42、摩夜を取り巻く男達②
「もうこの話はいいよ。それよりさっきの告白の返事を聞かせて欲しいんだけど」
似鳥は運ばれてきた料理を受け取ってテーブルに並べながら尋ねた。
「小金井人事本部長は似鳥くんが私と噂になったことに腹を立ててたみたいですよ」
「ああ。それは気にしなくていい」
似鳥は知ってたらしく、間髪入れず答えた。
「気にしなくていいって、それで社内の立場が悪くなったらどうするんですか? というか現に立場が悪くなってるじゃないですか」
「そんなことは摩夜ちゃんが気にしなくていいよ」
「気になります。だからお断りします」
「……」
似鳥は考え込むように摩夜の表情を窺ってから呟いた。
「振られるって思ったより傷つくもんだな。最近は経験なかったけど……」
「ノーカウントでいいです。聞かなかったことにします」
しかし、似鳥は勝ち誇ったように微笑んだ。
「いや、聞かなかったことにされたら困る。僕にはまだ秘策があるから」
「秘策?」
「実は小金井人事本部長に摩夜ちゃんとの噂の真相を聞かれて、僕はこう答えてたんだ」
「噂の真相?」
首を傾げる摩夜に、似鳥は信じられない言葉を吐いた。
『鷹柳本部長を探るために秘書の行方さんに近付いています』
「な!!」
あっさりとんでもないことを白状する似鳥に唖然とした。
だが、そう聞かされてみると、とても納得できた。
なぜどんな美女もよりどりみどりな似鳥が、摩夜に近付くのか。
そして、やっぱり派玖斗の心配した通りだった。
「人事本部長は長年人事部を生き抜いたタヌキだからね、この間の会議に僕を列席させなかったのも、腹を立てた態度も全部演技だよ。僕を怪しまれずに鷹柳本部長に近付かせるための。だから僕の社内の立場は心配しなくていい」
すべての問題が解決したように言う似鳥に、摩夜は心のどこかで落胆していた。
何か裏があるだろうとは思ったが、それでももしかして、本当に自分を好きでいてくれるのではないかと、性懲りもなく期待していたのだ。
何度裏切られても僅かに期待してしまう。
もう二度と騙されないと思うのに、やっぱり今回こそはと思ってしまう。
そしてこんなことを言っても、受け入れてくれるだろうと思っている似鳥にも失望した。
誰にも平等で細やかな心遣いが出来る似鳥だと思っていたが、摩夜程度の相手にはこんな策略であっても受け入れられるだろうと思っているのだ。
「私は鷹柳本部長の何もしゃべるつもりはありませんので。これで失礼します」
冷めた声で言って、立ち上がろうとした。
「あ、待って、待って。本題はこれからだから」
「だから何も話すことはありませんから……」
「この間の会議で、なんで井手口部門長が呼ばれたか聞いた?」
「?」
突拍子もない話の飛び方に、摩夜は立ち上がりかけたまま止まった。
「二年前エネルギー部門から汚い手を使って追い出した、まさにその海老沢本部長が呼んだんだ」
確かにその事は変だと思っていた。でも……。
「井手口部門長がいなければプロジェクトが進まないからじゃないんですか?」
派玖斗も藤堂もそう考えていた。
「そう。この間の会議で、井手口さんが、新規プロジェクトの総責任者になった」
それは派玖斗からも聞いていた。
「おかしいと思わない? 自分達がやりたくて無理矢理取り上げた巨大プロジェクトだよ。それなのに今さら、推進部の井手口さんに総責任者の立場を譲るって」
「それは確かに……」
「うちの人事本部長と井手口さんって実は同期でさ、目立って仲良くはしてないけどお互いに認め合ってるんだ。だから二年前の井手口さん外しに心を痛めてたみたいだ。小金井本部長は、井手口さんは鷹城物産に必要な人材だって思ってる」
「それは私も、おそらく鷹柳本部長も……」
何より、摩夜には聖羅から庇ってもらった恩がある。
「海老沢本部長が何か企んでるのかどうか分からないけどさ、もしなにか陰謀があるなら、小金井本部長は井手口さんを守れるのは鷹柳本部長ぐらいしかいないだろうと思ってる。摩夜ちゃんも助けたいと思わない?」
「それは思いますが」
「でも小金井本部長は人事部長という立場上、誰かに加担したり鷹柳本部長と繋がってると気付かれるわけにはいかない。むしろ海老沢さんを油断させるためにも敵対しているぐらいの方がカモフラージュできる」
「カモフラージュ?」
「そう。僕が鷹柳本部長の秘書と付き合ってることが気に入らない。そのせいで鷹柳本部長まで敵視していると見せ付ける」
「それはつまり……」
「うん。海老沢さんを油断させるために、僕達が付き合ってることにする。そして小金井本部長と鷹柳本部長の敵対関係をカモフラージュする。どう? この筋書き?」
