49、真昼の想い
「摩夜、派玖斗さんに言ってくれた?」
似鳥と居酒屋で話をして帰ると、真昼が待ち構えたように出迎えて尋ねた。
「え? なにを?」
摩夜は波乱の一日がいろいろあり過ぎて、最初、真昼が何のことを言ってるのか分からなかった。
「もう、摩夜ったら、今朝、今日こそは話してみてって言ったじゃないの」
「今朝……」
もう遠い昔のように感じていたが、記憶を手繰り寄せて思い出した。
派玖斗に真昼への気持ちをハッキリ言葉で言うように、それとなく耳打ちしてくれと頼まれていた。最近の派玖斗は仕事も忙しく、摩夜に対しても冷たかったのでそれどころではなかった。だからずるずると言えないままになっていた。
痺れを切らした真昼が今日こそは聞いてくれと言ってたのだ。
「ダブルデートの後は全然誘ってもくれないし、この間勇気を出して私から夕飯に誘ってみたのに、まだ仕事があるからって断られたのよ。このままじゃ、どんどん不安になるの」
「仕事が忙しいのは本当よ。というより、今日の営業推進部の話、聞いてないの?」
「営業推進部の話?」
呑気に小首を傾げる真昼に、摩夜は驚いた。
摩夜たちの間では、人生を揺るがすほどの大事件なのに、他の部署の人は何も知らないのだ。
でも考えてみれば、秘書室にいた昨年度は摩夜だって営業がどんな仕事をとってきて、うまくいってるのか失敗したのかなんて何も知らない。
目先の秘書の仕事しか考えたこともなかった。
大谷農園と取引があったことすら知らなかったのだ。
「と、とにかく今はそれどころじゃないみたいよ。もう少し落ち着くまで待って」
「落ち着くっていつ? それなら電話ぐらいしてくれてもいいのに」
「今は無理だと思うわ」
井手口さんがクビになるか、プロジェクトの営業マンがどうなるか、推進部がどうなっていくのか、そして派玖斗自身もこのまま本部長でいられるのか。
この大変な局面で、派玖斗が恋人に甘い電話などするわけがない。
真昼との今後をどう思ってるのかなんて聞けるわけがない。
そう思い至らない真昼がひどく幼く感じた。
「摩夜、もしかして派玖斗さんが好きになったの?」
「え?」
「この間のダブルデートの時だって、摩夜、ずっと派玖斗さんのこと見てたでしょ?」
「そ、そんなこと……」
「みんなが摩夜の派玖斗さんを見る目が以前と違うんじゃないかって言うの。摩夜が馴れ馴れしく話しかけようとして、派玖斗さんに煙たがられてるのを見たって」
「え?」
確かにダブルデート以来、派玖斗が冷たくなったとは思う。
忙しさに食事すら摂ろうとしない派玖斗に「きちんと摂って下さい」と言って「余計な心配をしなくていい」と、つっけんどんに言われたことはあったが。
「もしかして摩夜が何か言ったせいで、私にも冷たくなったんじゃないの?」
「何かって?」
「みんなは私を捨てて自分と付き合ってくれって摩夜が詰め寄ったんだって……」
「ま、まさか!」
みんなってどのみんな?
受付の同僚? それとも会社の不特定多数が?
