、ハクに似た人①

「風見さん、よく来て下さいました」

 大谷農園の社長が揉み手で祖父を出迎えた。


 車で十分ほど行った所に大谷農園はあった。

 ビニールハウスがいくつも並び、ぶどう狩りやイチゴ狩りも催している大きな農園だ。

 品質も素晴らしく、大手商社とも専属契約している。


「前回は二年前でしたか。戻ってくるのが早かったですね」


 二年前にカラスの大群を追い払ったというのに、また戻ってきてしまった。


「ええ。それまでは常にカラスの被害に苦しんでましたが、この二年は嘘のようにカラスの姿を見る事もありませんでした。それなのに、また一羽、二羽と集まり出して……」


 確かに農園の周りの木々にたくさんのカラスの姿が見えている。


「カラスは賢い鳥ですからね。鷹の縄張りではないと気付いたんでしょう。

 ここならヒナを育てるのに充分なエサがありますしね」


 結局、周期的に追い払っていく以外、仕方がないのだ。


「ではしばらくマメに追い払っていく事にしましょう」

 

 だいたい二・三週間追い払えば、カラスもここはヤバいと思って別の所で巣作りしようと思うようになる。それまで一羽でもカラスが来れば追い払いに来る事になる。


 年金暮らしの祖父には、ちょうどいい仕事だった。

 ただ初回は一羽では荷が重いほどの数なのだ。

 だから初回だけは複数羽で追い払うのがいい。


「では早速はじめましょう」


 摩夜まやすばるは、祖父の合図と共にワゴン車の巣箱から鷹を出した。

 エガケの手袋の上に鷹をそれぞれ乗せる。

 祖父も自分の鷹、リュウを左拳に乗せた。


 リュウとアリスに比べると、ハクは少し小さい。

 それはハクだけオスの鷹だからだ。


 鷹はオスよりメスの方が大きく、また飼いやすく狩りもうまい。

 鷹匠のほとんどはメスの鷹を飼っている。

 オスは神経質な上に、体も小さく、結構ダメンズが多いのだ。


 でも難しいだけにベテランほどオスを飼ってみたくもなる。

 ただ摩夜の場合は偶然だった。


 初めての自分専用の鷹が、たまたまオスで、ハクだった。

 ハクは確かに俺様で孤高で気位が高く、気難しい鷹だった。

 

 こういう鷹はたいがい人間に寄り添う事もなく、狩りに使えないまま終わる。

 摩夜も最初は相手にもされず、ハンストをおこされて、餓死寸前にまでなった。


 プライドの高い鷹は、食事を拒否したまま死んでいく事もあるのだ。

 犬や猫のように簡単に飼い主に懐柔されないのだ。


 鷹は人間に支配されるつもりなどサラサラない。

 今も大人しく左拳に乗っているが、ハク的には乗ってやってるのだ。


 主人はあくまで自分だと思っている。

 摩夜が自分に必要な人間だと思うから共にいる。

 役立たずだと思ったら、一切の命令に従わなくなる。


 鷹とはそういう生き物だった。


 摩夜まや達三人は見晴らしのいい場所に並んで立った。

 そして木に止まってこちらの様子を窺っているカラスを見渡す。


 まず祖父が動いた。

 カラスが群れている方角に向かって一歩踏み出すと、左手を伸ばし勢いよく前に振り出す。


 リュウはその反動を受けて、一気に空に飛び立つ。

 空を切るように羽を真っ直ぐに広げて、遠くの木々に突っ込む。


 すると驚いたカラス達が一斉に空に飛び立った。


 同じようにアリスもすばるの手から大空に舞い上がる。

 リュウに驚いたカラス達はアリスの出現で、さらに度肝を抜かれて彼方に飛んでいく。


「ハク。どこに飛びたい?」

 ハクは二羽の鷹の動向を目の端で感じながら、一点を見つめている。


 リュウ達が飛び立ったのと反対側の木々に、潜むように止まっている群れがいる。

 隠れているつもりだろうが、ハクはとっくに気付いていた。


 きゅっと、一瞬左拳を強く掴まれた。


(あれね)


 摩夜はハクの視線の先を見て、気持ちを汲み取る。

 そして真っ直ぐ左手を伸ばすと、木々に向かって手を振り出す。


 ハクは低空を切り裂くようにひゅーんと飛ぶと、木々の手前で垂直に舞い上がった。


 突如、下から現れた鷹にカラスは仰天して飛び上がる。

 そして一目散に逃げて行った。


 ハクはそのまましばらく旋回して、慌てるカラスを蹴散らしてから、摩夜の腕に一直線に舞い戻ってきた。


 摩夜は腰に据えたエサ入れから肉片を取り出し、ハクに与えた。

「お見事、ハク。今日も素敵だったわ。あなたったら飛び方もイケメンよね」


 ハクは摩夜に褒められても、そんなの当然という顔でエサをついばんでいる。


「相変わらずカッコいいヤツだな。オスの鷹は臆病者が多いって言われてるけど、ハクは別だよな」

 昴もアリスにエサをやりながら感心している。


「ハクに驚かされたカラスは、きっともう戻って来ないよ」


 昴が絶賛しても、ハクはすました顔でそっぽを向いてエサを食べている。


「ちぇっ、何だよ。ハクってば摩夜以外にはホントに冷たいよな」

 

