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40、真実

「女性同士というのは、結構陰湿なイジメや足の引っ張りあいがあるようだが、そういうのは仕事と関係ないところでやってくれ。君のせいで会議が十五分も中断している」


 小金井人事本部長が迷惑そうに摩夜に告げた。

 期待の秘蔵っ子、似鳥に風評被害を与えた摩夜が気に入らないらしい。


「こんなことでは彼女を秘書に選んだ鷹柳本部長までメンツ丸つぶれですな」

 海老沢本部長が、口端を上げて小気味いい顔で派玖斗を見た。


 摩夜は自分ばかりか派玖斗まで非難される事がショックだった。


(私を選んだばかりに派玖斗さんまで……。私なんかと関わったせいで……)


 それが申し訳なくて「すみません……」と派玖斗に頭を下げた。


 勝ち誇ったように聖羅が微笑んでいるのを感じる。

 聖羅の言う通り、最近派玖斗のそばで幸せ過ぎて調子に乗ってたのかもしれない。

 だから忘れていたのだ。


――人を平気で陥れられる人間に、摩夜は一度も勝てなかったことを――


 摩夜は幸せな時間の終わりを、真っ白な頭で理解した。

 一ヶ月ほどの短い時間だったが、派玖斗のそばにいられて幸せだった。


 でも、これ以上疫病神のような自分が派玖斗のそばにいるわけにはいかない。

 そう決意したその瞬間、突如、派玖斗の怒鳴り声が会議室に響いた。


「なにを謝ってるっ!!」

「え?」


 驚いて顔を上げると、派玖斗が険しい顔で摩夜を見ていた。


「お前はさっきやってないと言ったんだろう! それは嘘だったのかっ!」

「い、いえ、嘘などついてません」

「だったら謝るなっ! 俺はお前を信じてる! お前がやってないと言うならやってない! 一ヶ月ほどしか一緒に仕事をしてないが、お前は嘘をつくような人間じゃない。それは俺が証明できる!」


「本部長……」

 これ以上、派玖斗の立場を悪くしたくないと思う反面、自分を信じると言ってくれた言葉が摩夜の心を強く揺り動かした。


「ははは。これは素晴らしい師弟愛ですな。だが盲目的に部下を信じるというのは、時に足元をすくわれますよ、鷹柳本部長」

「うっかり謝ったのが、嘘をついてた証拠でしょう」

「これほど泣きながら真実を訴える沢木くんが嘘をついてるとは思えませんよ」

「誰が見ても嘘をついているのは行方くんの方でしょう」


 他の本部長は全員、聖羅の味方だった。


「だが俺の秘書は、こんなつまらない嘘をつく人間じゃない! そうだろう、藤堂!」

 派玖斗は背後に座る藤堂に問いかけた。


 藤堂は話を振られて少し迷惑そうにしたが、仕方なく頷いた。

「はい、そうですね。少なくとも私が見る限りは、バカがつくレベルの正直者です」


 いつも辛辣な藤堂も庇ってくれたのが嬉しかった。


「じゃあ、私が嘘をついてるっておっしゃるんですか!」

 たまらず聖羅が叫んだ。すっかり引いていた涙が再び両目に溢れている。


 これをどうやって収拾しようかと本部長達がため息をつき始めた時、思わぬ救世主が現れた。


「嘘をついてるのは沢木さんの方です」


 突然発せられた言葉の主を探して、みんなの目が会議室を彷徨さまよった。

 そして、一点に集まったところで摩夜は「あ……」と呟いた。


(井手口部門長)


 なぜか本部長会議に井手口部門長が列席していた。

 あまりに自然になじんでいて、全然気付かなかった。


「私は昨日、偶然二人が話しているところに出くわしました。その時確かに行方さんは資料が間違っているから差し替えてくれと言っていました。机に置かれた資料をチラリと見ましたが、今配られたものと同じものです。間違いありません」


 ざわざわとみんなが囁き合い、糾弾された聖羅がワナワナと震えている。


「き、君は同じ推進部だから、行方くんを庇ってるんじゃないのかね」

 海老沢本部長がイライラした口調で井手口部門長を睨んだ。


「いいえ。そんなつまらない嘘を私がつくと思いますか? 長年私の人となりを見てきて、その程度の評価でしょうか? そんな人間をこの会議に列席させたのですか?」


 今日の会議に井手口部門長を呼んだ張本人でもある海老沢本部長はきまりが悪そうな顔で、キッと背後に立つ聖羅を睨んだ。


「どうなんだ! 沢木くん! 君が嘘をついたのかっ!」


 聖羅はビクリと体を震わせ、ブルブルと頭を振った。

「ち、違います、違います! 私は何も知りません!」

 

