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38、うごめく企み

「遅かったのね、摩夜」


 残業を終えて家に帰り着いた摩夜は、玄関に出迎えた真昼に驚いた。

「真昼……。まだ起きてたの?」


 すでに11時をまわっている。

 体が弱かった頃の習慣で睡眠をしっかりとる真昼は、この時間には寝ているはずだった。


「摩夜こそ、こんな時間まで残業?」

「あ、うん。今ちょっと忙しくて……」


 メールボックスを設けてから三日が過ぎていた。

 日ごとにメール数は増えて、中傷メールに混じって真面目なものも届くようになってきた。

 内部告発のようなメールも数件届いているが、情報が錯綜していて、どれを信じていいのか分からない状態だった。

 それらを三人で話し合っていて、気付くとこの時間になっていた。


「派玖斗さんも一緒だったの?」

「あ、うん。もちろん……」

 秘書なのだから、派玖斗がいないのに残業する方がありえない。


「また家まで送ってもらったの?」

「!」


 摩夜は上着を脱ぐ手を止めて、ドキリと真昼を見た。


「また?」


「この間、送ってもらったんでしょ? お母さんが見たって言ってたわ」

「お母さんが?」


 ひやりと嫌な予感がした。


「え、駅前で偶然会ったからついでに送ってもらっただけよ。お母さんは何か言ってた?」

 今週は残業続きで、朝ごはんの時に顔を会わせるぐらいだった。

 でも変わった様子は見られなかったけれど……。


「摩夜が私から派玖斗さんを奪おうとしてるんじゃないかって。さっきもひどく取り乱してたから、そんな訳ないじゃないって、なだめて寝かしつけてたの」

「う、奪うなんて。まさか……」


「私も何度もそう言ったのよ。でも小六のあの時のようになりそうで、怖くて」

「小六の……」

 摩夜が真昼のフリをして母を錯乱させたあの日のことだ。


「ま、真昼。誤解しないで。私は仕事をしてるだけよ。やましい事なんて何もないから」

 摩夜が慌てて弁解すると、真昼はにこりと微笑んだ。


「もちろん私は分かってるわ。だって派玖斗さんは、毎日熱烈なメールをくれるもの。毎日でも会いたいけど仕事が忙しくて会えないのが辛いって」

「そ、そうなの……」


 摩夜の胸がチクリと痛んだ。

 自分と一緒の時の派玖斗は、そんなロマンチックな言葉を吐く人には見えないけれど。

 きっと真昼の前ではそんな素顔を見せるのだろう。

 今まで出会った男達はみんなそうだった。

 摩夜には素っ気無くて冷たいのに、真昼には赤ちゃん言葉で甘えるような人もいた。


 真昼にだけ見せる素の顔が派玖斗にもあるのだと思うと、なんだか切なかった。


「ねえ摩夜。こんなこと言いたくないんだけど、仕事以外で派玖斗さんと一緒に行動したりしないでね。私は全然気にしないんだけど、お母さんがナーバスに受け取るから」


「う、うん。分かった」


「家に送ってもらったり絶対しないで。お母さんが見たら誤解するから」


「そ、そうね。もう絶対しないわ。ごめんね、真昼」

「ううん。私こそ、こんな嫌なこと言ってごめんね」

「真昼はお母さんが心配なだけでしょ? 分かってるわ。本当にごめんなさい」


「ねえ、そういえば似鳥くんとは付き合うことにしたの?」

 真昼は唐突に尋ねた。


「似鳥くん?」


「似鳥くんって同期の間でもとてもモテるのよ。あんな素敵な人、逃しちゃダメよ、摩夜。迷ってるなら付き合ってみたらいいと思うの。そうすればお母さんも安心するだろうし」


「お母さんも安心する……」


 それは摩夜にも初めて彼氏が出来たと安心するということなのか……。


 いや、違う。

 もう派玖斗さんに余計なちょっかいを出さないだろうと安心するのだ。

 真昼の幸せな縁談を邪魔しないだろうと安心するということだ。


 それに気付いてしまう自分が悲しかった。

 そして答えた。


「分かったわ。前向きに考えてみる」



「派玖斗さん、また面白いメールが届きましたよ」


 本部長室のソファーテーブルに昼食の弁当を並べていると、藤堂がプリントアウトした用紙を手にやってきた。

 今週になってから昼食はいつも三人で宅配弁当か、出前をとって食べている。

 摩夜まで混じる事に最初は抵抗があったが、女性視点も欲しいと言われて、届いたメールについての議論に加わっている。


 本当は新たな企画やプロジェクトを期待していたが、今のところほとんどない。

 一件だけ「リゾート事業部を立ち上げたい!」と少年が夢を叫ぶように書いてきた畑違いのフルーツ部門の社員がいただけだった。

 赤字部門から抜け出したいのだろうが、何の見通しもない夢物語でしかない。


「やはり推進部は言いなりの仕事しかしてこなかったから、考えが甘いな。もう少しリアリティのある下調べなり、アイデアなりを出してもらわないと話にならん」

 派玖斗はそう返事をしておけと摩夜に命じた。


「今度はなんだ? また添木企画部長の告発か?」


 最初こそ派玖斗に対する中傷メールが多かったが、次第にそれは添木部長の中傷メールにとって代わろうとしている。

 大抵は、二年前の井手口の卑劣な失脚と、その後の推進部における添木部長の手酷い井手口はずしの実態を暴露するものだった。


 それらをまとめると、二年前、営業本部の第一エネルギー部長だった井手口は、ありもしないメーカーとの癒着を告発され、個人の口座に突然大金が送金されてきた理由を問い詰められた。

 しかし、それらは海老沢営業本部長と柿本部長の仕組んだ事だというのだ。


 そして順調に進んでいた第一エネルギー部のプロジェクトを井手口部長から奪い、自分達の手柄にして昇進した。

 さらにそれらの一連の企みに、推進部の添木企画部長も関わっていた。

 仲が悪いように見える営業部と営業推進部だが、この三人は水面下で結託しているのだという告発が何通か寄せられた。


 それはかなり真実に近い告発だと思われた。


 ただし、それとは真逆に、井手口部門長の癒着がまだ続いているという告発もあった。

 それは添木部長が部下に命じて送ったメールだと思われたが、断定は出来ない。

 偏った目線にならないように慎重に判断しなければならなかった。


「面白いメールとは?」

 派玖斗はとんかつ弁当を食べながら藤堂に尋ねた。


「これですよ」

 藤堂が示した紙には、こう書いてあった。


『なぜマーケティング部門に追いやっていた井手口部門長を、今期、エネルギー部門に戻したか分かりますか? そのために熱心に尽力したのは添木企画部長です』 


 そのメールは、謎解きのような問いかけだけで終わっていた。

 摩夜には、どういうことかさっぱり分からなかった。



次話タイトルは「陰謀」です

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