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41、摩夜を取り巻く男達①

「行くわよ、ハク!」


 摩夜まやは腕を振りぬき、ハクを低く飛ばした。

 グーンと低空を切り裂き、垂直に舞い上がる。


 そのまま大空に円を描き、ハクは気持ち良さそうに久しぶりの飛翔を楽しんでいる。

 摩夜はその雄姿をうっとりと眺めながら、幸せを感じていた。


「なんかいいことあった?」

 すばるが隣でアリスにエサをやりながら尋ねた。


「え? なんで?」

「いや、なんか雰囲気が柔らかくなったというか……楽しそうだからさ」


「ふふ。なんだかね、やっぱり派玖斗さんはハクの化身じゃないかと思うの」

「派玖斗?」

 昴はその名を聞いて、一気に不機嫌になった。


「俺様で偉そうで、普段は怒られないかとヒヤヒヤするんだけどね、たまに誰よりも温かくて優しくて、こんな私にも分け隔てなく手を差し伸べてくれるの」


 昴はチッと舌打ちした。


「でもあいつは真昼と付き合ってんだろ? 結婚するんだろ?」


 昴に言われて、摩夜は以前より強く胸が痛むことに驚いた。

 いつものように徐々に痛みは薄れて、いつか祝福できるはずだった。

 それなのに、薄れるどころかもっと深いところが痛むようになっている。


 バサバサと戻ってきたハクを受け止め、頬ずりをする。

「そうだったわね。うん、もちろん分かってるわ」


「はあっ。俺も都会に出ようかな。こんな未来のない田舎にいてもしょうがないしさ」

「そういえば村の話し合いはどうなったの?」


「大谷農園も鷹城物産との取引きが縮小されて、いよいよ危ないらしい。大谷農園が潰れたらますますこの村に残るヤツもいなくなるだろうな」

「そうなの?」


 そういえばフルーツと繊維部門は縮小すると言ってた。


「あとは温泉でも掘り当ててみるか」

「温泉が出れば観光地になるかな?」


「金があればな。でも到底無理な話だよ。農園の赤字を取り戻すだけでヒーフー言ってるのに、温泉旅館なんてどうやって建てるんだよ。だいたい温泉が出るかどうかだって調べるのに大金が必要みたいだしさ」

