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5、幼稚園時代


真昼まひるちゃん、あそぼ」

「真昼ちゃん、一緒にお絵かきしよう」


 幼稚園でも真昼は人気者だった。

 未熟児で生まれた真昼は、同級生より二周りぐらい小さくて、頼りなげだった。


 つたない仕草で、お遊戯したり、ブロックを積んだり、スモックを着替えたりするのが、たまらなく可愛かった。

 みんな小さな妹のような感覚で、世話を焼きたがった。


 それなのに……。


「ダメ! 真昼は摩夜と姉妹きょうだいなのよ。摩夜が真昼の世話をするんだから、触らないで!」


 私はみんなのアイドルである真昼を独り占めしたくて、ずいぶん意地悪だったらしい。

 真昼と遊びたがるクラスメートを、次々蹴散らし、嫌われていったようだ。


「先生、摩夜ちゃんが真昼ちゃんと遊ばせてくれません」

「摩夜ちゃんが意地悪を言います!」


 担任の先生の所には、毎日苦情が寄せられた。

 しまいには母親が幼稚園に呼び出されて注意された。


「摩夜、どうしてみんなで仲良く遊べないの?」

「だってみんなが真昼を取ろうとするんだもん!」


 母に問われ、私は自分の正当性を声高に叫んだ。


「でも真昼はみんなと遊びたいと思ってるのよ」

「そんな事ないもん。真昼だって私とだけ遊びたいんだもん」


「そうかしら。ねえ、真昼はみんなと遊びたいよね」


 母が、隣りに座る真昼に同意を求めた。

 真昼は、その頃離さず持っていたガーゼのハンカチをくわえて、小首を傾げる。

 それがあまりに可愛くて、母は柔らかい笑顔になる。


「真昼は優しいから答えられないわね。ふふ」

 母の手が優しく真昼の頭を撫ぜる。


 それを見て私の心の中の悪魔が目覚めてしまった。

 急に立ち上がって、真昼を両手で思いっきり押す。

 小さな真昼は椅子ごとあっさりひっくり返ってしまった。


「きゃっ! 何するのっ、摩夜!!」


 母の悲鳴を後ろに聞きながら、私はだっと駆け出していた。


「真昼、大丈夫? 怪我はない?」

 遠くで母の心配する声と、真昼のか弱い泣き声が聞こえていた。


 そんなエピソードが山ほどある。

 というか、そんなエピソードしかない。


 私はいつもみじめな悪役だった。


 母は、同級生のお母さんより少し年代が高かったせいか、参観日もいつも一人だった。

 参観日の後、そのまま一緒にランチに出かけたりもしない。

 他の子達が友達同士、親子で出かけていく姿が羨ましかった時もあるが、私は真昼がいることに救われていた。


 人気者の真昼と一緒にいるんだから淋しくないもん、と強がっていた。


 人と群れたりすることのない母だったが、家のことはきっちりする人だ。

 家の中はいつもほこり一つなかったし、料理もうまかった。


 お父さんは仕事が忙しいのか、ほとんど見かけることがなく、夜遅く帰って来て朝早く出て行く。泊まりの出張も多く、一週間いないこともよくあった。


 家にいると、ぴりぴりと空気が張り詰めるので、いない方が良かった。


 父は私を見ても話し掛けもしなかったが、それは真昼にも同じだった。

 だから私は傷つかずに済んだ。


 私だけが無視されたらショックだが、真昼も同じなのだ。

 だから私のせいではない。

 こんなに可愛い真昼にも話しかけないのだから……。


 私は勝手に真昼を同志のように思っていた。

 では真昼はどう思ってたのかというと……。


 私のことをどうこう思うよりも前に、体が弱かった。


 幼稚園でも室内で大人しく遊ぶ真昼に比べて、私は外の遊具が好きだった。

 そして風邪をひく。


 私はいつも真昼に風邪をうつして、自分だけすぐに元気になった。

 だがうつされた真昼は、高熱を出し、肺炎になって入院する。


 いつも完璧に家事をこなす母は、真昼の入院という非常事態が起こるとパニックになる人だった。

 明らかに時間が足りないのに全部をいつもと同じように完璧にしようとして、キャパオーバーになる。


 そして精神のバランスを崩すと、私はすぐに祖父母の所に預けられた。

 夏休みなどの長期休暇も、私だけ祖父母の所に行くことが多かった。


 長期休暇も母にとっては手に負えない非常事態なのだ。

 なにせ、私がすぐに真昼に意地悪をして泣かせる。


「真昼一人なら大人しく遊んでいられるのに。どうして摩夜は意地悪ばかりするの? 真昼のなにが気にいらないの?」


 気に入らない訳ではなかった。

 可愛いからちょっかいを出したくなるのだ。

 そして時々、真昼が大事にしているものが欲しくなって取り上げてしまう。

 さらには母にもみんなにも可愛いがられてる真昼がたまに憎らしくなる。


 そして気付けば意地悪をしてしまっているのだ。


「同じ双子のはずなのに、どうしてこんなに違うのかしら?」


 母が毎日のように言うその言葉は、薄い重しとして心の中に積もっていった。


 この頃には、私は自分がどうやら嫌なヤツだということに気付き始めていた。


 自己主張が薄く、少し無理をすると倒れてしまう真昼は、薄幸で清らかな天使のような子だというのに、双子であるはずの私はその天使の幸せをおびやかす悪魔のようだった。


 少なくとも母には、そんな風に見えていたようだ。

 その母の顔色を見て、自分がひどく汚いものに思えた。


 そして恐ろしい事に気付いたのだ。


 私はどうやらこの世界の主役ではないらしい。

 私は主役を困らせ、苦しめる悪役らしい……と。


 まだまだ自分こそがこの世界の主役だと希望に溢れる幼稚園児の中で、私は早くも主役ではないのだと気付いてしまったのだ。


 もう少し成長してから知ればいい現実が、突然目の前に現れた。


 そうして……。


 少しずつ無口になっていったのだ。




次話タイトルは「ハク」です

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