43、ダブルデート①
「ねえ、摩夜。こっちのピンクのワンピースを着たら?」
「ううん。ピンクはちょっと……」
休みの日の朝、摩夜と真昼は服選びに夢中になっていた。
母が拭き掃除をしながら、真昼の部屋を覗く。
「珍しいわね。二人でどこかへ行くの?」
摩夜は外していたメガネをあわててかけた。
「そうなの! 派玖斗さんと似鳥くんとダブルデートなのよ。摩夜ったらいつもの会社のスーツを着ていこうとするから、私の服を貸してあげるって選んでるのよ」
真昼が屈託なく答えた。
なんでこんな事になったんだろうと思うのだが、摩夜のいない所で話がまとまってしまっていた。
まず、受付の真昼が通りかかった似鳥を呼び止め、今度ダブルデートをしたいねと言うと、似鳥はすっかり乗り気になって、時間と場所まで決めてしまった。
そして真昼が断られる覚悟で派玖斗に言うと、あっさりOKしたというのだ。
最後に残った摩夜に断る自由はほとんど残されてなかった。
ただ土日は絶対ダメだと言うと、ちょうど祭日休みがあったので否応なくその日になってしまった。
「大丈夫なの?」
母は横目で摩夜を見て、尋ねた。
「やだ、何を心配してるのよ。もちろん大丈夫よ、お母さん」
真昼が明るく答えても、母の目は摩夜を離さない。
摩夜には分かっていた。
母は、摩夜が真昼のなにかを奪うのではないかと恐れている。
そんなこと出来るはずもないのに。
そんなことが出来たこともないのに。
母はいつもいつも、摩夜に怯えていた。
「出しゃばらないように気をつけるから……」
摩夜は母を安心させるために、それだけ答えた。
◆
似鳥が計画したデート地は、水族館だった。
家には派玖斗の運転手つきの車が迎えにきてくれた。
「おはよう摩夜ちゃん。うわ、ワンピース姿初めて見るよ。可愛いね」
似鳥は助手席から顔を出してさっそく褒めてくれた。
ピンクは無理だが、濃いブルーのワンピースならと、貸してもらった。
少しヒールの高い同色の靴も、真昼のものだ。
髪型だけはいつも通りバレエ生徒のようにぴっちりと後ろでまとめた。
ゆるく巻いて垂らしている真昼とハッキリ区別できるように。
派玖斗は後部座席の真ん中で、ふんぞりかえって腕を組んでいる。
真昼が「おはようございます」とドアを開けて挨拶すると、「ああ」とだけ答えた。
ピンクのワンピースの愛らしい真昼を褒める気配もない。
最近、派玖斗は会社でも機嫌が悪かった。
誹謗中傷のメールのせいかとも思うが、そんなのは前からだし、何が原因かは摩夜には分からなかった。
「失礼します」と言って真昼が車に乗り込んでも、端に寄る気配もない。
仕方なく摩夜は、反対のドアに廻り込んでそちらから派玖斗の隣に座った。
「うわ、ずるいな、本部長。美女二人を両脇にはべらせて」
助手席から似鳥がからかっても、「フン」という顔で前を向いている。
こんな人をどこかで見たと思ったら、ハクだったと思い出して摩夜はおかしくなった。
「なにを笑ってる! だいたいお前はデートの時はそんなちゃらちゃらした服を着てるのか!」
派玖斗は隣に座るワンピース姿の摩夜を見て、不機嫌な声を上げた。
「す、すみません。真昼に服を貸してもらって……。似合わないですよね」
「……」
派玖斗は、黙ったまま前を向いた。
「ちょっと、本部長。僕の彼女をいじめないで下さいよ」
似鳥がまたからかうように言うと、派玖斗はますます不機嫌な顔になった。
そんな状態で郊外の水族館まで行ったが、似鳥が空気を作るのが巧くて、真昼や摩夜にも話題をふってくれるおかげで、気まずくなく到着した。
重役達が似鳥をそばに置きたがるのが分かる。
似鳥がいるだけで、空間が安定するのだ。
水族館のチョイスも良くて、最近オープンしたような所ではなく、昔からある都心を離れた場所にある水族館は、多少は混雑していたが、なにかに並ぶほどではなく、広い館内をゆったりと楽しめた。
「派玖斗さん、見て! クラゲがライトアップされてすごく綺麗!」
真昼は子供のようにはしゃいで、なにか見つけては派玖斗に報告している。
