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52、昴の告白

 結局、翌日集会を開き、村のみんなに話をしようという事になり、摩夜たちは一泊することになった。

 泊まる場所は、派玖斗と藤堂は大谷農園の来客用の部屋で、摩夜は祖父の家に泊まることにした。このまま男たちは酒席になるので、先に帰れと派玖斗が玄関まで見送ってくれた。


「明日の集まりにお前の祖父も来るのか? 鷹匠の風見さんだったか」

「いえ、祖父は農園を経営しているわけではないので、明日はたぶん来ないと思います」

 年金暮らしの祖父は、自治会の当番などはやっても、村おこしの話し合いには特に参加してなかった。


「そうなのか? でも明日は鷹のバードランの話もあるし、来てもらった方がいいだろ? そうだ、ハクを連れてきてくれ」

 派玖斗は思いついたように言った。


「ハクを?」

 摩夜はぎくりと派玖斗の真意を探った。


「久しぶりに会いたい。俺のことを覚えているか知りたい」

「それは……」

 たぶん、覚えている。

 ハクは一度会った人間を忘れない。

 ただ、ハクは摩夜がいれば必ず手に乗ろうとするだろう。

 もうバレたようなものだ。


「なんだ。何か連れて来ると困ることでもあるのか!」

「そ、そういうわけでは……」


 分かって言っているのだろうか、と思った。

 摩夜が自分から白状するのを待っているのかとも思ったが、摩夜が「あの、実は……」と言いかけると、すぐに話をそらしてしまう。


「じゃあ、明日は風見さんとハクを連れて来てくれ。遅いから俺の車で送らせよう」

 会話をぶち切るように言って、気まずい顔をしている派玖斗の様子が変だ。


「あの本部長、先に話しておくことが……」

 しかし、その言葉はまたしてもさえぎられた。


「摩夜、じいちゃん家に行くなら、俺が送っていくよ。おやじに家に置いてある秘蔵の酒を取ってくるように言われたんだ。ついでだからさ」

 部屋から出て来た昴が言うと、派玖斗はムッとして睨みつけた。


「摩夜は俺の運転手が送っていく。送ってもらわなくて結構だ」

 

 つっけんどんな言い方に、今度は昴がムッとした。


「どうせ車で出るんだから俺が送ります。いつもの事ですから」


 さほどいつもの事でもなかったが、昴の車というか、農園用の軽トラックには何度か乗せてもらったことはある。


「摩夜は俺の車の方が乗り心地がいいはずだ」

「いいえ。俺の軽トラの方があんな重苦しい車より気楽に乗れるはずです」


「女は高級車が好きと相場が決まっている。そうだな、摩夜」

「摩夜はそういう俗物的な女ではありません。俺の軽トラがいいよな、摩夜」


 なぜか、二人はひどく敵対していた。

 リゾート施設の話では意見の一致がみられたはずなのに、どうしてムキになって言い合っているのか分からない。


「送りオオカミということもある。部下を危険にさらすわけにはいかない。俺の車にしろ、摩夜」

「あんたの方こそ上司の権力を振りかざし過ぎだろ。なんか下心でもあるんじゃないのか」


「なんだと」

「図星だろうが」


「ち、ちょっと二人ともどうしたんですか?」


「お前はどっちの車がいいんだ! はっきりしろっ!」

「摩夜、このおっさんにはっきり言ってやれ!」


「な、なんで二人とも怒ってるの?」


「いいから早く答えろっ!」

「どっちがいいか選べよ!」


 二人に問い詰められて、摩夜はこの場を収拾するため、仕方なく答えた。


「じ、じゃあ、昴の車でついでに送ってもらいます」


 別に選んだとかではなく、その方がついでだから頼みやすかっただけだが、昴は勝ち誇ったように満足げな顔になり、派玖斗はショックを受けたような顔で「勝手にしろっ!」と言って部屋に戻ってしまった。



「あいつさあ、ホントに真昼と付き合ってんの?」

 昴は軽トラを運転しながら、隣の摩夜に不服そうに尋ねた。


「うん、そうよ。あ、ただ、最近は仕事が忙しくて会えてないと思うけど」


 そういえば派玖斗に真昼の話をしなければと思い出すと気が重くなった。

 まず、明日にでも二年前の鷹匠が自分だと白状して、深く謝ろう。

 そして真昼にこんな嘘を頼んだのは自分だと正直に言おう。

 真昼は最初から本当のことを言おうとしてたのに、自分が嘘をつかせたのだと。

 それで真昼への誤解だけでも解ければいいけど。


 派玖斗は許してくれるだろうか。

 カンカンに怒ってクビになるかもしれない。

 もしかしてそこで終わりになるから、言わせないようにしているんだろうか。

 はっきり言ってしまったら、摩夜との関係も真昼との関係も元通りにならないと思ってるんだろうか。それで聞きたくないのかもしれない。


(だったら、このまま曖昧にしてた方がいいんだろうか)


