63、相思相愛
「……ったく! 何をどうしたらこんな事になったんですか!」
籐堂は、ようやく意識の戻った派玖斗に、開口一番、小言を言った。
意識を失った後、ハクの先導で探しにきた籐堂や大谷社長たちが麓に運び、救急車で地元の救急病院に連れて行った。
そのまま検査と点滴をしながら、一昼夜眠り続けたらしい。
当然のことながら、籐堂は蒼白になって、意識が戻るまで生きた心地がしないほど心配した。
だから小言を言いたくなる気持ちも分かる。
だが、派玖斗は目覚めると同時に部屋を見渡して尋ねた。
「摩夜は?」
病室には籐堂しかいなかった。
「摩夜さんの話からすると、彼女を助けるためにこんな大怪我をしたそうですね。鷹城グループの御曹司をこれほどの危険にさらすなど言語道断! 秘書失格です」
「な! まさか、籐堂……」
「ええ、もちろん厳しく叱責させて頂きました。当然でしょう」
「摩夜に何を言ったんだ! まさか摩夜を……」
派玖斗は慌てて体を起こした。
「摩夜さんにはしかるべき処分を言い渡しました。派玖斗さんの命を危険に晒したのです。その報いは受けてもらわねば、私の気が済みません」
「籐堂! 一体摩夜に何を言ったんだ! 摩夜はどこにいる?」
派玖斗は起き上がって点滴の管を引きちぎろうとした。
「うわっ! ちょっと落ち着いて下さい。勝手に管を抜かないで下さいよ」
「うるさいっ! 摩夜を探しに行くっ!」
暴れる派玖斗を押さえようと籐堂が必死で腕を掴む。
病室のベッドの上で力比べのようにお互いの腕を掴んで睨み合いになっていた。
しかしその時……。
病室の入り口が開いて、「あっ!」という叫び声がした。
「?」
派玖斗は声の主を見て、均衡を保っていた腕の力を抜いた。
そのせいで、どうっと二人一緒にベッドに倒れた。
「本部長! 目が覚めたんですか?」
摩夜が色鮮やかな花で溢れた花瓶を持って駆け寄ってきた。
「摩夜……」
ベッドに仰向けになった派玖斗が目を丸くしていると、覆いかぶさるようにベッドに倒れこんでいた籐堂の背中が震えているのに気付いた。
「籐堂……お前……わざと不安にさせるような事を言っただろう」
肩を震わせ笑っているらしい籐堂を派玖斗が睨みつけていた。
「あの……大丈夫ですか? 何かあったんですか?」
摩夜はサイドテーブルに花瓶を置いて、ベッドに倒れかかっていた点滴の台を元の位置に戻した。
「摩夜、俺の意識がない間に籐堂にひどい事を言われなかったか?」
起き上がりながら尋ねる派玖斗に、摩夜は予想外な反応をした。
ポッと顔を赤らめて俯いてしまったのだ。
「な! なんだ、その反応は?」
派玖斗は俯く摩夜と、まだ肩を震わせながら立ち上がった籐堂を交互に見た。
「おい! 一体摩夜に何を言ったんだ、籐堂!」
「それは摩夜さんの口から聞いて下さい。では私は派玖斗さんのせいで多忙な雑務に追われていますのでこれで失礼致します。ドクターには意識が戻ったと伝えておきます」
「あ、ちょっと待て! 籐堂!」
派玖斗が呼び止めるのも聞かずに、籐堂は病室から出て行った。
二人きりになると、途端にお互い照れくさいような変な空気になってしまった。
「その……あれだ。籐堂が何を言ったか知らないが、気にしなくていいからな。怪我をしたのは俺の力不足だ。お前のせいじゃない」
「いえ、私のせいです。どんな処罰も受けるつもりでいます」
「処罰なんかない! まさか籐堂のヤツ秘書をクビにするとか言ったのか?」
「いえ、逆です」
「逆?」
「はい。悪いと思うなら本部長の怪我が治るまでつきっきりで世話するようにと」
「な!」
今度は派玖斗が真っ赤になる番だった。
「あの……何か食べ物を用意しましょうか?」
「……」
「それとも温かいタオルで体を拭きましょうか? 何でも命じて下さい」
「……」
派玖斗は考え込むように前で腕を組んで目をつむった。
「あ、さきにお医者様に診てもらうべきですよね。呼んできましょうか?」
「いや、籐堂が伝えてるからじきに来るだろう。お前はここにいろ」
「では飲み物でも用意しましょうか?」
「……」
「あの……」
「籐堂のヤツもたまには気の利いた仕事をするもんだ」
「え?」
「いや。飲み物はいいからこっちに来い」
「えっ?」
こっちと言われた先には両手を広げた派玖斗がいた。
「な! な! なにを……」
「意識を失う前にやっただろう? 途中で意識を失ってよく覚えてない。いつもハクにやるみたいに頬をすりすりするヤツだ。あの続きからもう一回やってくれ」
「な、なに言って……。で、できません! あの時は無我夢中だったから……」
「なんでだ! 何でも命じろと言っただろう!」
「わ、私は秘書としての過失を償うため、本部長の身の回りのお世話を命じられています。業務を越えた命令には従いかねます」
「これは命令じゃない」
「命令じゃない?」
「鷹柳派玖斗としての個人的な願いだ」
「願い?」
「思い返せば、二年前からずっと羨ましかったんだ」
「な、なんのことですか?」
摩夜は首を傾げた。
「いつもハクに頬ずりしてただろう。お前は気付いてないだろうが、お前が頬ずりしている間ハクの野郎はいっつも勝ち誇ったように俺を見てやがった。まるで『こいつは俺のもんだ』とでも言いたげにな。だから今度は俺がハクに見せ付けてやるんだ」
「な、なに子供みたいなことを言ってるんですか!」
「一番強力なライバルは似鳥でも昴でもない。ハクだと思ってるからな」
「ハ、ハクは鷹ですよ?」
「でもお前が一番心動かされるのはハクだろう?」
「それは……」
否定できない。
「もう一度あの時の言葉を聞かせて欲しい。俺の腕の中で」
「派玖斗さん……」
不安そうに手を広げる派玖斗に抗う理由はもう無かった。
ゆっくり近付いて派玖斗の腕の中に頭を沈める。
そして頬ずりするよりも早く、待ち構えていたように派玖斗の両腕に強く抱き締められた。
気を失いかけていた前回と違って、しっかり抱き寄せる揺るぎない力が心地いい。
感じたことのないやすらぎに満たされていく。
殺伐としたこの世界に、こんな温かな場所があったのだと泣きたくなる。
一生手にすることなどないと思っていた泣きたいような幸せ。
この一瞬を手にするために人は生きているのかもしれない。
たとえこれまでの人生がどれほど惨めであったとしても、この瞬間にすべてが帳消しになった。そう思えるほど幸せだと思えた。
だからこれが最後かもしれない言葉を告げる。
「派玖斗さん。好きです……」
ここが幸せの頂点なのだろうと、摩夜は感じていた。
きっと罠に落ちた摩夜を、神様は許さないだろう。
転落の足音が聞こえてくるような気がしていた。
そして……。
派玖斗は摩夜をさらに強く抱きしめると、転落の扉を開く言葉を告げた。
「退院して向こうに戻ったら、真昼に会おうと思う」
次話タイトルは「神様の愛」です