派玖斗は真昼の笑顔につられて微笑むと、はしゃいだ真昼が他の客にぶつからないように、さりげなく誘導している。
そんな派玖斗を見るのは初めてだったので、摩夜は見たくなかった思いに気持ちが沈んだ。
(やっぱり派玖斗さんも真昼に対しては優しいのね)
そんな事は充分に分かっていたつもりだったが、目の当たりにするとやっぱり切ない。
自分に対しては、当然だが仕事口調で、最近は不機嫌に怒鳴られることも多い。
ハクの化身とも思う派玖斗が、他の男性と同じく真昼を特別扱いするのがショックだった。
ハクにさえ見捨てられた気分になる。
(早くハクに会いたいな)
ダブルデートをしていても心はハクのところに飛んでいきたくなる。
「摩夜ちゃんも見たいものがあったら言ってくれたら僕がエスコートするよ。腕を組むなら右でも左でもどうぞ」
似鳥がぼんやりとクラゲを見つめる摩夜に、両手を腰にあてて差し出した。
「いえ、結構です。一人で歩けますから」
「そうだ。そこまでする必要はない」
いつの間にか摩夜の隣に立っていた派玖斗にぎょっとした。
「ちょっと本部長、邪魔しないで下さいよ。向こうで真昼ちゃんが待ってますよ」
熱帯魚の水槽前で真昼が手招きして待っていた。
「俺は上司として、部下に危険がないか見張ってなければならない」
派玖斗は仏頂面で答えた。
「まさかこんな公共の場で何かしたりしませんよ」
「じゃあ公共の場じゃなければ何かするつもりなのか」
「それは彼女なんだから分かりませんよ」
「なんだと!」
派玖斗と似鳥は、口を開けば言い合いになっているが不思議にいいコンビだった。
派玖斗には、藤堂といい、こういうズケズケと物を言う相手が合うのかもしれない。
「もう、本部長。私の心配はいいですから、真昼のところに行って下さい」
「そうですよ。ここからはイルカのショータイムまで別行動にしましょう」
似鳥が摩夜に続けて言い張った。
派玖斗がしぶしぶ真昼のところに行ってしまうと、摩夜はちょっと淋しかった。
つい二人がどこにいるのかと目で追ってしまう。
「そんなに本部長が気になる?」
「え?」
気付くと似鳥が寄り添うように立っていた。
さっき派玖斗が真昼にしていたように、摩夜が他の客にぶつからないように背後を守ってくれていたらしい。
自分が真昼のように扱われるのが不思議だった。
派玖斗も似鳥もデートだというのに会社と同じようなスーツ姿だったが、違う空間で会っているというだけで、いつもと違う感じがしてドキリとした。
それに自分の視線の先を気にする相手などいるとは思わなかった。
「足は大丈夫? もしかして靴擦れしてるんじゃない?」
似鳥の指摘に更に驚いた。
「ど、どうして分かったんですか?」
確かに履き慣れない真昼のヒールで、靴擦れになっていた。
「分かるよ。摩夜ちゃんだけを見てるんだからさ」
また調子のいいことを言ってと思うのに、ちょっと嬉しかった。
「待ってて。売店で絆創膏がないか聞いてみるから」
休憩用のソファに摩夜を座らせ、走っていく似鳥がいつもより男性に見えた。
駆け足で戻ってきた似鳥は、絆創膏と一緒に缶の飲み物を持っていた。
「喉渇いたでしょ。カフェオレで良かった? ほら足出してみて」
「い、いえ。自分でやります。あの……いくらでしたか? 払いますから」
「いや、いいよ。彼女だし」
「彼女と言っても本物の彼女ではないので……」
「僕は本物の彼女のつもりだから」
「……」
一所懸命、絆創膏を貼ろうとしている似鳥のつむじが目の前にあった。
「彼女って……」
「え?」
顔を上げた似鳥と至近距離で目が合った。
「彼女ってお姫様みたいですね。恋人を欲しがる人の気持ちが少し分かりました」
少し涙ぐんですらいる摩夜に、似鳥は珍しく動揺した表情になった。
「お、大袈裟だな、これぐらいで」
「自分を特別に思ってくれる人がいるって幸せですね」
摩夜は実際、感動していた。
今までこんなに人から大事にされたことなどない。
自分は誰の特別にもなれなかったし、これからもなれないと思っていた。
「僕が全部の特別をあげるよ」
だから似鳥の言葉が嘘でも嬉しかった。
次話タイトルは「ダブルデート②」です