 でもそれが原因で真昼にも冷たくなっているなら何とかしなければならない。


(私にもどんどん冷たくなってるけど)


 ついにさっきは「勝手にしろ」とまで言われてしまった。

 摩夜には、最近の派玖斗の冷たさは、嘘をついている自分への失望のように思えた。


(きっと信じていたのに、平気で嘘をついていた私に失望してるんだ)

 そう思うと、気持ちがひどく沈んだ。


 早くハクに会いたい……とだけ思った。

 祖父の家についたら、まずハクに会いに行こう。


 摩夜が一人、物思いにふけっている間、同じように昴も思いを巡らせていた。


 あれこれ一人で考えた挙句、家に着く頃にようやく口を開いた。


「やっぱさあ、どう考えてもあいつ摩夜のことが好きじゃないかと思うんだけど」

「え?」


 摩夜はさっきから何をああでもないこうでもないと悩んでるのかと思ったら、そんなことかと可笑しくなった。


「なにバカなこと言ってるのよ。昴も聞いたでしょ? さっきも勝手にしろって怒ってたし、いっつもあんな感じで怒られてばかりなのよ」


「好きな相手にはわがまま言って甘えるタイプじゃないのか? ハクもそうじゃん」


「ハクは……確かにそうかもしれないけど、派玖斗さんはもっと大人の男性よ。好きな女性にはとても紳士的で優しいのよ」

 ダブルデートの時の真昼に対する派玖斗を思い出す。

 自分に対する態度とは雲泥の差だった。


「あいつが大人? 紳士的? 二年前からそんなヤツじゃなかったじゃん」

「でも好きな女性には優しいものでしょ? 昴だってそうじゃない」

「俺? お、俺は……」


 昴が言いかけたところで祖父の家に到着した。

 すっかり日が暮れて、街灯の少ない田舎道は月灯りだけが照らしている。

 祖父の家の玄関先まで昴は車で乗り入れてくれた。

 摩夜は助手席のドアを開けて、トンと地面に降りた。


「じゃあ、ありがとう。まだこれから大谷農園の社長さんたちと飲むのよね。あまり飲み過ぎないようにね。じゃあまた明日」


「あ、待てよ、摩夜」


 立ち去ろうとする摩夜を呼び止め、昴はエンジンを止めて車から降りてきた。


「どうしたの? 私ちょっとハクの小屋に寄っていくから」

「お、俺もハクの様子を見ていく」

「昴もハクに会いたいの?」


 摩夜は少しだけ迷惑そうな顔をした。

 これからハクの前にサプライズで現れて、心ゆくまでスキンシップを楽しもうと思っていたのに。二人きりの世界を邪魔される恋人の気分だった。


「じゃあ最初だけ少し離れたところにいてよ、昴。いきなり現れてハクを驚かせるんだから。いつも土日しか来てなかったから、こんな週中しゅうなかで現れて、さすがのハクも目を丸くするわよ。いつもすましてるハクが驚く顔も楽しみだわ。驚いても素敵なんだろうな」


 わくわくしながら家の裏手に回って、鷹小屋のドアに手をかけた。


 しかし……。


「!!?」


 ドアにかけたはずの手が、届かないまま空を切った。


 なぜなら……。


 後ろから昴に抱きしめられていた。


「え?」


 一瞬なにが起こったのか分からなかった。


 人肌に触れることすら滅多にない摩夜には、抱き締められた記憶なんてない。

 まれに真昼が可愛く抱きついてくることぐらいしか経験がない。


 まして男性の強い力で抱き締められるなんて、想像すらしたことがなかった。


「す、昴。どうしたの?」

 鼓動が皮膚を突き破りそうなほど跳ねている。

 後ろを向こうとするのに、背中から羽交い絞めにされて身動きもとれなかった。

 いつの間にこんなに背が高くなってたのだろうかと今さら気付いてドキドキする。


「な、なにかあったの? 最近そういえば様子が変だったけど」


「もう、摩夜。なんでそこまで鈍感なんだよ」


 後頭部に昴のくぐもった声が響いた。

 あまりに近くで聞こえる声に再びドキリとする。


「鈍感って……なにが?」


「ホントに言ってんの? 普通ここまでされたら分からないか?」


「……」


「俺はお前が好きなんだよ! 昔からずっと」


 信じられない言葉が摩夜の後頭部から身を貫いた。




次話タイトルは「知らなかった真実」です

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