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64、神様の愛

 派玖斗は大事をとって、あと二日入院することになった。


 摩夜は籐堂に命じられた通り、つきっきりで世話をした。

 派玖斗はわがままで手のかかる子供のように、様々な要求を突きつけ、そのほとんどに答えたものの、幾つかは却下させてもらった。


「この枕は固くて眠れない。膝枕がいい」

「それは業務外です。致しかねます」


 二日目にもなると摩夜も慣れてきて、あしらい方を覚えた。


「ゆうべ寝る時金縛りにあったんだ。怖くて今日は眠れないかもしれない。今日はここに泊まって添い寝してくれたら嬉しいんだが……」

「それも業務外です。本部長、昨日から非常に危険なセクハラ発言が多発しております。気をつけて下さい」


「今は派玖斗として恋人の摩夜に頼んでるんじゃないか」

「私は今、本部長の第二秘書として業務にいそしんでおります」


 どこまで本気でどこまで冗談なのか分からないが、そういうわがままを言っている時に限って、籐堂が病室にやってきた。


「怪我をいいことに、どこまでセクハラ親父になるつもりですか。いい加減にして下さいよ」

「ふんっ! また来たのか? お前はもう見舞いに来なくていいぞ」


「私も出来れば鼻の下を伸ばした派玖斗さんなど見舞いたくはないのですが、仕事の報告があるので仕方ないでしょう」

「病人にベッドの上でも仕事をさせる気か?」


「体がお辛いようでしたら、膝枕を致しましょうか? ああ、それとも今夜は添い寝をしながら、派玖斗さんが呑気にセクハラ発言をしている間に私がどれほど多くの業務をこなしているか滔々(とうとう)と話し聞かせて差し上げましょうか」


「……」


 派玖斗はあきらめたように籐堂の差し出す書類を受け取り、大人しく仕事モードに入ったようだった。



 摩夜はこの二日間を神様がくれた最後のご褒美ほうびの時間だと思っていた。

 二人きりで過ごす長い時間に、多くを語り合った。


 お互いのこれまでの人生。

 今、何を考え、どんな夢を持つのか。


 派玖斗の話は未来の夢が多かった。

 異母兄弟もいてハタから見るよりも結構多くの挫折を味わってきたらしい派玖斗だったが、それらは簡潔にまとめた事実として話すだけで、気持ちはこれからの事だけに向いているようだった。


 そして気付いた。


 私は真逆なのだと。


 私の未来の夢は、ハクとずっと一緒に暮らすこと。

 食べるに困らない程度に何か仕事をして、細々と暮らしていければよかった。

 三十代に何をして、四十代にどうなっていたいとか。

 そんなビジョンは何もなかった。

 どんなに年を重ねても、ハクと共にある自分しか浮かばなかった。


 だから語る話は、自然に過去の事になってしまう。

 そして派玖斗はそれを聞きたがった。


「神様の罰とは何だ?」


 派玖斗は最初に尋ねた。


 摩夜は、仕方なくこれまでの母との確執をかいつまんで話した。

 母に殺されかけた話はさすがに出来なかったが、それ以外は小学校時代に真昼のフリをして母を動揺させてしまった話もした。

 それがなければ、きっと理解できないだろうから。

 

 自分が欲望に負けて多くを望むたびに、母を不幸にし、誰かを傷つけてきた。

 欲しいものを掴みとろうとすると、必ず大きなしっぺ返しにあってきたのだと。


 現実主義の派玖斗が、よくこんな突拍子もない話に付き合ってくれたと思う。


 呆れて幻滅されるかもしれないと思いつつ話してみたが、派玖斗の返答は予想外のものだった。


「それは『神様の罰』ではなく『神様の愛』だ」


 思いもしなかった答えに、摩夜は自分が話し方を間違えたのかと思った。


「ちゃんと聞いてましたか、本部長? 私は幼い頃から真昼を独り占めしようとして嘘をついたり、時には真昼の持ってるものが欲しくなってこっそり持ち出したりしてたんですよ? そしていっつもすぐにバレて糾弾きゅうだんされるんです」