 すっかり顔色をなくして、必死で否定しているが、さすがに第三者の、しかも社内でも信頼の厚い井手口部門長の証言の前では、否定するほどに怪しい。


「もういいっ!! これ以上この話をしても時間のムダだ! 今日は話し合うべき議題がたくさんあるんだ。二人とも下がれっ!」

 海老沢本部長が叫んで、摩夜と聖羅は頭を下げて会議室を出た。


 摩夜は気まずいままに、ドアの外に立ち尽くす聖羅を置いて立ち去ろうとした。

 その摩夜の背中に聖羅の呟きが突き刺さった。


「許さないから……。あなたのこと、絶対許さないから……」


 摩夜は聞こえないフリをして、そのまま立ち去った。

 でも鼓動がやかましく跳ねている。


 摩夜は時々、狂ってるのがこの世界なのか、自分なのか分からなくなる。

 何もしたつもりもないのに、ひどく憎まれることがある。

 被害者は自分の方だと思うのに、気付けばいつも加害者なのだ。

 摩夜はいつも悪者で、責められる人間だった。


 そしていつも腑に落ちないまま、最後にはこう結論づけた。


『私はやっぱり、この世界では悪役にしかなれないのね』



 二時間ほどして会議が終わって部屋に戻ってきた派玖斗と藤堂を、摩夜は立ち上がって出迎えた。

「先程は私のせいでご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 摩夜は半ばクビになることを覚悟していた。


 摩夜が嘘をついてなかったとしても、これほど就任以来揉め事にばかりに巻き込まれる秘書など、派玖斗にとっては迷惑でしかない。

 そろそろ愛想を尽かしてもおかしくないと思っていた。


「……」

 頭を下げる摩夜に、派玖斗が無言で冷たい視線を送っているのを感じる。


 そして「話がある。来い」とだけ言って、不機嫌そうに部屋に入って行った。

 その様子だけで、相当怒っているのが分かった。


 いよいよクビを告げられる時が来たのだと覚悟を決めて部屋に入った。

 藤堂は、肩をすくめて自分の秘書室に入ってしまった。


 摩夜は、どっかりと執務机の椅子に座る派玖斗の前までおずおずと進んだ。

 ひどく立腹した顔で腕を組んでいる。


「俺が何を怒っているのか分かるか?」

「はい。私が揉め事ばかり起して本部長にご迷惑をかけるから……」

「違うっ!!」

「え?」


「俺がそんな小さい男だと思ったのか!」

「い、いえ、そういうわけでは……」


「俺が怒ってるのはそんな事ではない」

 派玖斗は少し声を沈めて、摩夜から視線をはずして続けた。


「お前……途中であきらめただろう」

「え?」


「誰にも信じてもらえないと諦めただろう」

「!」


 摩夜は淋しそうに呟く派玖斗の横顔を見つめた。


「自分を……諦めただろう……」

 搾り出すようなその呟きを聞いた途端、摩夜は自分の奥底に気付かれぬままに溜まっていた涙が、洪水のように溢れ出てくるのを止められなかった。


「いつからそうやって諦め続けてきたんだ。お前の真実をお前が叫ばなくて、誰が叫ぶんだ。正しい者が声高に叫ばなくて、誰が真実に気付くんだ」


「で、でも……私は……いつも……悪役で……」


「自分を悪役にしてるのはお前だろう。自分が諦めれば事が収まると思ってるんだろう。だが、覚えておけ。俺はお前を信じてる。お前が諦めれば俺も傷つくということを」


「!」

 摩夜は涙にぬれたまま、派玖斗を見つめた。


 派玖斗は立ち上がり、その摩夜の頭を右腕でぐいっと引き寄せた。

 派玖斗の右肩に摩夜の額が心地よくおさまる。


 その温かさに摩夜は胸を貫かれた。

 長い長い間、こんな風に人肌の温かさを感じたことなどなかった。

 記憶を辿っても、ハク以外から温もりを与えられたことなどない。


 だからなおさら……。


「う……うう……うううう……ひっく」


 初めて感じる人肌の温もりに、声をあげて泣いてしまった。


 その摩夜を落ち着かせるように、派玖斗がポンポンと頭を撫ぜてくれる。

 しばらくそうして、摩夜の気が済むまで泣かせてくれた。

 そして……最後に呟いた。


「俺を傷付けたくなかったら、二度と……自分を諦めるな……」



次話タイトルは「摩夜を取り巻く男達①」です

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