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44、ダブルデート②

 ランチとイルカショーの後、水族館の前の公園を四人で散歩した。


 摩夜と真昼は、噴水の前に飛び交うハトに売店で買ったパンをちぎってやっていた。

 それを見守るように派玖斗と似鳥は、少し離れた場所で立ち話をしていた。


 摩夜は遠目にその二人を見ながら、似鳥の今日の目的がこの時間だったのだと心得ていた。

 そして派玖斗もまた、この時間を作るために今日のダブルデートを承諾したのだろう。


 だから二人の話が済むまで真昼とここにいる方がいい。

 それは真昼も心得ているのか、派玖斗を呼んだりしなかった。


「ねえ、派玖斗さんって摩夜にはいつもあんな口ぶりなの?」

 真昼はエサをやりながら尋ねた。


「あんな口ぶり?」

「うん。大声で怒鳴ったり、結構失礼なことを言うのね」


 真昼はそんな扱いをされたことがないのだろう。

 摩夜は苦笑した。


「私は本部長の部下だからね。彼女の真昼とは違うわよ」

「まだ彼女だなんて言われてないのよ。付き合ってくれとも、結婚を前提にとも。

 あまりそういう事を言わない人なのかな?

 ねえ、これって彼女だと思っていいのかな。どう思う摩夜?」


 不安そうにハトを見つめる真昼が意外だった。

 いつも不安になるより先に、告白されてきた人生だった。

 それなのに、今回ばかりは思うように告白されないらしい。


「確かに本部長は、あまり細やかに女性の気持ちを先読みする人じゃないのかも。でも、今日見てて、真昼を大事にしてるのは分かったよ。もう言ったつもりでいるのかも」


「そうかな? でも言ってもらわないと不安になるでしょ?」

 なるでしょ? と言われても、そんな経験などないのだから分からない。


「ねえ、摩夜からそれとなく言ってくれないかな?」

「え? それとなくって?」

 恋愛経験ゼロの摩夜には、何をどうしていいのかも分からなかった。


「だからね『言葉で言わないと分からないみたいですよ』とか、『真昼が不安がってましたよ』とか、言ってくれると嬉しいかな」


「そ、そんな上から目線で本部長に言えるかどうか分からないけど……」

 自分は恋愛関連で上から目線に言える人間ではない。


「私ね、摩夜に失礼な言い方をする派玖斗さんを見て、ちょっと嫉妬しちゃった」

「嫉妬?」


「うん。私にはいつもとても優しいけど、ちょっと取り繕ってるっていうか、気を許してないのかなって」

「そ、そんなこと気にしてたの?」

 こんな自分にまで不安になる真昼がいじらしい。


「だからね、ちゃんと言葉で聞いて安心したいの。そしてお母さんを安心させてあげたいの」

「お母さん……」


 突如、不意打ちをくらうように出たワードが摩夜の胸をえぐった。


「なんだか、摩夜の方が派玖斗さんと似合ってるような気がして不安なの。お母さんにこんな不安な顔で帰ったら心配させちゃうかも……」

「お、お母さんには言わないで。私に嫉妬したとか、私の方が似合ってるとか。そんなこと全然ないから。私がちゃんと本部長にハッキリ伝えるように言うから!」


 摩夜があまりに強い口調で言ったので、集まっていたハト達が一斉に飛び立った。


「やだ。もちろん言わないわよ。そんなに慌てないでよ、摩夜」

 真昼は困ったように、微笑んだ。


 摩夜と真昼の間では、母を動揺させないことが、いつも最重要課題なのだ。

 双子の空気感で、それは暗黙の了解になっている。


「ご、ごめん」

 摩夜は動揺をおさめようと、ついっと目を上げて飛び去ったハトを呼び戻すように左手を高く上げた。

 無意識にハクを呼ぶ時の仕草をしていた。


 しまった、と手を下げようとすると、まるでその手に誘われるように一匹のハトが舞い降りてきた。

 長年のハクとの触れ合いが、摩夜と鳥の間のへだたりをなくすのかもしれない。


 この手は大丈夫と信じきったような目でハトは摩夜の手に止まり「クックルー」と鳴いた。

「ふふ、賢いのね。パンをどうぞ」


 摩夜が残りのパンを差し出すと、ハトはそれを加えて飛んでいった。


「鳥使いみたいだな」


 背にかけられた声に、驚いて振り返る。


「本部長……」


 派玖斗が何か言いたげに摩夜を見つめていた。

 その目が初めて会った時の派玖斗を思い出させる。

 カチリと歯車が噛み合うような妙な感覚がした。


 派玖斗の瞳の中に今までと違う閃きのようなものが宿り、ズレていた歯車がきちんと回りだしたような妙な感覚。


「お前は……」


 言いかけた派玖斗を遮るように、真昼がぱっとその腕を掴んだ。

 真昼はこわばった表情で摩夜を見ていた。

 その怯えたような表情に見覚えがあった。


 いつのことだっただろうか。


 見てはいけないもの。

 気付かない方が良かったもの。

 世界はそんなもので溢れている。


 神様はそこらじゅうに罠をしかけている。

 見つけてしまったが最後、二度と元には戻れない罠を。


 慎重に目隠しをして見ないようにしても、結局はあぶり出てくる。


 摩夜は機嫌よく廻り出す歯車に押し出されて黒い渦に巻き込まれたような、そんな不安に包まれていた。


(何かがもう後戻りできなくなった)


「そろそろ出ましょうか。ディナーにいい店を予約してるんです」


 似鳥がいなければ、世界はこのまま闇に沈んでいたかもしれないと、摩夜はよろけるようにその腕にすがりついた。


「え? 腕組んでくれるの? 摩夜ちゃん」

 似鳥は少し驚きながらも、まんざらでもないと微笑んだ。


 そのまま駐車場に向かって歩き出す。

 背中に真昼と派玖斗の、種類の違う視線を感じた。


「似鳥くんの腕は安全地帯みたいです……」

「え? どこかに危険でもあるの?」

「はい。世界はいつも……私に悪役を準備して待ってるんです」

「悪役を? 摩夜ちゃんには演じきれないでしょ」

「私はそんな役は嫌だと、ずっとずっと逃げ回ってるんです」

「逃げ回る? 誰から?」


 摩夜はその質問には答えず、ぎゅっと似鳥の腕を強く掴んだ。


「ずっと……そばにいて下さい、似鳥くん」



次話タイトルは「中学時代①」です

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