 他の鷹は飼い主以外の手にも乗ったり、少しは反応を見せたりするが、ハクだけは摩夜の手にしか乗らないし、明からさまにそっぽを向いたりする。

 特に昴の事は嫌っているようだった。


「最近はおじいちゃんの手なら少しは乗るみたいだけどね」

 摩夜は愛おしそうに、また頬ずりした。

 頬ずりはおじいちゃんでも拒否られるらしい。


 ハクだけは、摩夜だけを見て、摩夜だけに気を許してくれる。

 それがまた、たまらなく愛おしかった。


「そういえば、ここの仕事の時だったよな」

 昴が思い出したように呟いた。


「え?」

 摩夜はドキリとした。


「ほら、ハクに似た名前のヤツ。二年前にここで会った」


「あ、ああ……。派玖斗はくとさんよね」

 摩夜は今思い出したように言ったが、本当は大谷農園と聞いた時から思い出していた。


 ちょうど二年前、同じようにハクを飛ばしてここでエサをやっていたら現れたのだ。


 彼、鷹柳たかやなぎ派玖斗はくとが。



「おい! 今のは何だ!」


 彼の第一声がそれだった。


 このド田舎には不釣合いなスーツ姿で、横に部下らしき男性を一人連れていた。

 私は大学の春休みで、しばらく祖父宅に滞在していた。


 そして一緒に大谷農園の仕事にハクを飛ばしに来た。

 それは若鳥のハクにとっては初仕事だった。


 彼はどこかでカラスを蹴散らす鷹を見ていたのか、突然駆け寄ってきたのだ。


 鷹が吸い込まれるように人間の腕に止まったのを見て驚いたらしい。


「鷹狩りです。……と言ってもカラスを蹴散らすだけですけど」

 摩夜と昴は場違いなスーツ男に最低限の答えを返した。


「どうやったらそんな風に鷹がなつくんだ? 俺もやってみたい」


 まるで子供のような言葉に摩夜と昴は目を見合わせた。


「ちょっと持たせてくれ」


 男は、摩夜の手の上のハクに自分の高そうな背広の腕を突き出した。


「いえ、ハクは私以外の手には乗りませんから……。それにエガケを着けないとスーツの袖に穴が空きますよ」

 なんだろう、この図々しい人は、というのが第一印象だった。


「ハク? そいつはハクと言うのか?」


「はい。そうですけど……」


 スーツ男は、隣りの部下と顔を見合わせている。


「俺も派玖斗はくとという名前なんだ。奇遇だ。だから乗せてくれ」


 意味が分からない。


「名前が一緒だからって、ハクは私以外の手には乗りませんから」


「そんなはずはない。きっと俺の手には乗るはずだ」


 ひどく自分勝手で思いこみの強い人だと思った。


「おいっ! 乗ってみろ!」

 派玖斗はぐいっと自分の腕をハクのお腹に当ててきた。


「ちょっ……、やめて下さい。鷹は神経質なんです。機嫌を損ねると、しばらく言うことを聞いてくれなくなるんですから」


「俺も同じだ。やってみたいと思った事はすぐやらないと気が済まない。機嫌を損ねるとしばらく誰の言うことも聞かなくなるぞ」


「し、知りませんよ。そんなこと私に言ってどうするんですか!」


 なんなんだ、この人は! と思った。


「おい、これは命令だ!」

 横暴男は、摩夜の腕をぐいっと掴んだ。


「きゃっ!!」

 摩夜は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。


(まずい……)


 ハクは摩夜を自分の相棒だと思っている。

 その相棒が攻撃されてると思ったかもしれない。


 そして案の定……。


「あっ! ハク! ダメッ!」


 バッと摩夜の手から飛び立ち、派玖斗の頭の上をくちばしつついて威嚇し始めた。

 まだ若いハクは、気性が荒く、そのあたりの教育が完全ではなかった。


「うわっ! 何しやがるっ! こいつっ!」


「ハクッ! 戻って! お願いっ!」

 摩夜は蒼白になって叫んだ。


 ハクはまだ不満気に派玖斗の上を飛んでいたが、『ふんっ!』と最後に見下すような視線を投げかけてから、摩夜の手に戻った。


 しかし、ハクの足の爪が当たったのか、突いた嘴が当たったのか、派玖斗の額から血が流れていた。


(どうしよう……)


 血にも驚いたが、猛禽類が人を傷つけたら、ただではすまない。

 たとえ相手が悪くても関係ない。

 裁判、賠償などももちろんあるが、相手の怒りが収まらなければ、殺処分という場合もある。

 しかも相手は、部下を連れたなんだか偉い人っぽい人物だ。


(大変なことをしてしまった……)



次話タイトルは「ハクに似た人②」です

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