摩夜は少し考え込んだ。
藤堂さんも、派玖斗さんのためなら似鳥と付き合ってでも情報を探れと言っていた。
でもよく考えてみると……。
「それ、彼女にまでなる必要ありますか?」
しかし、似鳥はしれっと答えた。
「もちろんあるよ。僕の身の入り方が違うからね」
どこまで本気なのか分からない似鳥に、摩夜はため息をついた。
そして……。
とりあえず表面上、摩夜と似鳥は付き合うことになった。
◆
「派玖斗さん、さっきから、その貧乏ゆすりやめて頂けますか? 貧乏ゆすりというのは、貧乏人がやることです。貧乏と縁のない人間がやるものではありません」
藤堂は、ソファに向かい合っている派玖斗に注意した。
「金持ちだって心が貧乏になることもあるだろう」
「心が貧乏なんですか? 何もかも恵まれて、美しい恋人までいるというのに」
「真昼はまだ恋人になったわけじゃない」
「でも先日も食事に行ったんでしょう?」
「お前が店まで予約して、勝手に真昼と約束を取り付けたんだろうが」
「これも秘書の仕事ですから。仕事にかまけて放っておくと愛想を尽かされてしまいますよ」
「別にそれでいい。それで離れていくならそこまでの相手なんだろう」
「はあっ。モテる男はすぐこれだから。結婚しても、私が記念日の贈り物を用意しなければならないんでしょうね。いや、摩夜さんに頼んだ方がいいか。双子だから何が欲しいかよく分かるでしょうから」
「摩夜にそんな事を頼むな!!」
ムキになって言う派玖斗に、藤堂は首を傾げた。
「お前のせいだぞ。お前が余計な事を言ったから摩夜が……」
「なんのことですか?」
「だからっ! お前が似鳥と付き合って身辺を探れなんて言うから、摩夜が本気にして付き合うことになったんだろうが! 似鳥のヤツが調子に乗って変なことでもしたらどうするんだ」
「変なこと? だったら似鳥くんに責任をとって結婚してもらったらいいでしょう」
「な! 摩夜は俺と人事本部長の橋渡しのために付き合ってるだけだぞ!」
「でも不服はないんじゃありませんか? 容姿も悪くないし、人当たりもよくて、何より摩夜さんの良き理解者です。仕事も、まあ、彼ならどこでもソツなくこなすでしょう。摩夜さんには勿体無い相手ですよ」
「だからって好きでもない相手と……」
「それは分からないでしょう。摩夜さんは本当に好きかもしれませんよ」
「そ、それでも似鳥はどうなんだ。愛のない結婚なんて摩夜が可哀想じゃないか」
「摩夜さんは地味なので忘れてしまいそうになりますが、真昼さんと同じく鷹城グループの重役の娘ですよ。似鳥くんにとっても悪い話じゃない。彼なら摩夜さんを不幸にしない程度には、きちんと家庭も築くでしょう」
「そんな計算ずくめの恋愛など……」
「もう! さっきからあー言えばこう言う。一体何が気に入らないんですか!」
「それは……」
派玖斗は少し考えてから、藤堂に尋ねた。
「なあ、手に鷹を乗せて似合いそうなのは真昼より摩夜の方だと思わないか?」
ずっと心の中にくすぶっていた思いを、ついに口に出してしまった。
最初から真昼に違和感があった。
二年前会った鷹匠の真昼と違い過ぎる。
だが、かと言って摩夜はもっと違う。
でもメガネをはずしてからの摩夜は、徐々にあの鷹匠に近付いている気がする。
「まあ鷹が似合うといえば、摩夜さんの方かもしれませんけど、派玖斗さんとお似合いなのは真昼さんの方ですよ」
藤堂が真昼を強く押すために、今さら言えなくなっているが、摩夜といるとあの日の気持ちが蘇ってくることがある。
何もかも手に入れようとする華やかで満ち足りた女達の中で、摩夜だけは望むことが罪であるかのように手を出そうとしない。
そのくせ、自惚れかもしれないが、誰よりも自分の幸せを願ってくれているのを感じる。
その見返りを期待しない温かさが心地いい。
すべてを手にしていながら、さらに自分からももっと大きなものを手に入れようと画策する女達にばかり囲まれていた派玖斗には新鮮だった。
これがどういう感情なのかは分からない。
ただ、その心地よさを他の男にとられるのが腹立たしい。
じっとしていられないほどにイライラするのだ。
自分の知らない顔で似鳥と会っているのかと思うと、かっと頭に血が上る。
それなのに「大丈夫ですよ。ただ情報を交換するだけですから」と涼しい顔で言う摩夜に、八つ当たりしたくなってしまう。
だからさっきもコーヒーを持ってきた摩夜に「今はいらない!」と強い口調で怒鳴ってしまった。傷ついたように頭を下げて下がった摩夜がチラチラと頭に浮かぶ。
こんな態度をとりたくないのに、気付けばまた怒鳴っているのだ。
次話タイトルは「ダブルデート①」です