「俺もそうだった。小さい頃から負けず嫌いで、思い込んだら嫌がるヤツも無理矢理巻き込んで思い通りにしようとする嫌なヤツだった。今でもその傾向はあるだろうが、これでもずいぶん丸くなったんだ」


「本部長が嫌なヤツだったんですか?」


「別に不思議はないだろう? 今も好き嫌いがハッキリ分かれるタイプだと自認している」


 確かに思った事に真っ直ぐ突き進む派玖斗は、ぞっこん惚れ込む者がいる反面、目障りに毛嫌いする人間もいる。

 推進部の本部長宛てのメールも、両極端に分かれていた。


「我が道を進みすぎて全員から総スカンを食らった事も何度もある。悪口を囁かれる事なんて日常茶飯事だ。もう慣れた」


 何かを成し遂げようとする人は、他人の悪口など気にしている暇はないのかもしれない。


「だが傷つかないわけじゃない。時には落ち込むこともあるし、自分のやろうとしている事は間違いなんじゃないかと不安になる事もある」


 このいつも迷いなく突き進む派玖斗にも、そんな逡巡しゅんじゅんがあるのだと初めて知った。


「なんで俺ばっかりこんな目にあうのかと、それこそ神は不公平だと思ったこともある。他のヤツは同じような事をしても、誰にも糾弾されずにうまく世渡りしてるのに、なんで俺ばっかりこんなに細かなあらを見つけられて糾弾されるのかと」


 御曹司という目立つ立場ゆえにあらも見つかり易かったのだろう。


「でも苦しみながら突き進んだ先に、初めて成功を掴んだ時、気付いたんだ」


「気付いた?」


「すべてはこの成功のために用意された試練だったと」


「試練……」


「その試練がなければ、俺はきっと途中で慢心して努力を怠り、この成功を掴みとることなど出来なかったのだと気付いた。本当は俺こそが神に愛されていたと気付いたんだ」


 派玖斗の言葉が摩夜の心を大きく揺さぶった。


「摩夜、お前は確かに少しばかり悪い事をしたり、意地悪な感情を持ったかもしれないが、すぐにしっぺ返しにあって反省できた。二度と同じ事をしないでおこうと誓った。その決意が今のお前の無垢で透き通った心を作ったんじゃないのか?」


「そ、そんな風に考えたことが……」


「じゃあ考えてみろ。もしお前の罪が誰にも気付かれずうまく誤魔化せたなら。

 その場は確かにうまくつくろえて、自分は神に愛されてると勘違いするかもしれない。でもそうであったなら、悪い事も意地悪もバレなければ、人に糾弾されなければ、やってもいいと信じる人生だったかもしれない。俺はそんなお前には、きっと興味を持たなかった。俺は今のお前こそが成功であり、今のお前を導いた神に感謝するぞ」


「派玖斗さん……」


 そんな考え方があるのかと、目の前が開けるような気がした。

 考え方一つで、同じ物事が全然違って見えてくる。


 私は神様に愛されていた……。


 そんなこと、考えたこともなかった。


 でも、そんな風に考えると、沸々と心があったまって幸せに満たされていく。


「じゃあ……私は……幸せになってもいいんですか……?」


「もちろんだ。そして出来れば……」


「出来れば?」


「俺がお前にすべての幸せを与えられる男になりたい」

 少し照れたように言う派玖斗が眩しい。


「本部長……」


「おい! ここは派玖斗さんと呼ぶところだろうが」

 少しねたように言ってから、あざやかに微笑む。



 摩夜はただ……。


 この人が心から大切だと……。


 かけがえのない人だと……。


 痛いほどに感じていた。


次話タイトルは「転落の足音」です

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