「それで派玖斗さんは、双子の私のことも煩わしくなったんじゃないかって言うの。ねえ、本当なの? 正直に言って、摩夜」
「ち、違うわ! そんなこと言ってない。ただ……」
「ただ、なに?」
摩夜は仕方なく、最近怪しんでいたことを告げることにした。
「もしかして二年前の鷹匠が私だってバレたかもしれないの」
真昼はひどくショックを受けたような顔になった。
「まさか……、私が嘘をついて成り代わったって言ったの? そうなんでしょ? だから派玖斗さんが急に冷たくなったんだわ。ひどいわ、摩夜。私はあなたに頼まれたから仕方なく嘘をついたのに。自分が嫌われたくないからって……ひどい!」
「ち、違うわ、まだ何も聞かれてないし、何も言ってないわ。聞かれても真昼に頼んだのは私だって言うつもりだし」
「嘘よ! 摩夜っていっつもそうじゃない!」
「いっつも?」
「幼稚園の頃だって私が摩夜としか遊びたくないって言ってたって、みんなに言って。急に誰も声をかけてくれなくなってとても悲しかったのを覚えてるわ」
「よ、幼稚園の頃は……そんなこともあったかもしれないけど……」
確かにあの頃は真昼を独り占めしたくて嘘をついたかもしれない。
「小学生の頃には、私が大事にしていた消しゴムを勝手に持ち出して、もらったなんて嘘ついて。あれは私の親友がくれた物だったから、誤解されて大切な友情が壊れるところだったわ」
「あ、あの時はあんまり可愛い消しゴムだったからつい……」
でもその後クラス中に私の嘘を暴かれ、ひどく糾弾されて当分誰も口をきいてくれなかった。
真昼ちゃんと違って摩夜ちゃんは嘘つきでひどい人間だと責め立てられた。
真昼は逆にみんなに同情されて、親友とも前以上に親密になっていた。
私の嘘はいつも簡単に暴かれて、ひどいしっぺ返しにあう。
神様が用意した罠に陥ると、確実に断罪されてきた。
だから慎重に慎重に、罠に落ちないように、もう二度と嘘をつかないように生きてきた。
それなのに派玖斗さんに嘘なんかついてしまったから、また私は断罪されるのだろうか。
そして永遠に責め続けられるのだろうか。
罪はいつになったら時効になるんだろう。
一度ついた嘘は覚えている人がいる限り、永遠に自分を責め続けるのだろうか。
じゃあ誰にも気付かれなければ、どんな嘘も罪ではないのだろうか。
神様に愛されている人の嘘は、バレないようになってるんだろうか。
だから愛されてない自分の嘘は、いつも最悪の状態でバレて、生涯責め続けられなければならないのだろうか。
どれほど深く反省して悔い改めても、生涯許してもらえないのだろうか。
「ごめん、摩夜。こんなこと言うつもりじゃなかったの。私、派玖斗さんのことは本当に愛しているの。彼に出会って、本当の恋ってこれなんだって思ったの。だから不安でたまらなくて。嫌われたんならどうしようって……ううう……ごめんね、摩夜」
しくしくと泣き出した真昼の肩をそっと抱いた。
「ううん。分かってるわ。真昼は優しい子だもの。私が一番よく知ってるわ」
「摩夜、本当は分かってるの。どうしてこんなに必死になるのか。きっとお母さんが今までになく派玖斗さんとの結婚を望んでいるから。お母さんの期待に応えたいんだと思うの。お母さんを悲しませたくないの」
『お母さん』のワードは二人にとって絶対的な意味をもつ。
「うん、そうね。私もできる限り協力するわ。ただ、今はもう少し待って。たぶん本部長は恋愛のことを考えている余裕なんてないと思うの。問い詰めたら、逆に心が離れていってしまうかもしれないわ。真昼が嫌いになったわけじゃないと思うから」
真昼にとってはこの恋愛が成就するかどうかは、人生を揺るがすほどの大事件なのだ。
派玖斗の仕事がうまくいくかどうかよりもずっと重要な……。
この重大事案を後回しにする派玖斗が理解できないのかもしれない。
そして派玖斗は、この大変な時に恋愛を持ち出す真昼を理解できないだろう。
摩夜はどちらの気持ちも理解できる気がするけど、やっぱり派玖斗側の気がした。
長く恋愛と無関係に生きてきたから、男性寄りなのかもしれない。
だから、今はプロジェクトの問題を解決するのが最優先だ。
なんとか真昼をなだめて、摩夜は自分に出来ることはないかと考え続けた。
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