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51、オレ様派玖斗

 派玖斗はまさに思いついたら行動の人間だった。


 プロジェクトの方針変更などの社内での根回しを井手口に任せて、藤堂と摩夜を連れて昼前には大谷農園に向かっていた。


 派玖斗の車の後部座席に並んで座ると、急に緊張してきた。


「あの……やっぱり私が助手席に座って、藤堂さんがここに座った方がいいのでは」

 

 プロジェクトの展望が見えてきて落ち着いてみると、急にダブルデート以降の気まずさがよみがえってきた。

 派玖斗も思い出したのか、さっきから腕を組んで難しい顔になっている。


「藤堂は助手席が定位置なんだ。余計な心配はしなくていい」 

「ですが、細かな打ち合わせも出来るでしょうし」


「藤堂が隣に座るとくつろがないだろう。あんな癒しと無縁の男と並びたくない」

 あっさり却下された。


「どうでもいいですが、人の悪口を言うなら本人に聞こえないように言ってもらえますか」

 藤堂も助手席から文句を言う。


 この二人は仲がいいのか悪いのかよく分からなくなる時がある。


「ところで摩夜」

 派玖斗は腕を組んだまま、唐突に問いかけた。


「俺に嘘をついてることがないか?」

 ギクリと摩夜は隣の派玖斗を見た。


「う、嘘ですか?」

 たぶん二年前のことだろう。


(やっぱりあれは私だと気付いたの?)


 観念して白状しようと思った、その時。


 ブルルルと摩夜のスマホが震えた。


「あ、すばるからです」


 会社を出る前に、昴に電話して事のあらましを連絡していた。

 まずは昴の土地の調査と、大谷農園の賛同がなければ始まらない。

 だから大谷農園の社長の家に、昴の父も参加して話し合いの場を作るように頼んでいた。


「昴? どうなった? うん、うん。そう、良かった。じゃああと二時間ぐらいで着くと思うから。ふふ。うん、そうね。ありがとう。じゃあ、後で」


 頼んだ通りに準備して待ってるという返答を聞いて、摩夜はほっと電話を切った。


「大谷農園の社長さんと昴のお父さんも連絡がついたみたいです」

 笑顔で報告する摩夜を、派玖斗が仏頂面で睨んだ。


「昴というのはなんだ! ずいぶん親密な雰囲気だな」


「あの……同級生の幼馴染です。鷹のバードランを作りたいと言った……」

「鷹の? 二年前に会ったヤツか。そういえば、そいつに去年名刺を渡したんだった」


 こちらのパズルもいよいよ埋まってきた。

 今度こそ白状しようと口を開きかけたのだが……。


「そいつはお前の事が好きなのか!」と尋ねられて話がそれてしまった。


「い、いえ。違います。昴はずっと真昼のことが……」

「真昼を?」

 派玖斗は意外そうに目を見開いた。

 そして考え込むような顔になった。


「だとしたらやっぱり二年前に会ったのは……」

 派玖斗の頭の中も情報が錯綜しているようだ。

 そしてどういう繋がりなのか、まったく違う所に辿り着いてしまった。


「お前、似鳥とはもう別れろ」

「え?」


 話の流れが滅茶苦茶だ。 

 なぜその話に辿り着いたのか分からない。


「井手口さんの周辺を探る必要もなくなった。人事部の情報を流してもらう必要もない。お前が似鳥と関わる必要などどこにもない」


「は、はい。それはそうですが」

「なんだ! 別れたくないのかっ!」

 なぜ喧嘩ごしに命令されるのか納得できない。


「い、いえ。そういうわけではなく、突然だったので」

「だったら今すぐ別れろ。メールを入れておけ」

「そ、そんな何といって……」


「簡単だ。もう用はないので別れますと送ればいい」

「いえ、さすがにそんなメールは……」

 失礼すぎる。


「あいつは確かに使えるヤツだが、お前には手に負えないだろう。お前のように無防備で騙されやすい女なんか、あいつの手の上で転がり回されて右も左も分からなくなるぞ」

「そ、それはそうかもしれませんが」

 なんだかひどい言い草だ。


「分かったんなら今すぐメールを送れ。なんなら俺が送ってやろう」

「い、いえ、結構です。自分でできますから」

「貸してみろ! 俺が送ってやる」

「や、やめて下さい」


 黙って聞いていた藤堂が、たまらず助手席から振り向いて注意した。


「派玖斗さん、いい加減にして下さいよ。さっきから聞いてると、嫉妬男の横暴丸出しじゃないですか! 今のはセクハラとパワハラで、謹慎三ヶ月です」


 そして、派玖斗は仏頂面のまま到着までフテ寝をしてしまった。



「……というわけで、まずは池から温泉が出るのか、また開発可能な源泉を持つのか、ボーリング調査をさせて頂きたいのですが。必要な役所への届けなど、すべて我が社の下請け会社が請負いますので」


 ソファに座って説明する藤堂の隣に派玖斗、向かいに大谷農園の社長と昴の父親が並んでいる。

 摩夜は少し離れたところで昴と立ち話をしていた。


「しかし驚いたよ。急にとんでもない話になってきたな」

「うん。急にごめんね。なんの相談もなく」

「いや、でも俺達からすれば、願ってもない話だよ」

「うまく温泉が出たらいいんだけど」


 そう言う摩夜を、昴はしばらく眺めてから呟いた。

「それにしても、会社ではそんなスーツを着てるんだ。ちょっとキャリアウーマンみたいだな。結構似合うじゃん」

 似たようなパンツスーツを三着買って、着回している。


「うん。あのね、本部長にはまだ二年前の鷹匠が私だって話してないから、私が話すまで黙ってて欲しいんだけど、いいかな?」

「え? 話すのか?」

「うん。もうバレてるような気もするし」

「ふーん」


 昴はチラリと話し込んでいる派玖斗を見た。

 すると、ついっと派玖斗がこちらを見た。

 そしてすぐにムッとした顔になる。


「おいっ! 摩夜! そんなところで何してる! こっちに来い!」

「は、はいっ!」

 摩夜は慌てて派玖斗の元に戻る。

 そして、資料を出してくれ、お茶が冷めた、おしぼりが欲しいと用事を言いつける派玖斗を甲斐甲斐しく世話している。


 その様子を見て、昴はどこかにこんなヤツがいたような既視感を抱いた。

 そして誰だか気付いて呟いた。


「ハクに似てるんだ。くそっ! 名前だけじゃなくてやる事まで似てやがる」



次話タイトルは「昴の告白」です

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