「そっか……。鷹にはいい環境なんだけどな……」

「それだよ! 俺、考えたんだけどさ、鷹のアミューズメント施設を作るってのはどうだ? 農園や温泉旅館とちがって、広い空さえあれば出来るぞ」


「それって何するところなの?」

「ドッグランみたいにさ、飼ってる鷹を飛ばすバードランだよ」


「鷹を飼ってる人って日本にどれぐらいいるの? それに空なんてどこにでもあるのに、わざわざここまで飛ばしにくる人っているのかな?」


「はあっ。やっぱ無理かあ」

 昴はあっさり諦めた。


「俺んちだけでも細々と農園をやっていくしかないか……」

「ふふ。手が足りなかったら私が手伝ってもいいよ。週末だけだけど」

 昴は、ハッと摩夜を見つめた。

 そしてごくりと唾を飲み込み口を開く。


「そ、それならさ、いっそのこと……」

 しかし言いかけた昴を遮るように、ハクがバサバサと翼を広げた。


「ハク、また飛びたいの? 少し休んだら? あ、エサが欲しい?」

 摩夜に世話を焼かれながらハクは勝ち誇ったように昴を横目で見た。


「く、くそっ……、このやろ……」

 悔しそうに唇を噛む昴に、ハクは涼しい顔で『フン!』とそっぽを向いた。



「摩夜ちゃん」


 月曜日に総務部の用事を済ませて廊下に出ると、似鳥に呼び止められた。


「似鳥くん」

 摩夜は、慌てて周りをうかがった。


 噂にうとい摩夜には、みんながどういう噂話をしているのか詳しくは知らなかったが、本部長達の耳にも入っているぐらいだから、二人でいるのはまずいような気がした。


「こ、こんなところで話してたら、また変な噂を流されますよ」

 心配する摩夜をよそに、似鳥は意外に気にしてないようだった。


「やっぱり摩夜ちゃんの耳にも入った?」

「小金井人事本部長も怒ってたみたいですよ。もう私に声をかけない方が……」


 ただ、摩夜は似鳥に聞いておきたいことがあった。


「じゃあさ、外で会おう。大事な話があるんだ」

 似鳥の方にも何かあるらしい。

 だから携帯番号を教えて、会社帰りに一駅向こうの居酒屋で会うことになった。

 似鳥はスマートな雰囲気のわりに居酒屋が好きらしい。



「ふふ。居酒屋って騒がしくて、みんな仲間内で盛り上がってるだろ? 秘密の話をするにはちょうどいいんだよね。しかも個室のとれる居酒屋は内緒話に最適なんだ」


 そう言って似鳥が案内した居酒屋は、二人用の小さな小部屋がたくさんある洋風の店だった。

 通路の反対側は八人まで入れる個室らしく、そちらの喧騒で二人部屋の声は中の二人にしか聞こえない。確かに秘密話にはうってつけの店だった。


「ビールでいい? あと苦手なものとかある?」

「いえ、なんでも食べられます」


「じゃあ、お薦め料理を適当に頼むね」

 そう言って、店員を呼ぶと慣れたように注文した。


 似鳥のお薦めは前回もそうだが、女性が喜びそうなものを上手にピックアップしていて、エスコートにも手馴れているのが分かる。

 真昼が言っていたように多分モテる人なんだろうと思った。

 だから尚更この似鳥がなぜ摩夜に近付こうとするのか分からない。


 そして運ばれてきたビールで乾杯すると、すぐに核心にせまった。


「大事な話ってなんですか?」


 似鳥は前菜のプレートをつつきながら「聞きたい?」と勿体つけるように言った。


「もちろん聞きたいです」

 そのために来たのだから、そう答える以外にない。


「僕と付き合って欲しい」

「?!」


 摩夜はあまりに唐突な告白に、しばらく眉をしかめ怪訝に似鳥を見つめた。


「ちょっとそこまで付き合ってとか、そういうつまらない冗談言ってるんじゃないから。僕の彼女、つまり恋人になって欲しいってことだよ」

「わ、分かってます」

「分かっててその反応? なんかショックだな。普通喜ぶとか、赤くなるとか、ドキドキするとか、気のない相手でもその程度の反応はするでしょ?」


「なにを企んでるんですか?」

 摩夜の返答に似鳥は、はあっとため息をついた。

「告白した相手にそういうこと聞く?」


「だって、私は実は似鳥くんに聞きたいことがあったんです」

「聞きたいこと?」

 似鳥は思いなおしたように、摩夜を見つめた。


「私と似鳥くんの噂を言いふらしたのって似鳥くんですよね」

「……。なんでそう思ったの?」


「だってあの場にいたのは私と真昼と鷹柳本部長と似鳥くんの四人だけです。その中で言いふらすとしたら似鳥くんしかいません」

「四人以外の誰かにあの現場を見られてたかもしれないじゃん」

「いいえ。四人の中の誰かです」

「なんでそう思うの?」

 似鳥は探るように摩夜を見た。


「だって噂の内容に四人しか知らない話が混じってたんです」

「四人しか知らない話?」


「はい。私が悪い男に騙されてきたというくだりです。似鳥くん、引っかかってましたよね」

「それを僕が言いふらしたと思ってるの? なんで?」

「消去法でいくと似鳥くんしか残らなかったんです」


「消去法ねえ。摩夜ちゃん、肝心な一人を忘れてるでしょ」

「鷹柳本部長のことを言ってるんですか? 本部長はそんなこと……」

「違うよっっ! もう一人、最初に言い始めた張本人がいるでしょ」

「え?」


「どう考えても真昼ちゃんでしょ。なんで一番に思いつかないんだよ」

「あ、ありえません! 真昼はいつも優しくて思いやりがあって……私と違って心の綺麗な子なんです」


 似鳥はもう一度、はあっとため息をついた。

「あのさ、それいつの話?」


「いつって……生まれてからずっとです」


 摩夜が答えると、似鳥は呆れたように頭を振った。


「生まれてからずっと少しのかげりもなく、心が綺麗だったって言うの?」

「私の見る限り、真昼はいつもそうでした」


「それは摩夜ちゃんが気付いてないだけでしょ。そんな完璧な人間なんているわけがない。生きていれば、時には黒い感情も持つし、人に意地悪したくなる時もある」


「真昼はそんな私みたいな黒い心は持ってません」

「あのね。摩夜ちゃんは自分で思うほど黒い人間じゃないから。……というか、僕が見る限り断トツでクリアな心を持ってるから」


「似鳥くんって……」

 摩夜は何かに気付いたような顔で似鳥を見つめた。

 似鳥は期待を込めて聞き返す。

「なに?」



「思ったより人を見る目がないんですね」

「はあ?!」


 似鳥は一声叫んでから、がっくりと頭を抱え込んだ。




次話タイトル「摩夜を取り巻く男達②」です

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