61、愛の告白
「いやああああっっ! 派玖斗さんっ! 死なないで!!」
摩夜はすっかり動転して、泣き叫んでいた。
そうしている間にもみるみる血は広がっていく。
「だ、誰かっっ!! 誰かっ! 助けてっっ!!」
動転したままに叫んでみたが、もちろん私有地の山の斜面に誰もいるはずなどない。
「心臓マッサージを……。ううん、まず血を止めなきゃ」
心臓に耳を当ててみたが、動転していて自分の体の震えと心音の方が尋常じゃなく、動いているのかいないのか分からない。動いてないような気がしてしまった。
ガクガクと震える手でポケットのハンカチを取り出して、派玖斗の後頭部に当てる。
でもあっという間にハンカチは血まみれになってしまった。
「ど、どうしよう。誰か助けを呼びに……」
山の斜面からは大谷社長の家の屋根が見えている。
今なら籐堂さんをはじめ、大勢の村の人がいるはずだ。
「さ、叫んで聞こえないかしら」
そして心強い存在を連れてきていたことを思い出した。
「ハク……」
ハクならきっと気付いてくれる。
そう確信した。
「ハク――――ッッ!! ハク――――ッ!!」
間髪入れず、出る限りの声で叫んでいた。
「ハクッ!! お願い、気付いて! ハク――――ッ!!」
でも、もちろん都合よくハクが飛んでくるはずなどなかった。
ハクは巣箱の中だ。
誰かが巣箱から出さないと飛んでくることなど出来ない。
血まみれのハンカチで傷口らしき所を押さえながら、摩夜は必死に祈った。
「ああ、神様、お願いします。派玖斗さんを助けてくれるなら、なんでもします。もう悪役は嫌だなんて言いません。世界中から嫌われて死刑になっても構いません。だからどうか派玖斗さんは助けて下さい。派玖斗さんを必要としてる人はたくさんいます。ご家族も籐堂さんも真昼も井手口さんも営業推進部の人も……。だから私の命と引き換えに助けて下さい」
少しでも手を弛めると、後頭部から血が溢れ出てくる。
その血流に動転して、すっかり冷静な判断が出来なくなっている。
「ハク――――ッ!! お願い!!」
もっと止血の仕方や救命方法をしっかり勉強しておくべきだったと悔やんだ。
「お願い。死なないで派玖斗さん。私を置いて行かないで。生きてさえいてくれたら、どんなに苦しくても、ちゃんと前を向いて生きていくから」
気付けば、ハクが落鳥した時と同じようなことを呟いていた。
最後に見た傷ついた派玖斗の顔だけが浮かぶ。
愛してないと告げようとする摩夜に、傷ついた顔をしていた。
ああ。
どうせこんなシナリオが用意されているのなら。
こんな結末しかなかったのだとしたら……。
なぜ正直にならなかったのだろう。
ただシンプルに好きだと言えなかったのだろう。
答えなど決まっていたのに。
「うう……ううう……ハク――――ッ!! ううう……」
涙が溢れる。もうどうしていいのか分からない。
何もできないまま派玖斗の胸に顔をうずめて泣いていた。
「お前は……なにをぎゃあぎゃあ騒いでるんだ……」
「……?」
突然低い声になじられて顔を上げた。
「……っつ……。でかい声を出すと頭に響くだろうが……」
「は、派玖斗さん……。気が付いて……」
「ああ。もう少し聞いてれば愛の告白でもするのかと思ったら、ハクばかり呼びやがって」
派玖斗はゆっくり手を動かして、摩夜がハンカチで押さえている後頭部の傷口を触った。
「岩で切れたんだな。いてて。たぶん表面だけだ。もうしばらく押さえてたら止まるだろう」
摩夜の手から受け取るようにハンカチで傷口を押さえた。
「じ、じゃあ……心臓は……」
「動いてるだろっ! 勝手に殺すな!
お前の叫び声で俺の方がもう動いてないのかと驚いただろうが」
「よ、良かった……ううう……良かった……」
「……」
ほっと安心する摩夜に、派玖斗はしばらく考えてから言い直した。
「いや、違うな。俺は一度死んだんだ」
「え?」
「カッコよく死んでやるつもりだったが、気が変わった。お前が泣いて頼むから仕方なく戻ってきてやった。女にここまで頼まれたら見捨てるわけにもいかないだろう。お前のために生きてやることにした」
「そ、それは……」
昔、派玖斗にだけ話したハクの落鳥の時の言葉だ。
まだ覚えていたのだと驚いた。
「だからお前はもう俺のものだ」
「え? な、なにを言って……」
「お前のために戻ったのだから、これからはずっと俺のそばにいるのが筋だろう」
「それは……」
「分かったら返事をしろ! ずっと俺のそばにいると」
「で、でも私は……」
「この期に及んでじらすつもりか? さっき俺が助かるならなんでもすると言っただろう! 俺は気が短いんだ。すぐに答えろ!」
「わたしは……」
なぜこんなに似ているのだろう。
生き返ったばかりのハクのように。
俺様顔で命じる姿まで……。
何かが吹っ切れたような気がする。
派玖斗が死んだと思った時、こんなことなら自分の心に正直に生きれば良かったと思った。
たとえそれが神様の罠であったとしても。
悪役への第一歩だとしても。
その先に大きなしっぺ返しが待っていたとしても。
私の人生を私の心に正直に生きなくて、何の意味があるのだと。
ハクと派玖斗さんはそれを私に伝えにきたのかもしれない。
そう信じて生きてみてもいいんじゃないか。
泣き笑いのような顔で派玖斗を見た。
そして小さく頷いた。
「私は派玖斗さんと……」
微笑む顔がすでに答えを伝えていた。
しかしその時……。
ザッと上空に風を切り裂く音がした。
ハッと見上げる先には、空を旋回する鷹の姿が見えた。
「ハク?」
次話タイトルは「救世主」です




