48、プロジェクト会議
夕方に、井手口部門長たちが伊豆から戻ってくると、そのまま会議になった。
契約に行った営業部の柿本部長と第一エネルギー部の数人、そして海老沢本部長と派玖斗というメンバーだった。
藤堂と、それから摩夜も記録係として隅の席についた。
「とんでもないことをしてくれましたな、推進部の添木くんは」
開口一番、海老沢本部長が向かいに座る派玖斗に告げた。
わざわざ『推進部の』と前置きするのが責任をなすりつける気持ちに溢れている。
「どうやらこのプロジェクトの情報と共に有名商社に寝返ったようですね」
柿本部長が海老沢本部長の隣で説明した。
「あれだけネームバリューのある温泉旅館の代わりなど、今から探していたのでは一体いつになれば軌道にのるのやら。その間にあちらが先に完成させて顧客を奪っていくことでしょう」
「さて、この責任をどうとるおつもりですかな? 鷹柳本部長」
海老沢がまるで自分は関係ないという顔で派玖斗に尋ねた。
派玖斗は海老沢を睨み返すと、唸るような声で返した。
「こうなることをご存知だったのではありませんか? 海老沢本部長」
しかし、海老沢はすっとぼけた顔で目を丸くした。
「おやおや、これは驚いた。こんな大損害を受ける情報を知っていて黙ってるのですか。そんなはずがないでしょう。だいたい添木くんは、あなたの部下じゃありませんか」
派玖斗はギリリと唇を噛みしめた。
摩夜の隣の藤堂も、拳を握りしめているのが見えた。
井手口部門長は、派玖斗の隣でまっすぐ海老沢を見ている。
海老沢本部長と柿本部長、それに添木部長が水面下で繋がってるという噂もあった。
きっと添木の変心に、いち早く気付いていたはずだ。
しかし、柿本部長はまるで今気付いたというように告げた。
「そういえば、添木さんは鷹柳本部長になってからずいぶん不満をつのらせていたようですね。推進部改革だとかなんとか、部内を引っ掻き回して迷惑だと。鷹柳本部長への不満がこの裏切りに向かわせたのではないのですか?」
摩夜は震える手で、それらの言葉を書き留めた。
本当はみんな分かっている。
下っ端の第一エネルギー部の営業マンたちも感じているはずだ。
きっと井手口部門長がエネルギー部門に戻された時には添木の裏切りに気付いていた。
だから井手口部門長を総責任者にしたのだ。
しかも営業部に戻すのではなく、営業推進部のままで。
そうしてすべての責任を営業推進部の派玖斗と井手口になすりつけようとした。
プロジェクトの失敗よりも、会社の損害よりも、自分たちの保身のためにだけ動いた。
そこに企業戦士としてのポリシーもプライドもない。
自分の立場の安泰だけを考えたのだ。
今日まで海老沢と柿本の下でプロジェクトを進めていた営業マンたちもショックを受けたようにうつむいている。
井手口はかつての直属の部下だった彼らの落胆を、心で噛みしめているようだった。
二年前の井手口の理不尽な左遷に、会社をやめると言った者もいた。
しかし彼ら若手の営業マンには仕事にたいする情熱があった。
このプロジェクトを成功させたいという夢があった。
だから、井手口は自分も推進部でサポートするから会社をやめるなと説得してきた。
自分のことはいいから、仕事にだけ向き合えと励ましてきた。
それなのにこの結末はあまりに残酷だった。
井手口は凛とした目で海老沢と柿本を見据えていた。
それでも摩夜は知っている。
『平気で人を陥れる人間に、正義しか持たない者は勝ち目などない』
どれほど井手口が部下に慕われていても、どれほど正しく生きていたとしても。
摩夜自身がこれまでの人生で何度も打ちのめされてきた現実だ。
でも、初めてその現実を覆してくれたのが、先日の本部長会議で聖羅の嘘から救ってくれた派玖斗と、そしてこの井手口だった。
今度は自分が助けたいと思うのに、何一つ方法が思い浮かばない。
派玖斗は……。
なにか手立てを持ってるのではないかと一縷の望みを抱いて目をやる。
いつも嘘のように不利を覆してきた派玖斗なら……。
しかし、派玖斗は静かに告げた。
「分かった。責任の所在も含め、今後の方針を考え直そう」
その派玖斗の言葉に全員が希望を失った。
◆
「すみません急に呼び立てて、似鳥くん」
摩夜は前にも来た一駅隣の居酒屋で似鳥と待ち合わせていた。
「いや、いいよ。僕も話がしたかったから」
すぐにビールと食べ物を注文して本題に入った。
「だいたいの事情は小金井本部長から聞いてる。やっぱりかあって頭を抱えてたよ。海老沢さんと柿本さんの腹黒さは、人事部の小金井本部長が誰より知ってるからね」
「これからどうなるんですか?」
「うーん、まあプロジェクトが白紙になるんなら、誰かが責任をとらないとダメだろうな」
「責任って?」
「お偉いさん達ってのは政治にしろ企業にしろ、責任といえば辞表を出すことだと思ってるんだよな」
「そんな。じゃあ誰か会社をやめるってことですか?」
「実際さあ、僕はこういう風習はいいかげんやめた方がいいと思うんだ。誰かを吊るし上げて辞めさせたところで問題は解決しないんだよ。結局残った者が後片付けに奔走することになる。
それってむしろ無責任だと思うんだよね。責任をとるっていうなら、何を言われても会社に残ってきちんと清算して、何らかの形で事業を立て直すべきだ」
「事業を立て直すって?」
「まあ挽回するっていうなら、方法は二つある」
「二つ?」
「一つ目は、その有名商社からもう一度契約を奪い返す。でも難しいだろうな。鷹城グループは大企業だけど、それでも日本を代表する巨大グループにはかなわない。誰だって同じ条件なら大手と契約したいって思うでしょ」
「じゃ、じゃあ、もう一つの方法は?」
「もう一つは、新たに別の候補地を探して、先に開業にこぎつける。でもあれ以上のネームバリューのある温泉旅館なんて簡単に見つからないよ。念入りな調査と設計プランを練り直した膨大な資料ごと持っていかれたんだ。それに追いつくのは至難の技だ」
「そんな……。どこかに訴えられないんですか?」
「うーん。巨大企業っていうのは裏の道にも通じてるからね。それにそんな事をしてる間にもどんどん事業を進められて、結局泣き寝入りになるのが関の山だ」
「じゃあどうすれば……」
「ただ、まったく新しいリゾート施設を作るっていうなら先に開業にこぎつける可能性もあるよね。あっちの老舗有名旅館はまだ営業してるし、すぐに改築工事をできるわけでもない。まずは今の建物の解体工事から始めないとダメだしね」
「じゃあ、どこかリゾート地になりそうな所を探して……」
「まあ、そんないい所があれば、とっくにリゾート開発されてるけどね」
「温泉があればいいんですか?」
「伊豆みたいに温泉街で有名ならいいけど、聞いた事もない土地の温泉なんてわざわざ誰も行かないよね。よほど何かプラスアルファになる名物でもなければ……」
「そんな所を今から探すなんて……」
「うん。土地の買収から始めるんだから無理だよ」
「じゃあ……やっぱり……」
「今までの例から見ると、鷹柳本部長の異動と、井手口部門長のクビに近い左遷だろうな」
摩夜は絶望的な気持ちで似鳥と別れた。
次話タイトルは「真昼の想い」です




